10.傷跡と無垢な心
「しっあわっせはー、あっるいってこっない、だーかーらまーいにっち、つっかみっとれぇええ!」
「雅じゃない!」
畑仕事真っ只中。手を動かしながら口を動かしていたら歌仙はそう突っ込んできた。
「幸せを掴みとるのに雅は必要ないと思うよ」
「もっと言い回しを考えないのか!なんて…安直な表現!」
「歌仙は小難しいことが好きだなぁ」
やいやい騒ぐこの歌仙兼定はついこの間我が本丸に来た新人さんだ。雅なことが大好き雅命。初めて会った時の開口一番に、雅じゃないねこの本丸は、ときたものだからとりあえず最近は畑仕事をしてもらっている。嫌がらせじゃないよ。
カボチャに里芋、安穏芋。葉物野菜は難しそうだから勉強してから育てようと思い今は芋類などを育て中だ。ローテーションで当番を決め、本日は歌仙と、
「お小夜も何か言わないのかい!」
私の隣にいる小夜左文字。
歌仙の抗議に肩を竦めた。
「いつものことだから」
「やっぱり雅じゃない…」
がっくりと項垂れた歌仙に、元気だしなよ、と一笑して新たな畝作りをスタートさせた。鍬を土に突き刺し耕していく。
「ねぇ」
くい、と袖を引かれて振り返れば小夜が相変わらずの淡白な顔色でこちらを見つめていた。
どうしたの?、と問えば視線を右往左往させ逡巡した後に口を開いた。
「あんまり動かない方が良いんじゃないの」
「うん?」
「……あの時の傷」
「……え、ぁあ。もう治ったから平気だよ?」
「でも」
食い下がる小夜の頭を乱暴に撫で回してやる。
「わ、!ちょっと」
「大丈夫だって言ってるでしょうが。あと、そんな暗ーい顏をしないの!笑え笑え」
ビヨイーンと泥だらけの手で小夜の頬を伸ばすと物凄く顏をしかめられた。それでも手を振り払わない辺り、この子との関係は少しは改善されてきたのかなと慈母れてしまう。
むにむにしていた手を徐に小夜が掴んだ。
「本当に…?」
瞳に見えた不安の色。
こんな顏をさせてしまったのは私だ。その事実にちくりと胸を指す痛み。
小夜の心の闇を払拭するように快活な笑みで答えた。
「本当だよ。だからもう無茶はしないこと!」
いいね?、と両手で頬を挟めば瞳を揺らした小夜は目を見開く。悩ましげに歪んだ面を隠すように小夜はこくんと頷いた。
この子は己が傷つくのは厭わない癖に他人が傷つくことに敏感な優しい子だ。
でもこれで、無茶はしなくなるとするなら御の字かもしれない。小夜が死を望まなくなることは図らずも好ましい方向といえる。
「なんだか僕が来る前に色々あったようだね」
後ろからかかった声には僅かながら不満が込められていて、振り返る前から苦笑してしまった。振り返れば案の定、片眉を上げて腕組みをした歌仙がこちらをじとりと睨んでいた。
「まぁ、雅じゃない本丸には色々とあるんだよ」
「そのようだね」
ツンとそっぽ向く。
話の輪に入れなくて拗ねている子どもみたいで面白い。何不機嫌になっているの、と歌仙を宥める小夜にも頬を膨らませてご立腹。
ご機嫌を損ねたようだから小夜を充てがっておこう。
「はい、小夜あとは歌仙と頼んだ」
「え、主は」
「部隊編成とか色々考えなきゃだからここで退散!じゃ!」
決して畑仕事が嫌なわけではない。くるりと背を向けトンズラ。遠くで歌仙が何か叫んでいたけど気にしない気にしない。
それに、
(積もる話もあるだろうし……)
刀剣男子達には元の主がいる。そして刀剣同士の繋がりもある。新たな仲間を迎えるたびに、誰かしらが駆け寄り旧懐の念に顏を綻ばせ喜び合う様を何度も見てきた。
私はあくまで今の主。元の時代に活躍した彼らを知らなし、その絆も、想いもーー
(傷も知らない)
思うことのある刀剣達はやはり何処かよそよそしい。それは同じ時代に生きていても立場が違っていたとかそんなところがやはりあるんだろう。
本丸運営はやっぱり難しい。
うんと唸っていても仕方ないのでとりあえず風呂に入ろう。そうしよう。
「あ」
「は?」
「え?」
そういえば、この時間は鍛錬組が良く出入りしていたのを失念していた。考え事をしながら別のことをするのは良くない。なんの気もなしにガラリと開けた扉の先に半裸になっていた彼らがいた。
「あ、あるじ〜〜!!」
「見ないでください!」
「大将、何やってっ!」
短刀ちゃん達が慌てふためく様は中々に可愛い、なんて開けた私が思ってはただの変質者だ。お巡りさんごめんなさい。
でも、乱ちゃんは女の子見たいだし、五虎退や厚、国俊も弟がいたらこんな感じなのだろうか。兎にも角にも可愛かった。
スッポンポンになっているわけではないから恥ずかしがる要素はない筈なのだけれど、年頃?の男の子なのだろうか私から見たらまだまだ可愛い子達なのだけれど。
とりあえず間違って開けてしまったので謝罪。
「ごめんごめん。考え事してて気付かなかったや」
「び、びっくりしました…」
「何やってんだよ大将…」
「いや、ほんとごめんね?」
ごゆっくり、と扉を閉めようとした矢先だった。
えい、という掛け声と共に背中を押された。
「へ?」
間抜けな声と共に私の身体は脱衣所に入った。
……入ってしまった。
「え、ちょ」
「あるじさまも、いっしょにはいられるのですか?」
驚き振り返った先には、こてんと愛らしく首を傾げた今剣。短刀の中でも小柄で可愛らしい子だ。
無垢な質問に違うと返そうとすればぐいと腕を掴まれ衣服棚まで連れて来られる。
「おせなかをながしますね!」
純粋だ…目に曇りがないまごうことなき天使。邪な考えなどこの子に一切ないのだろうと思うとまったくもって自分が罪深く感じられた。大人になるって怖いね。
「えっとね、私は皆が入った後に入ろうかな、て思ってるんだけど…」
「なぜですか?いっしょにはいったほうがたのしいですよ?」
「あ、うんそうだね。そうなんだけどね?うん、うん」
やめてくれ。その瞳は穢れた心に堪えるんだ今剣。いや、正直私自身はどちらでもいいんだけど短刀ちゃん達に不快な思いをさせたくはない。
うーん、どうしたものか。
「あ」
ポンと頭に案が浮かんだ。
「ねぇ、今剣はお風呂少し待てる?」
「?」
「皆が入った後に一緒に入ろうか」
ざわりと背後で動揺が走ったことがひしひしと伝わってきたけれど、一緒に入るというこの子の申し出をどうしようかと考えた結果出た答えがこれなんだ。ごめん!動揺が生まれてるねごめんね!
「いまではだめなのですか?」
「今は……ほら!皆、えっと……そう!疲れていると思うからゆっくり入りたいと思うし」
「そうなのですか…?」
「だから今剣も疲れていたら先に入って?ゆっくりして?私も後から」
「ぼくはあるじさまのおせなかながします!」
「ワアイアリガトウ」
今剣をこちらにやるのは失敗か…。
波紋を生んだやり取りに、そういうことだからごゆっくり、と笑みを貼り付けて後ろを振り返れば刹那、
「ぼ、ぼくも一緒に入る!」
震える声で乱ちゃんが叫んだ。
「はい?」
え、えちょっとまって!えぇえええ!
「あ、主様のお背中僕も流したい、です」
「別に嫌じゃねぇし!」
「大人数の方が楽しいし!」
乱ちゃんの思いがけぬ主張は他の子達に伝染してあれよあれよと同調を生み出してしまった。折角の私の妥協案は無に帰し、結局今剣だけが、うれしいです、と変わらぬ愛らしい笑顔でニコニコしているだけだった。
「みんなでおふろ、たのしいです」
今日も本丸は平和です。