「それはそれは、災難でしたね……。ですがとにかく、トレーナーカードの再発行は終わりましたので。それでは、またのご利用をお待ちしています! 良い旅を!」
鮮やかな桃色の髪の毛の、看護師のような格好をした女性が事務的に微笑む。
ユキメノコさんに案内され、赤い屋根のやけに派手な建物に入ったは良かったが、物語のようにとんとん拍子でことが運んでくれることは無かった。わたしが、突然ここにいた、どうすればいいのかわからないなどと、彼女に訴えかけても、先程のとってつけたようなセリフと、発行した覚えのない、わたしの顔写真のはり付けられたカードが差し出されるだけだ。臭いものには蓋を。やはりみんな、面倒ごとには関わり合いたくないのだ。
そもそも、良い旅を、とはどういうことだろうか。ユキメノコさんも、エンジュという街までは旅をするのだと言っていた。この世界では、そのようなことが一般化されているのだろうか。街と街の移動程度であれば、自動車や電車といったものを使えば、何の問題もないだろうに。一見、わたしのいた場所と文化の発展の度合いは変わらないように見えたが、この世界では、まだ、それらのものが使用されていないのだろうか。
わからない。どうにも、わたしはこの世界について無知すぎる。頼る宛もなく、ひとり放り出されたわたしはこれから一体、どうしろというのだろう。
逃げるように目の前のカードを手に取り、ポケモンセンターという名前らしい建物を出た。
「さゆり、さんっ」
驚いたようにユキメノコさんがわたしの後を追ってくる。有難いことなのだろうけれど、どうでもよいことのように感じられた。
走っていた足も次第に遅くなり、わたしがたどり着いたのはやはり、初め立ち尽くしていた公園だった。誰のものでもないそこだけが、この世界での、ちっぽけな余所者のわたしを受けとめてくれる唯一の場所に思えたのだ。少し暗くなりはじめた空は赤く焼けていて、夕日が綺麗だ。わたしの世界で見ていたもの達と、何ら変わらない。
変わらない、変わらないけれど、確かに大きく違うのだ。わたしのいた、世界ではないのだ。わたしはもう帰る場所を持たないし、頼る宛もない。親にも、兄弟にも、見知った友人たちにも、もう一度会えるかなんてわからない。悔しくて、どうしようも無く悲しかった。辛かった。
涙が頬を伝っていった。苦しいし、痛い。わたしには、自由に泣き叫べる場所すらも、無いのだ。夢であってほしい。嫌に鮮明なだけの、ただの夢であってほしい。きっと今日の学校のことから、全て、夢だったのだ。気付いたらわたしは家のベッドの上で、お母さんがわたしを起こしに来る。早く学校に行きなさいと言われながら朝の仕度を整えて……きっと、きっとそうだ。そうに違いない。明晰夢というものがあるのだと聞いた。これもきっと、それの一つなのだ。
覚めて、早く。覚めて、覚めて。
「ここは、現実、ですよ」
呆然と、頭だけが声のした方を向いた。夕日を浴びながらユキメノコさんは言う。真っ白な髪が赤く染まったように見えるのが神秘的で、やはり夢なのではないかと疑いたくなった。けれど、ユキメノコさんの言う通りなのだろう。いつまで経っても、わたしの夢は覚めない。これは、やはり現実なのだと、認めざるを得ない。
わかっているのでしょう、と、問われているような気がした。
「……現実、なのだとしたら」
わたしはここで生きていかなければならない。自分の中の常識すらも通用しないのかもしれないこの世界で。その辛さが、苦しさが。
「あなたには、わからないよ」