8.私の選択

「あるじさまっ!あるじさまっ!」
「おい、主!!」

私の怪我を見てワラワラと皆が寄ってくる。けれど、そんなことより今は、重傷者の手入れが先決だ。

「重傷の全員を、手入れ部屋に、あとこの子も」

手にしていた小夜を差し出せば、自然にその姿は人に戻った。
私の力が弱いせいなのかな。

「んなことよりっ、大将の怪我」
「包帯で巻けばなんとかなるから、早く、手入れ部屋に」
「鶴丸、同田貫、やってくれ」

私についていた薬研が近場にいた2人に重傷者の世話を任せる。
心得たと、2人とも足早に光忠達を手入れ部屋へと連れて行った。

『手入れは、手入れ部屋隔離しておけば自ずと直りまする。この本丸に満ちている貴方様の神気が徐々に注がれます故、しかし、審神者様自身が手伝い札を使い、直接神気を注げば早く回復はします』

以前こんのすけ君に聞いた情報を思い出す。

あの傷が直るのにここの神気だといつまでかかる?
そもそも、あの傷を生み出したのは私だ。

厚が息も絶え絶えに言っていた、奇襲だったと。
5人重傷、1人中傷。金の刀装つけててもこんなことになった。
奇襲だとしてもそこまで強い敵がでるところじゃない。でも、出たということは目論見が甘かった。

「門を閉めて!」

蛍丸の鋭い声が響き渡る。
見れば、門をくぐり抜けた蛍丸とそれを閉じる脇差組。
蛍丸に近づけば、にこりと笑い「全部とはいかなかったけどだいぶ減らしたから、ここを破られることはないと思う」と頼もしい答えが返ってきた。

「大将、手当が先だ」

有無を言わせない薬研の声に思わずビクッとなる。
見れば、不機嫌オーラを隠そうともせず、ジロリと睨みつけられる。

「薬研あの、少し待って」
「大将、手入れ部屋に入れておけば直る」
「わかってる、けど…」

言い返そうとしていい淀む。
分かってるのだけれど、私は抱える罪悪感を昇華しないと後悔する。
そして、黙り込む私を連れて行こうとした薬研の腕を振り払った。

「あっ、あるじ」
「大将っ、」

ごめんと心の中で謝罪しつつダッシュで手入れ部屋に駆け込めば、怪我の手当て真っ最中の6人がいた。
運んできた鶴丸、同田貫が私の登場にポカンとしている。

「あんた、何してんだ?てか、傷の手当」
「こっちが優先だから」
「いや君の方こそ手当必要だろう」

呆れ声の鶴丸を無視してこんのすけ君に渡されていた手伝い札を取り出す。

『神気を注ぐこと自体は容易です。手伝い札に自らの気を注ぐイメージをして下さいませ』

気を注ぐ。力を分け与える。
ぐっ、と力を込めて願う。頼むからと、こんな姿を見せないで。

視界の端で焦った様子の蛍丸と薬研が見えた。君らには本当に、迷惑をかけっぱなしだね。
そう思いつつ、この作業をやめるつもりは毛頭なくて

『ただ、』

こんのすけ君に言われた注意点。
それが私の頭の中からは、残念ながら抜け落ちていた。

『貴方様の神気は高いわけではありません。一気に複数の担当を治療するとあの時のように…』

眩い光が部屋を包んだ。
手伝い札が光りそれぞれの刀のもとへ行く。

私の罪悪感は薄れた。

「これで、」
「主!」
「あんたっ!」

あぁ、デジャブ。
薄れゆく意識の中慌てる4人の顔が見えた。

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思えば、私は苦労ということをこのかたしてきた記憶がない。
家庭にも友達にも恵まれた。普通の学生。
受験だってそれなりにやってそれなりのところに受かった。
バイトだって職場の雰囲気的にはいいとのろだった。
友達と喧嘩することも親と反発しあうこともなく過ごしてきた。

他人の顔色を伺う力。

これに全ステータスを注いでる気はある。

嫌なことを振る相手とは距離を置け。
面倒ごとには関わるな。
それで私自身に嫌なことが降りかかっても後悔はしない、全ては私の選択だ。

一線を引いた生き方は処世術だ。
それでうまくやれていたのに、本丸ではそうもいかない。

大切にしすぎれば本分を奪い
選択を誤れば傷ついてしまう

選択を誤るなんてこと経験がない。それは後悔することだ。
私自身の選択が私自身を傷つけても自分が選んだ道だ。
けれど、今回は私の選択で他人を傷つけた。

自分の選択を信じれなくなってきている。

顔色を伺いつつ、嫌なことを避けてきたツケなんだ。
古参メンバーの不満を受け止めきれず流された結果、私の選択が重傷者を出した。
私のせいじゃないと皆は言うだろう、それが刀だと。
それでも、私を蝕む罪悪感から私は逃れたかったんだ。

選択を間違えたという、私自身のこれまでを否定する、現実から。


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目を開けると、日本家屋の天井が視界に入ってくる。

あぁ、私はまた倒れたんだ。

どのくらい眠っていたんだろう。起き上がれば身体が少しだるい。
一応朝から昼の時間みたいで、外は日が差すいい天気。

ぽかぽか陽気に気持ちく目を細めると、廊下からひょこりと蛍丸が顔を出した。

「おはよう」

そう笑うが、蛍丸はフリーズしたままこちらを凝視している。
あまりにも固まっているので、そばに行こうとすれば弾かれたように反応して、勢いよく抱きついてきた。

「あるじっ、あるじっ」

泣きそうな声が響いた。
震える体をぎゅっと抱き締め返し、頭を撫でる。

「蛍丸」
「馬鹿じゃないのっ!怪我してんのに神気使うとか、目覚めなかったら俺たちどうなるのさ!」
「うん、ごめん。皆消えたらまずかったよね…」
「そういう意味じゃない!」
「ぇえ…、私が消えたら皆の命も尽きるとかそんな話あったし。」

抗議の目を向ける蛍丸に困惑していると、「大将、ほんと馬鹿だよな」と廊下に現れたのは、薬研。
1番心労をかけた子だろう。

「俺たちのことじゃない、大将、皆あんたのことを心配してたんだよ」
「……あ」
「傷の手当もせずに直る刀剣に神気を使う?馬鹿なのか?」
「う、」
「あんたの行動のせいでどれだけ俺たちが気を揉んだと思う。直った刀剣達も申し訳なくて皆閉口している」
「す、みませんでした」

薬研の言うことはもっともで、事実私は罪悪感から逃れるために直したから、私の行動はまた皆の負担になったんだろう。
だめだなぁ。

「それに、」

ずいっと、私の隣に正座した薬研がぐっと手を握ると、ガンッ、と私の頭に拳を突き立てた。

「いっ、たぁ」

兄さん痛いです。

「刀装持ってたとはいえ、近侍も連れず飛び出す奴がいるか!下手したら真っ二つだったんだぞ!」
「…ごめん」
「まったく」

呆れる薬研に申し訳なさが一層こみ上げる。
抱きついていた蛍丸も薬研とともに正座し、その通りだと不満をあらわにした。

2人には迷惑かけた。けれど

「だけど、薬研、蛍丸」
「ん?」
「なんだ」
「私、あの時小夜を助けたことは後悔してない」

今回の一件で唯一私が後悔してないことだ。

「小夜は死のうとしてた」

小夜が戻ってこなかったのは自らを破壊させようとしたんだろう。
恨みから生まれた刀。切ることに対する執着と同時にそれを厭う矛盾を抱えていた小夜は、大きな敵を前に全部放棄しようとした。

「小夜にとって刀として生きることは苦痛なのかもしれないけれどさ」

ほんの1ヶ月。
私と小夜が過ごしたあの時間を決して無駄なものにしたくない。
これも、私のワガママだ。

「ワガママな大将だから、小夜に生きていて欲しいと私は願うんだ」

また、へらっと笑う。
呆れられても、疎まれても、そこは引けない。
自身の選択で後悔しない唯一の行動だから。

相変わらず鋭い視線を投げていた薬研の目に今度は呆れの色が映る。
そして、久々に薬研は笑った。

「ほんと、困った大将だ」

ぽんぽんと今度は薬研に頭を撫でられた。優しく、労わるような手つきに戸惑う。

「薬研?」
「大将言ったよな?自分のこと大将って呼ばなくていいって」
「あー…そだね」

光忠達が戻ってくる前、薬研に言ったな、そう言えば。

「俺さ、俺らを大切にする大将は俺らを信じてないみたいで凄く嫌だった。俺らの本分を理解してもっと預けてほしくってさ。」
「薬研…」
「でも、あの発言で思ったんだ。大将はすげぇ臆病で弱いんだな、て」

ぐさりと、痛いところをつかれた。

「我を通して本丸のために小夜を囲ったりするのに、俺らの要望にも耳傾けて、結局こんなになるまで自分追い込んでさ。ほんと、大将っつーより末っ子だよな」

薬研アニキ…それ貴方に言われても、はいそうですねとしかいえない。
薬研の言うとおりだ。まぁ、全部自分のワガママなんだけど。
ワガママ放題な末っ子ということならしっくりくる。

「だからさ、」

撫でるのをやめると、今度は薬研にギュッと抱きしめられた。

「末っ子大将が、安心できるように、笑顔で居られるように、俺は努力する」
「あーずるい薬研、俺もー」

ぎゅむ、と蛍丸は反対側から抱きついてきた。

「刀の本分を受け入れろだなんて、弱い俺らが要求することでも無かったんだよね」
「だな、強ければ問題ない」
「えっと、なんか君らが大将みたいだよね?」

ツートップな近侍ですが、これじゃ私大将じゃなくて三人兄弟の末っ子みたいだ。
「そんなことない」と笑って答える2人に戸惑いつつも安堵する自分がいた。


私が私の選択に後悔せず苦労してこなかったのは、私だけのおかげなんかじゃない。
私自身の選択を進ませてくれた周りのおかげが大きいことを今回痛感した。

私自身だけでどうにかしようとした、結果潰れたのは明白だった。

大将としてはふさわしくないのかもしれない。
甘ったれの大将だと自分でも思うけど、しばらくはこの2人のお兄ちゃんに甘えさせてもらおう。