「水も滴るいい男って言うのかなぁ、あわよくば君をモデルにして描かせて貰おうと思ったけど、結局雑談で終わっちゃったね」
湯気が立っていたティーカップは気付けば空になっていた。時計の針も一周している。
……言っては悪いが、そんなに楽しい時間ではなかった。終始彼女の話に耳を傾け、仕草や表情にドキドキさせられっぱなしで、この数時間で寿命は5年も縮んだ心地だ。なのに、――なのに、
「あ、」
意識すれば、途端になんて呼べばいいのか迷う感情が湧き上がってきた。が、それに戸惑う時間すら今は勿体無い。
ただ雨宿りしに来ただけの分際で、こんなこと言うのは図々しいのかもしれない。それでも、このまま手ぶらで帰って、何になるというんだ。
「雨音は、まだしてますよ」
彼女は驚いたように目を瞠らせる。
自分がすごく子供らしいことを言っていることに気付いたが、ここまで来て黙るような意気地無しは居ない。
だって、このチャンスを逃せば、次いつ雨が降るかわかったもんじゃないからだ。
「だ、から、もう少し、雨宿りしていってもいいですか」
後半につれて、蚊の鳴くような細い声になった。
慣れない事はするもんじゃない、と滲み出た羞恥を隠すように頭を掻く。
こう回りくどい事は彼女の方が言い慣れているだろう。だからこそ、よく伝わったのか、緩やかな曲線を口元に表した彼女は、きっともう真相に辿り着いたに違いない。
ああ、やはり、食えない人を相手にするのは苦手だ。その癖に、まだ残っていたいと思ったのは、一体どういう心境の変化なのだろう。
「やまないなら、しょうがないね」
静かにそう言うと、なまえさんは空になったカップに再び珈琲を注ぎこんだ。
当然だが、外からは雨音の一つも聞こえてはこなかった。
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