03



 ……なんて投げやりな言葉なんだ。
 私の経験不足な知識でも、それは可笑しくない?とツッコミを入れざるを得ない。いや、――いや、それよりも、妥協する相手を間違えていないか。

「……君、料理出来ない女は嫌いじゃなかった?」
「嫌いではないね、お嫁に欲しくないだけ」
「それを嫌いって言うんだよ」

 つい最近のやり取りを掘り返しても、彼はニコニコと人のいい笑顔を浮かべるだけ。あれ?前その話をしていたのって君とだよね?別人じゃないよね?余りにも割り切った態度だから、なんだか不安になってくる。

「す、好きなの?私のこと」

 だとしたら、辛うじて納得出来るんだけど。

「うーん、それとはちょっと違う気がするけど」
「ほんとなんなの」

 この煮え切らない回答には流石に呆れる。なんだか私が自惚れているような雰囲気になって誠に遺憾なんですけど。
 赤みがかった頬が急速に冷えていく。もういい、この話はやめにしよう。と、少し傷付いた心を隠すように口を開いた。否、開こうとした。

「まだ好きとは違うけど、好きになるなら君がいいね」

 上げて、落として、落として、上げて。
 もう訳が分からない。なんだこの男。ジェットコースターか。いいや、ジェットコースターよりも展開が目まぐるしいぞ。
 先程の言葉を頭の中で再生する。好きになるなら、ってなんだそれ。やっぱり今は好きじゃないってことじゃん。なんだそれ、なんだそれ。
 くらくらと目の上でお星様が飛んでいる幻覚が見えた気がする。そんな私の様子を面白そうに見守る日和くんは、催促もせず、ただ黙って返事を待っている。なんだその謎の余裕、いつもの日和くんらしくない。
 回答権はこちらにあるのに、主導権は彼の手中にある気がしてならないのが、悔しい。

「ドレス引き裂いてでも逃げるって言った女を、本当に好きになれる?」
「うん」
「クッキーを木炭にする女だよ?」
「うん」
「そもそも、私は日和くんのこと好きになれる確証なんてないのに……」
「うん」

 焦らしても、焦らしても、その微笑みを一層濃くしていくだけ。冷めた頬が、生娘のように再び色付いていく気がして、その色を彼に晒すのが怖くなった。

「あの、ちょっとだけ、待って、」
「うんうん、幾らでも待つね」

 もうとっくに出ている答えを勿体ぶるように口を閉ざしても、日和くんは、しょうがないなぁと口角を緩めるのみだ。

 嗚呼、なんてつまらない反応なんだろう。
手持ち無沙汰の指先に髪を絡ませながら、幸せな溜息を吐いた。
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