02



「あっ、やべっ……えっと、喫茶店か何かと思って」
「あぁ、いいよ。びっくりしただけ。それに、雨の日はよく間違えられるからさ」

 怪しいものではないと必死で弁解する俺を女性は微笑ましそうに見つめた後、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

「外、酷いんでしょ?濡れてるし、雨宿りしていきなよ」
「いやぁ、そういうわけにはいかないっすよ」
「遠慮しないで、それに、さっきも言ったけど雨の日は君みたいに勘違いした人がよく来るから、よく話し相手になってもらうんだ」

 雨の日だけ開く喫茶店のようなものだと、女性は話す。だから鍵が開いていたのか、と納得する反面、なんて不用心なんだと聞いて呆れたが、当の本人は、今日のお相手は君だね。だなんて悠長に笑っている。どうやら、俺の雨宿りはもう決定事項らしい。

「……じゃあ、ちょっとだけ」
「そうしてよ、丁度、若い子の話が聞きたかった所なんだ」
「はぁ……」

 若い子って、3か4つくらいしか離れてないと思うんすけど。
 顔に似合わず、中々剽軽な人なのか、一人でペチャクチャと話しながら着々と客人をもてなす準備を進めていく。テーブルにクッキーの入った籠を置く時、「友人でクッキーを木炭レベルに焦がす子が居るんだけど」なんてどうでもいい雑談を流れるようして来るので、はぁ、と相槌を打つことしかできなかった。
 顔も性別も知らない人だが、その人の隠し事を意図せず知ってしまったようでなんだか居た堪れない。その本人も、まさか自分のいない所でそんな話を暴露されているなんて思っていないだろうに。

「あ、そうだ、まだ名前言ってなかったね。
私はなまえっていうの、名字はみょうじだけど、下の名前の方が呼ばれ慣れてるから、なまえさんって呼んでね」
「オレは、漣ジュンって言います」

 外は土砂降りの雨が降っているというのに、この人の纏う空気だけは、春の陽気みたいに穏やかだった。
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