05



 日々樹くんが角を曲がる。
 家が近いせいで、この道で一緒になれば家に着くまでずっと私は彼の背後を歩くことになる。なんとなくそれがなんとなく気まずくて、彼の姿が見えなくなる頃合いを見計らって、私は漸く曲がり角を曲がった。

「何してるんですか?」
「ひぇ」
「失礼な声を上げないでくださいよ!」

 なのに、角を曲がれば塀に背を預けた日々樹くんと遭遇してしまった。……待ち伏せしていたということは、私が後ろにいる事には気付いていたのだろうか。声を掛けなかったことに、ほんの少しの罪悪感を抱いたが、時間が戻ったって、あの時の私が彼に声をかけることはないだろうなと思った。

「声くらい掛けてくれたらいいのに、つれないですねぇ」
「む、無理だよ、そんなの」
「そういえば、中学生の頃もこうして私が声掛けてましたよね」
「……そうだったかな」

 そうですよ、と。彼は少し呆れたように返事をする。そう言われてみればそうな気がしてきたけど、なんとなく責められているようだと私は肩を竦めた。

「思えば、いつも日々樹くんが話しかけてくれるのってこの街路樹だったような……どうして?」
「何故って、貴方が昔言ったんじゃないですか。クラスメイトに見られたらいやだから、話すのはこの道だけ、と」
「そ、そんなこと言ったの私?」
「忘れないでくださいよ、私は律儀に今日という日までそれを守ってきたんですからね!」

 そう強く主張されても、昔の話なんてぼんやりと思い出す程度で、やはり私の記憶にはない。にしても、日々樹くんにそんな直球なことを言うなんて、当時の私は随分と強気のようだ。
 過去の自分に関心している私を、彼は若干白けた目で見つめる。

「忘れていたということは、もういいでしょうか」
「……何が?」
「この道以外でも、貴方に話し掛けてもいいですか、と聞いているんですよ」

 その言葉に、思わず足を止めた。
 私が足を止めれば、彼も当たり前のように立ち止まってくれて、そんな些細な仕草が、妙に心を騒つかせた。

「それは、困るかなぁ。」

 私なんか、待たなくていいよ。先に行ってしまってよ。私は、本当はずっとそう言ってしまいたくて、でも言えなくて、ずっともやもやしていた。
 日々樹くんが心を許したような態度で私に話しかけるたびに、心が痛んだ。私は日々樹くんの特別ではなくて、日々樹くんのまわりに溢れる有象無象になりたかったのかもしれない。

「それは、」

 彼が何かを言いかけたが、それは寸前のところで呑み込まれたようだ。ゴクリと息を飲む音が聞こえて、今度は困ったように微笑んだ。

「変なことを言ってすみません、忘れてくださって構いませんよ」

 その笑顔は、忘れられないくらい、ひどく切ないものだった。
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