03



 彼が夢ノ咲のアイドル科に受かったと聞いた時、私は彼の進路先が演劇科でないことに驚いた。
 彼の行動は予想の斜め上を行く、今回のこともその一例に過ぎないのだが、そう簡単に納得できるものではなかった。しかし、アイドル科と普通科だと登校時間も下校時間も異なるらしく、あれから顔を合わせることもなくなった彼に、その理由を聞く機会は中々やってこない。
そして、噂を聞くにどうやら彼はライブではなく、やはり演劇ばかりに力を入れているらしい。
 そんな噂を聞く度にどうして演劇科に入らなかったのかと疑問に思う。それも矢張り、聞く機会は巡ってこないのだが。

「日々樹渉って女性役多いよね」
「寧ろそれしかしてなくない?」
「かっこいいのに勿体ないなぁ、素の話し方とかどうなんだろ〜!なまえも気になるよね?」
「……うん」

 そんな彼と幼馴染なんです、なんて。そんな事実、いつかバレるとしても言ってしまうと面倒な事になるのは分かりきっているので、私の口からはとても言えたもんじゃない。その場では、誤魔化すように適当に話を合わせた。
 まだ付き合いが短いからか、それとも彼女たちが鈍感なのか、私のあからさまな生返事にも気づくことなく話は進む。

「明日も校庭で演劇するみたいだよ、観に行かない?」
「行く行く!なまえは?」

 その誘いに対する答えはもう決まっていたが、私は少しだけ悩むフリをした。

「えっと、ごめん!明日は予定あるから……」
「そっか〜、残念!」
「感想教えてあげるね」
「ふふ、お願い」

 任せて、と笑う彼女たち。その様子を見ながら、楽しそうでいいなぁと他人事のように考える。私も、きっと日々樹くんさえいなければ、彼女たちのように高校生活を謳歌していただろう。
 会話についていけないことをもどかしく思いながら、そんな気持ちをごまかすように、私は窓の外へと目を見やる。校庭は明日の演劇に備えてか、幾つかのセットが置いてあって、思わず日々樹くんの姿を探してしまったが、そこに彼の姿はなかった。明日の演劇を観にいかなければ、そこに立つ彼の姿は見れないだろう。
 なんだか、他人にでもなってしまったみたいだ、なんて。そんな当たり前のことを、今更思ったのだ。
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