04



「へぇ、それじゃあちゃんと受け取ってもらえたんだね」

 頷けば、日和くんは少しだけ頬を緩めた。
 どうやら心配してくれていたみたいで、もう少し早くに報告しておけば良かっただろうかと考える。

「……ねぇ。日和くん、この近くで桜が咲いている場所ってまだあるのかな」
「桜?……あぁ、成る程」

 唐突に振った話題にも、日和くんはすぐ理解した様に呟いた。

「大分減ったけど、探せば幾つかあると思うよ。その子、また描くんだ」
「そうみたい、……でもあの桜並木の桜は散ってしまったから、来年もう一度あの絵を描くんだって」
「ふーん?なら別に今描かなくてもいいんじゃないかな」
「私に見せてくれるみたい」

 そう言ってくれたあの日を思い出し、無意識のうちに笑みが零れた。初めて出会った頃と比べて随分と元気になったみたいだ。大人っぽい少女だと思っていたけど、今では子供らしい一面も垣間見るようになった。

 きっと、好かれるとはこういうことなのだろう。真っ直ぐで純粋な幼心が心地よかった。
 日和くんはそんな私の顔を見て、瞠目する。

「……ひょっとして、凪砂くん」
「中学校に上がるまでにあのスケッチブックを埋めるのが夢なんだって」

 喜色を乗せた彼の言葉に私の声が被さる。
 話を遮ってしまったと、慌てて黙るが日和くんは続きを話す様子はなく、今度は呆気にとられたように口を開けた。

「待って、その子幾つなの?」
「幾つ、とは聞いてないかな、……五年生とは聞いたけど」
「ご、………へぇ」

 ひくりと、日和くんの頬が引き攣る。下がったり上がったり忙しい口角だ。

「それで、さっき何を言いかけてたの…?」
「うん、そうだね……」

 言葉を失ったように日和くんはカップに手をかける。
 一口、中に含んだ液体を喉に流し込んだ後、重く息を吐いた。

「その子が16歳になった時、それでもまだ気付けないようなら教えるね」

 どこか遠い目をした彼が呟いた。頷けば、ふと窓に桜の花弁が飛んでいくのが見えて、連鎖的に思い出した少女の顔にまた口元が綻んだ。
prev next


top/back