11.想いと境界線
これはまた、大きな仲間がやってきた。2メートルはある巨漢。薙刀を携えて袈裟を着た大男は私を見るや否や、
「うわぁおっ!!」
「お主が主か!これはまた小さな主なことだ!」
「た、高い!でかい!降ろして!」
ひょいと腰を掴まれ高い高いのポーズ。ははははは!怖がりな主だな!、じゃないの!怖い!足をバタつかせてやいやい騒いでいれば、伸びのあるトーンの高い声が巨漢男を制した。
「いわとおし、あるじさまがこわがっておられます」
薙刀君に近づいてきたのは、短刀の中でも取り分け細くしかし機動性のある今剣。今の私には小さな救世主だ、ありがとう今剣。
仕方がないな、と巨漢、いわとおし?君は私を地面に下ろす。重力を感じられる身体にほっと一息ついた。
改めてその巨漢を見上げれば、ぬっとその顔が目の前に迫ってきた。思わず仰け反った私に彼は豪快に歯を見せ笑う。
「ははは!!背だけではなく心も小さい主だな!小心者か!」
この刀剣男子は私のことを主と思っているのか。心が小さいとはなんだと少々カチンと頭に来てしまった。
「め、目の前に巨漢が現れたら怖いでしょ普通!」
ので、失礼なことをぬかすな、と眼前に出てきたその尊顔にデコピンを喰らわしてやった。ゲームで言えば、通常攻撃それも初期装備程度のゲージの減り具合の攻撃だろうが、私の心は幾分か満たされた。
ふんと鼻を鳴らすと一転、巨漢君は面食らったように瞳を瞬かせた。
どうだ参ったか、と腰が引けながらも視線を外さない私に巨漢君は今度は目を爛々と輝かせる。
「ふ、ははは!!良い、良いぞ!小心者だが気概がある主だ!」
「いや小心者は余計だから」
「いわとおし、あるじさまにしつれいはいけません」
間延びした声が特徴の今剣にしては少々棘のある口調が横から入れられた。向けば、腰に手を当て眉根を寄せた今剣が巨漢君を見上げている。不満を表しているにも関わらず、何とも愛らしい可愛い。
「しかしな今剣、このような女子の主はなかなか珍しいぞ」
「え、そうなの?」
「俺はこの体躯だから扱える人間も多くなくてな。前の主は大男だった為か、軽々と扱ったものよ」
そう言って懐かしそうに眼を細めた巨漢、もとい岩融に釣られて今剣も頬を緩めた。懐古の念の込められた言と空気に私はぽつんと一人佇む。
確かデータで見た今剣の元の主はかの有名な源義経。薙刀を扱う大男といえば、その右腕として仕えた武蔵坊弁慶だろう。私からしたらえらく昔の話だが彼らにとってはそれがいつの話なのだろうか。少なくとも、懐かしそうに話す口振りからすると時間は少しは経過しているようだった。
元の主同士の繋がりが深かったり、製作者の同じ刀達はこのように互いに在りし日を追想することが多い。小夜と歌仙、大倶利伽羅と光忠など、刀剣達は派閥のような物を作って生活している。ある子は昔話に花を咲かせたり、ある子はそれを厭い、共通して彼らには何らかの、昔、がある。
それがどのような過去かは私の知識が追いつく限りは知っているが、しかし実際に私が知り得ているのは元の主の結末でしかなく、その傍に居た付喪神である彼らではない。
(私の知らないことなんだよね)
データの中にある単なる事象と目の前の現実には何処まで差があるのかさえ私には分からない。
談笑すると2人の記憶の中にある事実と情念が何処か遠くに感じられた。
ーーー
現実世界でも桜は散って新緑が街を染める季節となっているためか、本丸の木々も濃淡のある鮮やかな緑に変化している。障子全開、襖全開の我が自室からは柔らかな陽が葉と縁側に落ちている様子が伺えて、なんともまぁ風情ある情景だとしみじみと感じ入っていた。
時折何処からか吹く風も心地良くて、伸びやかな気持ちに浸っていると視界の端に人影が映った。
「あれ、加州に国広?」
眼をパチクリさせたのは、なかなか見たことのない組み合わせの2人だったからだ。
きょとんとした顔をしていたのか、2人は私を見ると破顔した。
「なに驚いてんのさ、主」
「え、いやあまり見ない組み合わせだったから」
「あれ、僕らが何の刀だったか知りませんでしたか?」
「えっと…加州は沖田総司で、国広は……あ、そうか」
そうだった。彼らはそうだ。
「新撰組、だね」
「そういうこと。まぁ、まだ来ていない奴も結構いるんだけどね」
からりと笑う加州に国広が、仕方ないですよ、と苦笑する。何処となく侘しさがある横顔に思い出した。
(そういえば…見たことがある)
刀剣達を管理するデータを覗いていた時、元の主に関する歴史資料を開いたことがあった。何気なく触れたデータには様々なことが書かれていて。
加州の主、沖田総司にはあと一振り打刀がいた、そして国広の元の主、土方歳三にも打刀が一振り。他にも、同じ新撰組の刀として何振りか顕現する者達がいることも知っている。
元の主同士、ではなく同じ主の元で己が本分を発揮していた物をこの子達は待ち続けているのだ。そしてその間、同じ時代、同じ陣営で苦楽を共にした刀同士でこうして時を待っているのだろう。
とはいっても、鍛刀しても目当ての刀が来るかどうかは分からなくて。
「何だかごめんね。早く呼べたらいいんだけど」
他の刀剣達と同様にやはり会いたい子達がこの子達にもいるのだと思うと、何ともいえない気持ちが胸に溢れた。
自分のせいではないと分かりつつも、申し訳なさが先立ち思わず謝ってしまう。謝ったところで互いにどうしようもないと分かっていても、それ以外の言葉が思いつかなかった。
そんな私に、気にしないで下さい、と慌てる国広に対して、加州はというと、
「馬鹿じゃないの?主」
と、肩を竦めて来た。
加州の言葉と態度に国広が更に慌てる。
「加州さん!」
「だってそうじゃん。だいたい、今こうしているのに何馬鹿な事言ってるの、主は」
「今こうしている…?」
ん、なんだどういうことだ。
おうむ返しで首を傾げた私に加州はじとりとした視線を投げると、直ぐにそっぽ向いた。どうした、反抗期か君は。
むむ、と腑に落ちない加州の態度に一言押し込む。
「加州?」
「……僕らは刀でしょ?」
「うん、刀だね」
「主みたいな特別な人がいないと、僕らはこうして人型になれないの」
「うん……うん?」
「……っ、だぁから!」
ぐるんと私に向き直った加州は、半ば叫ぶように捲し立てた。
「昔と違って、こうして国広とかと話したりご飯食べたりできるのも主のお陰なんだよ!主が此処に顕現させてくれなければ、刃生を過ごして終わりだったの!分かんないわけ?!」
「……えっと、…うん…」
「なに、ほんとにわかってんの??」
加州の勢いにしどろもどろとなった私は言葉を探して閉口してしまう。
それを見かねたのか、横から助け舟が現れて。
「そんなに叫ばないで下さい、加州さん」
「……ふん」
(ありがとう、国広!)
そっぽ向いた加州にほっと息を吐く。
けど、むくれる加州から向き直った国広が、主さん、と続けた。眼差しを国広に向けたら、真摯な瞳と視線が合う。
「加州さんの言う通りなんです。主さんのお陰で僕らは此処にいる」
とんと国広は胸に手を当てて、何処か愛おしそうに呟いた。
「今までは、待つということすら僕らにはなかったんですから」
「………あ…」
その一言に、私は呆けた音を発する。
ぽつりと漏らされた一言が物語っていた。
そうだ、彼らは刀剣なんだ。
国広の隣の加州も言葉に同意しているのか、そこに何も挟むことなく閉口していた。
待つことはない。ご飯を食べて仕事をして大切な人の帰りを待つ、人間のような生活をこの子達がしたことがあるはずがなかった。刀である彼らは、何処まで行っても刀だったのだから。
此処での皆の談笑、団欒、日常というものは今、此処だから在る景色なのだ。
そしてそれを、この子達は愛おしく思っている。
「確かにあいつらには会いたいし昔の話もしたいけど、今僕らは此処にいるから。だから、主が謝ることもないしそれに、……」
一呼吸置いた加州は私に鋭い視線を投げた。
刹那、びしり、と眼前に迫ったのは加州の人差し指。
「そんな寂しそうに笑う顔なんて見たくないんだから」
「っ!」
心臓が脈打った。
何でこの子達はこう核心を突いて来るんだろう。人型を持っているとはいえ神故の嗅覚なのか、私が蓋をしようとした感情を眼ざとく見つけてしまう。
笑いに隠し、自分で見ないフリをする感情、その片鱗かもしれないけれどするりと摘んでしまうのだ。
嫌だな、これじゃあ主の面目も何もあったものじゃない。
「……全く、頼もしい私の刀達なことですな」
それでも、だ。それでも、ヘラ、と躱す笑みは私の十八番なのだ。
そうして、物言いたげな2人の頭をワシャワシャと乱雑に撫で散らかしてやれば、抗議の声が溢れる。
私が刀剣達に感じる距離は、時代を超え、歴史を生きた者達への畏怖なのかもしれない。幾ら近くても生きているようでも、その年月は私の理解の外側にある。
それでもこの子達は私の側で私と共に居てくれるのだ。
それでいい。それだけでいい。
理解の外側の事象に、私が関わることも、関わる資格もないのだから。