02



 カップとソーサーが擦れる音が聞こえた。
 自分でも気付かぬうちに飲み物に手を付けていたのは、湧き出たこの溜飲を下げるためだろうか。

「……どうして、人は分かち合える者と、そうでない者がいるんだろうね」

 嘆かわしいよ、と呟けば、日和くんは伺うように私の顔を覗き込み、そして少し意外そうに目を瞬かせた。

「凪砂くん、怒ってる?」
「だって、こんなの、」

 カメラのレンズを指紋で汚すような真似、屈辱以外の何物でもないから。

「因みに、その下に描かれていた絵は色使いからして桜だと思うね」
「塗り潰されて端しか見えてないのに、よく分かるね」
「逆に、それ程執拗に塗り潰されていたのにも関わらず少しは残っていることに驚きだよ。
余程の大作だったんだろうね、可哀想に」

 とってつけたようにそう足した日和くんは、どこか他人事のように遠い目をしていた。実際、彼にとってこの件は他人事だし、私にとってもそれは同じだ。それでも、私はどうも切り離せないでいた。

 まだスケッチブックには手の付けられていない空白の頁が幾つか残っている。その絵以降、更新がない事から彼女の幼心にこの出来事は深く刺さったのだろう。
 そういえば、あの子が泣いていた場所も桜並木の下だったことを今更ながら思い出す。

「それで、どうするの?それ」
「……勿論、返すよ」
「ふーん、まぁぼくには関係ないし、なんでもいいけどね」

 無関心を装ってはいたが、私の言葉に日和くんは少し安堵したように目を細めた。
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