主が死んでから、どうやら俺の頭はおかしくなってしまったみたいで、俺の視界の端には主の幻が映るようになった。もちろん、このことは兄弟や本丸の後任者には話していない。言ったって誰も信じてくれないからだ。
幻の主は決して喋らない。目も、合わせない。ただ、ぼんやりと庭先の桜を見ては、寂しげに目を伏せる、それの繰り返しだった。
「何を見てるんだ?兄弟」
「……んー、なにも」
俺が主を見ている姿は、周囲からすれば俺がただ間抜けに突っ立っているように見えるらしい。廊下で立ち止まった俺に、骨喰が不思議そうにして振り返る。笑って誤魔化したって骨喰相手だとあまり通用しないだろうから、俺は気を逸らすように当たり障りのない話題を振った。
「そういえば、弟たちは?」
「広間の方で主と遊んでいる」
「そっか、どうりであっちが賑やかだと思った」
弟たちは、後任の審神者に随分と懐いていた。広間の方から聞こえる弟たちの笑い声は、主の代ではあまり聞くことのなかったものだ。弟たちは主と話したがっていたけど、主の方はその好意を素直に受け止められていなかったように思う。
そんな主とは違って、後任はそこのところが随分と器用だったみたいだ。
主がどうやったって縮めることのできなかった距離を、後任はあっさりと埋めてしまった。
「兄弟は、何か気に入らないことでもあるのか」
それは抑揚のない声だった。けれども、俺はどうしてか動揺してしまって、思わず骨喰を凝視した。骨喰は相変わらず、読めない表情で佇んでいた。
「……別に、 後任も真面目でいい人だし、采配に関しても信頼してるよ」
そこに嘘はなかった。後任は、おそらく俺の様子がおかしいことに気付いている。その原因までは流石に予想できないだろうけど、後任が俺を戦場から遠ざけるように内番や遠征部隊に組み込むようになったのは、俺が主の幻を見るようになってからだった。
「兄弟は、まだ主のことを後任と呼ぶんだな」
何気ないその言葉に、呼吸が胸につっかえて、うまく息が吐き出せなくなった。
――まだ、なんて言えてしまうほど、もう時間が経ったっていうのかよ。そんな言葉が口をついて出そうになった。言ってはいけないことだと知っているから、俺は呼吸すらも呑みこんで、へらりと口角をあげた。
「そのうち、うん。そのうち、きっと呼ぶよ」
骨喰相手には通用しない笑顔で押し通す。これ以上追及されるのも面倒だと、俺は何か言いたげな骨喰を突き放すように、廊下を歩いた。
広間の前を通り過ぎた時、短刀たちの幸せな笑い声が聞こえてきて、それに、なんだか、知らない本丸にたどり着いてしまったような違和感を覚えた。
top/back