7.後悔の先に

「あれー?国俊じゃなくて小夜なわけ?」

清光が不思議そうに小夜に目を向ける。その好奇の目を無視する小夜。

第1部隊の出発時間。
光忠と厚には深い事情は話してないけれど、小夜は戦に出たことないからフォローをお願い、とだけ言っておいた。

「任せておくれ」「了解だ!大将!」

なんとも頼もしい答えが返ってきた。
確かに、金の刀装を付けているし合戦上自体もそこまで強い敵は出ないところ。
小夜の初陣にしては物足りないくらいかもしれない。

「じゃ、みんないくよー」

光忠の号令とともにワラワラと門から出て行く刀剣たち。

ふと、小夜を見ると、歩きだす中ちらりとこちらを見た。

かちりと視線が合う。

言葉をかければよかったのかもしれない。でも、刀の本分を奪っていた自分はかけるべき言葉もわからなかった。

無言のまま、でもそれは一瞬だった。

小夜はすぐに視線をそらし前を向いた。


「いってらっしゃい」


小夜の目には私がどう映ったのだろう。

ーーーーーーー

「なー小夜は大将のこと嫌いなわけ?」

合戦上に赴いていた第1部隊。
国俊と交代した小夜に厚はストレートに語りかけた。

光忠と青江は何やら話し込み、陸奥は清光に絡まれている。

変化球ではなく直球のその問いに小夜は考えた。

嫌い、とは違う。

内勤を任された時は何を言っているのだと呆れた。自分勝手な主だと。
それは今も変わらない。
自分は切ることでしか存在できない。切って切って満たされるのにそれをわかってくれない主。
いくら他のことをしててもこの乾きは癒せない。

それでも、主を嫌いになったり恨んだりという感情は湧かなかった。
なぜなんだろう。

「わからない。変な人だとは思うけど」
「それな!俺ら刀なのに妙に大事にするんだよな」

呆れるよなー、て笑う厚を見て小夜は不思議に思った。

「厚は、その扱いが嫌じゃないのか?」

もっと頼って欲しい、もっと使って欲しい。自分たちは刀だと。
そのくすぶる思いは大なり小なり皆もっているはずだ。

小夜の言葉に厚はキョトンとしながらも、恥ずかしそうに頭をかき言った。


「大将がそれで笑ってくれるなら俺はそれがいい」

思わぬ返しだった。
同時に、自分が抱いていた違和感の正体が見えた気がした、

「大切にしてくれる分俺は強くなって大将が安心できるようにするだけなんだ!て思ってる。不満なんてちっぽけなもんだっつーの!」

あるじの笑顔

『小夜』

「僕は、」

「…っ!小夜っ!!!」

厚の焦ったような声が聞こえると同時に、小夜の後ろに影ができた。

「え」

ーーーーーーーーーー

「大将、礼を言う」

第1部隊と遠征組が出立して数時間。
薬研が自室にやってきた。

開口一番にそう言われ、深々と頭を下げられる。

「小夜のこと、俺のワガママを聞いてくれて感謝してる」
「薬研のためじゃないよ。」

薬研から目をそらすように庭に視線をやった。

逃げただけだ。

自分の身勝手さに自嘲する。

気楽なバイト程度で臨んだのに、いざ来てみれば皆生きてるようで、刀ごとに悩みがあって、本丸運営意外と大変で。

考えて行動した結果部下の気持ち汲み取れてなくて、でも自分の平穏を崩したくなくて結局貫き通したのに、居心地の悪さにそれも放棄。

甘っちょろい女

皆命がけで戦ってるのに私は何をしてるんだろう。
軍人のように強く凛々しく指導力があれば、刀が多少傷ついても動じない強さがあれば皆が安心するのだろうか。

わからない。

自分のワガママを通したいくせに周りの目と雰囲気が気になりコロコロ方針転換。
ここだけではない、現実でも、いつでも今までも。

「大将、…」
「私は私が下した命令で誰かが壊れるところを見たくない」
「…んなことにはさせねぇよ」
「ありがと。でもね、そう思ってたのに薬研や蛍丸と気まずい関係になるのも嫌だから結局流された」

薬研の方を見ずに、中庭を見ながら独り言のように呟く。

こんなシリアスなことになるなんて思ったなかったんだ。
気ままに命令出してお金もらうなんて甘いなぁと、今だから思う。

上の立場って大変なんだな。
いつだって私は流されてきたから。

気まずくなるなら口をつぐめ。
嫌な思いするなら回避しろ。
面倒ごとには関わるな。

うまくずるく、でもそれが処世術な現代ではあまり不自由したこともなかった。

薬研は呆れているかな。
ごめんね。

それでも、この生き方はきっと変えられない。


「大将だなんて、呼ばなくていいよ」

笑えてるだろうか。
いつもの、へら、とした顔で薬研にそう言うと、薬研は目を見開いた。

「っ、あんたはっ」
「あるじっ!!!」


薬研の次の言葉に被さるように、慌てた様子の蛍丸の声が飛び込んできた。
蒼ざめたその顔は、ただならぬ事が起きたことを意味していた。

「蛍丸…?」
「だ、いいち部隊がっ」


ざわりと、胸騒ぎがした。
第一部隊…光忠達?


「門まではやく!」


蛍丸のその言葉に弾かれるように立ち上がり急いで門まで行く。
既に他の刀達が集まっていた。その中に、


「っ!光忠!陸奥、清光!みんなっ」


立つのもやっとの、第一部隊の面々がいた。

これが重傷というものなんだろうか。
ボロボロ、あちこちに切り傷がある。

「なにが…どうしてっ」
「すまない、主…」

息も絶え絶えの光忠が私に気づき謝罪の言葉を絞り出した。
近くにいる陸奥と清光は膝をつき顔を上げることもままならないようだ。


「いったい…」



「小夜っ!早くしろ小夜っ!」


門の前で叫ぶのは、青江。
隣には重傷の厚がいる。


……小夜?



嫌な予感というものは大抵当たるものだと誰かから聞いた事がある。

弾かれるように門まで走った。
後ろから「駄目だ!行くな!」と誰かが叫んだ気がした。

青江と厚の視線の先には、

大きな刀を携えた敵に向かっていく、小夜の姿があった。

「大将、すまねぇっ。奇襲にあって全員このザマだ…けど、小夜がっ」
「門をくぐれば加護がある。ここまで来れば破壊は免れるのにっ、戻ってこないんだ!」

青江は刀装が全壊しているが中傷。けれど厚は刀装があるのに重傷だ。
見たところ、大太刀、太刀の他にも槍、脇差などの兵がいる。

誤算だった。行かせるべきじゃなかった。

踏み出そうとすると、青江が「駄目だっ!」と腕を掴む。

「自殺行為だぞ!身1つで君が行けば死ぬしかない!」


そう、私には何の力もない。
か弱い人間、逃げるしかできない人間。
私が出て行っても何もできない。


躊躇したその瞬間だった。


大太刀が勢いよく振った刃が、小夜の体をとらえた。

ゴキリという鈍い音とともに、小さな体が地面に叩きつけられる。


「あ、」


「小夜」と掠れた声で呟く。
目の前の出来事に頭がついていかない。
ほんの数十秒の出来事だ。頭の処理能力が追いつかない。

けれど叩きつけられた小夜は、更に立ち上がった。

戻れ、帰ってこい、そう青江と厚が叫けぶのに小夜の瞳は敵をとらえたままだ。

大太刀が次の攻撃を繰り出そうと刀を振り上げる。
小夜は、動かない。


駄目だ。この子は、


小夜の瞳が諦めたように細められた。


「これで」
「もう誰も恨まなくていいんだ」



気がついたら、大太刀相手に刀装を投げつけてた。

頑張って作った金刀装が敵兵に向かって勢いよく走り出す。

青江を振り切り小夜の前まで全力で走る。
驚く小夜を尻目に小夜の持っていた刀を無理矢理奪う。


「な、にを」
「戻れ!!」

小夜が何かを言う前に小夜の体は消えた。正確には、刀に戻った。

こんのすけ君に教えてもらっていた、刀剣達を制御する、最終手段。
人型から刀への封じ込め。

本来は審神者が自らを守るために用いる手段なのに、こんなことで使うとは思ってなかった。

一瞬の出来事に門の前にいた青江と厚だけではなく、光忠、陸奥なども唖然とした表情。
けれど敵は待ってくれない。

強烈な威圧感が背後から迫る中、全力疾走した。
小夜を握りしめて、走る。

刀装が全滅したと同時に、ぞわっと悪寒が走った。
咄嗟に身を屈め、その拍子に盛大にこけた。

ひゅん、といい音がしたと思ったら先ほど自分の首があった場所を刀が走った。

振り返った先には大太刀、太刀、槍の皆さん。

振り返ると同時に肩に痛みが走った。
見れば、何かに突き刺されたような傷。

大太刀の一振りは回避したけれど、槍の一突きが肩を掠めたらしい。

痛みに震える余裕もない。
じりじりと、後ろへあとずさるけれど勿論待ってももらえない。

振り上げられる刀。


「大将っ!」
「主!!」



こんなとこで


「死んでたまるかっ!」


刹那、目の前に閃光が走った。
投げた刀装と敵の刀がぶつかったのだ。
敵が一瞬ひるむ。

同時に、目の前の大太刀と太刀、槍がいっきに吹き飛ばされた。


「……助かったよ、蛍丸」
「刀装、常備しといたのが功を奏したね」

私の真上を飛び越えて目の前に着地したのは、我が本丸の精鋭。

「薬研、あるじは頼んだ」
「任された」

薬研と蛍丸。
2人を残しておいたのはある意味正解だったと、我ながら自分を褒めたくなる。
無傷の2人なら咄嗟の対応もやってくれる。

多少の時間稼ぎは必要だったけれど。

敵を薙ぎはらう頼もしい背中を尻目に、私は薬研に引き連れられ門をくぐり抜けた。