05

 そろそろだ。そう言った悠一君は余裕そうな表情をしていたけれど、内心は焦っていたのだと思う。ボーダーの拡大は無事成功する未来が視えてはいるが、多くの近界民が襲ってくるとなるとそう簡単に未来がよい方向に進むとは限らないらしい。そのことをぽつりと呟いた悠一君は少ししてからはっとした様子で苦笑をするものだから、私は思わず悠一君の頭を撫でてしまうと、悠一君は照れくさそうに「大丈夫だってば」と言って、私の手は退けずにいた。

「ところでさ、私って何かやれることないのかな」
「んー…どうだろ。まずおれ、豊さんのこと未来視でぼんやりとも視られないからな」
「あれ、顔を見たことない人と同じ感じじゃないんだ?」
「未来視で幽霊視えてたら今頃おれ病んでるよ」

確かにね、なんて軽く返事をする。悠一君の未来視は、顔も見たことのない人の未来は視えないとのことを本人から聞いて、ふと気になったことだった。普通ならそれはデリケートなものだと思って聞かないのが普通なのだろうが、それを気にして黙っていても悠一君は気を使ってしまうだろうと考え、馬鹿正直に追求したのはちょっとだけ恥ずかしい思い出だ。あの時は「まさかそんな直球で聞いてくるとは思わなかった」と苦笑されたな。あの時と言うほど時間は経っていないけど。

「ま、なんかあったらトリガー使って盾になるよ。護衛しますぜ」
「ははは、それは頼もしいな。でも大丈夫、おれはそこまで弱くないよ」
「このやろ、かっこいいなあ」

最近の十三歳はこんなにも大人びているのか?と疑問に思ったが、それは『悠一君だから』という理由で落ち着いた。けれど、大人びていても悠一君はまだ十三歳なのだから、せめて少しでも子供でいられる空間を作ってあげたいとも思っていた。








「………分かってはいたけど、役に立たないって辛いね…」

みんなの役に立ちたいだなんて思って頑張りたかったのに……と、半べそをかきながら部屋の端っこに蹲った私は悔しさでひたすら嘆いていた。それから近界民がこちらの世界へ来てボーダーが戦ったのだけど、全く出番のなかった私は悠一君や最上さんに精一杯慰められていた。大人気ない?知るか!私は今大変辛いんだ!

「まあまあ落ち着けって。その気持ちだけでも嬉しいよ」
「も、最上さん…」
「そうだよ豊さん。最も、ずっとおれの傍にいてくれて心強かったよ」
「悠一君……!」
「ま、私が強いから豊の出番が無かっただけでしょ。豊弱いし」
「小南ちゃん……!最後の言葉が無ければよかったのに……!」

慰めてくれたと思ったら最後の最後で落とされてしまう。いや、小南ちゃんならそう来るとは思っていたけれど、いざ言われるとなると結構傷つくものだ。しかし「だって事実でしょ」と当たり前のように言う小南ちゃんは本当にかっこいい。惚れてまうやろ。

それよりも、折角トリガーを起動できることが分かったのにそれを使う間も無かったほど、この機関は強いのだ。すごいなあ、なんて関心しているといつの間にか顔が緩んでいたらしく悠一君に「締りの無い顔」と笑われてしまった。私はむっとして「うーるーさーいーぞー」と悠一君のほっぺたを軽く抓る。

「とりあえず、いつもの豊に戻ってよかったよ」
「まあ、回復だけは早いからね」
「それ自分で言っちゃうんだ」

悠一君のほっぺたを解放したあと、よいしょなんて声を出しながら立つと小南ちゃんに「おばさんみたいね」と言われてしまう。親の敵のように毒を吐いてくるけど小南ちゃんはそんなに私のことが嫌いなの?

「……あ、それよりボーダーはどうなったの?やっぱ目立ってる?」
「ああ、勿論だ。今は国とも議論してボーダーの拡大に向けて着々と準備を進めているところだぞ」
「へえ……本当に悠一君の言うとおりになっちゃった」

今までボーダーの人が戦闘力を上げるべく影で頑張ってきていたのは分かっていたが、これが絶好のチャンスということなのか。以前と比べてボーダーは進化してきたなあと感じていたが、ここから更に進化を遂げるとなると相当大きな組織になりそうな予感がする。そうなれば私も楽しみだ。そうだなあ……人も増えればまた楽しそうだな。それまでに成仏してたら意味無いけどね。

「近々人も増えるから楽しくなるよ」
「おお〜、じゃあ憑ける人が増えるわけだね!それは楽しみだなあ」
「何でもかんでも憑こうとするのやめようよ豊さん」

だって、幽霊っぽいこともしたいじゃない?と言うと最上さんが「都市伝説でもできそうだな」と言ってからからと笑った。都市伝説……!幽霊になったからこそできることもあるんだ!がんばろう!と心の中で意気込んでいると「……うわ、それ確定しちゃうかぁ」と悠一君が肩を落とした。大変そうだねと声をかけたら「誰のせいだと?」とジト目で見られたから少し自重しようと思う。

悠一君の話を聞く限り、もう既にボーダー隊員募集の声はかけていて、多くの入隊希望者が集まっているとのことだった。相変わらず仕事が早いなあ、と呟くと、今度は小南ちゃんが「そりゃあ、ボーダーは優秀だからね!」と胸を張って応えていた。

「……お、城戸さんから電話だ。ちょっと出てくるからお前らは昼飯でも食って待ってろ」
「城戸さん?分かったよ」

じゃあな、と手を振る最上さんに手を振り返しながら思うことは「私食べ物食べられません」だったがそんなこと今更だったので黙っておくことにした。

悠一君と小南ちゃんがいそいそと昼食の用意をしているのをぼんやりと眺めながら、私は近くにあった椅子に腰掛けた。幽霊であるというのに、こうして物に触れるというのはかなり違和感があるが、私的にはそちらの方が人間であったときと幽霊の差を感じなくて済むためまだマシな方だ。

そういえば、無くなった記憶はどうすれば戻るのだろうか。ふと、そんな考えに耽る。私の無くなった記憶とは私が自殺した理由であり、ちゃんとそれ以外の日常生活についてはしっかりと記憶しているのに思い出せないのは些か疑問だ。と、まあ、それに関してはほぼ毎日瞑想しているのだけど。例えばアニメのように、突然頭痛が襲ってきて突然記憶が戻ったという事件も無いし、なにかきっかけがあって記憶が戻るなんてことも無いから、もしかすると私に希望なんてものはないのでは……と、ついマイナス思考に陥ってしまう。

「例えば、私だけタイムスリップとか出来たら……」

記憶を確認して戻って来られる。そう呟こうとして、突如世界が暗転したのが全てのきっかけだったのかもしれない。

多分、最後に見たのは私に話し掛けようとした悠一君で、それを最後に体への力が入らなくなってしまったのは、きっと現実だったのだと思う。




「……、豊さん?」