03



 網かごに乗せられたクッキーと珈琲が並べば、本当に喫茶店に居るかのような錯覚になる。……喫茶店にしては、そこら中に無造作に置かれている画材が少し残念なポイントだが、そこがまた良い味を出しているようにも見なくはない。
 然し、どれほど空目したところで、ここは喫茶店ではないし、目の前でにこにこと人好きのする笑顔を見せる女性は店員ではない。……思い出すと、急に居心地が悪くなる。

「どう?美味しい?」
「そうっすねぇ、喫茶店で出されても違和感がないくらいには」
「あはは、口が上手いね」

 いや、事実なんすけど。と、そう伝えたいのは山々だが、綺麗な人にこうもあどけなく笑われるとなんとも言えなくなってしまう。
 なんとなく、……ほんっとうになんとなくだが、おひいさんの女性バージョンみたいな人だ。

 人を自分のペースに乗せるのが上手い人、即ちそれはオレが最も苦手とするタイプの人種だ。こうして向き合って喋っているのに、手中に収められている気分になる。おひいさんのように単純なら扱いが楽なのだが、あの人よりも幾許か年上な分、どこか小賢しい。雨はまだ止まないのか、と外を見るが、曇りガラスはシルエットすら映し出してはくれなかった。

「雨は嫌い?」
「えっ、いや、そりゃ好きではないですけど」

 外ばかり見ていたからか、唐突にそんな話を振られ、思わずしどろもどろに文を作ってしまう。名前さんはそんな動揺すら見透かしたように目を細めると、見えない窓の向こうへと目を遣った。

「私は嫌いじゃないよ、雨の日は今みたいに人が訪ねて来たりして楽しいからね」
「思ってたんすけど、それかなり不用心なんでやめた方がいいっすよぉ」
「大丈夫、雨宿りはさせた事あるけど、男の人を入れたのは君が初めてだから」

 気を使っていった言葉に、まさかカウンターが返ってくるとは思ってもみなかった。
 浮かべる笑顔は最初からずっと同じで、彼女がどういう意図を持ってその言葉を選んだのかとか、そんな心情を考えるには自分は余りにも幼過ぎた。

「ところで、もう雨は止んでるよ」

 その上、ここでそんな言葉を持ってくるのだから、無邪気の皮を被った彼女の本心は、また更に奥へと遠のいていて、見えなくなった。

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