13.射した光

刀剣男士。
刀の付喪神であり、様々な時代歴史の名刀に属する刀そのもの。歴史の為政者、悲運の名将など持ち主は多岐に渡る。時代の荒波の中で焼失してしまったものなどもあるが、付喪神として呼び出される際には刀剣と共に顕現する。元の持ち主の記憶があり、時代の移り変わりを肌身で感じてきた刀剣も少なからず存在する。

審神者。
眠っている物の想い、心を目覚めさせ、戦う力を与えることができる人間。政府により、刀剣の付喪神、即ち刀剣男士を従える存在として歴史修正主義者達との戦いを命じられた者。一定の神通力、刀剣達を従える力を持つ者でないと務まらない。

歴史修正主義者。
歴史改変を目論む者達。目的、組織など詳細は不明。


「……分からないことも多いんだなぁ」


指をスライドさせて画面を終了する。そのままこてんと敷布団に仰向けになった。

審神者として選ばれて、刀剣達と過ごしてはや数ヶ月。季節は夏を迎えようとしていて、もうすぐ朝方から蝉時雨が聞こえてくるような時になる。茹だるような暑さは本丸にも来るのだろうかと思うけれど、梅雨があるなら猛暑もあるに違いない、憂鬱。
そんな他愛のないことを考えつつ、思い返すのはここ最近のことで。木目を眺めながらぼんやりと思案した。

いろんな刀剣達のいろんな顔を見てきた。いろんな刀剣達のいろんな思いを感じてきた。怒り、悲しみ、楽しみ、喜怒哀楽様々な感情が刀剣にはあって、それは普通の人間と変わらなかった。
たかが物なんかじゃない。彼らは生きていて、生活していて、そして簡単にその刃生を終わらせてしまうことだってできる。人間と同じように、死、があるのだ。さながら、人に例えるなら軍人だろうか。
物としての意味、人型としての感情が混ざり合っているのが刀剣男士。

分かりきっている事実を咀嚼したところで何が得られるわけでもないけれど、だからと言って考えることを止めるほど私は割り切れていない。
ぐるぐる考えてしまうのはやっぱりあの刀剣達の顔で。歌仙の不満げな、今剣達の懐かしさに満ちた、加州達の長谷部の薬研のあの侘しい、皆の顔は間違いなく今じゃなくて過去を見つめていた。
喜怒哀楽、その向かう先にあるのは過去の主や思い出なのに、それでも彼らが今、剣を振るうのは今のため、この本丸のため。そしてーー

(それを使うのが私の役目)

理解している事実に、胸が妙に騒つく。

霞がかった燻る感情にあーとか、うーとか、不明瞭な擬音を発していると、りりり、と虫の音が聞こえた。あれ?本丸にも虫がいるのか。
虫の音に誘われ敷布団から立ち上がり、障子を開け縁側へと足を伸ばせば音はより高くなった。
月明かりが落ちるそこで両足を伸ばすと再びゴロンと仰向けになる。じとり、湿っぽいのは空気だけじゃなくて私自身もで、このまま腐って行くんじゃないかと思う。しとしとじめじめ、嫌な空気だ。

「どうにかならないかなー…」
「何がじゃ」
「いや、このモヤモヤというか………ん?」
「ん?」
「………あら、こんばんはだね、陸奥」
「ほぅじゃの、こんばんはじゃな」

んんー?あれれれー?今は深夜のお休みタイム。人型となった刀剣達もエブリバディスリーピングな状態の筈なんだけれど、目の前にいるのは寝汚いと有名な陸奥守吉行君じゃないかな?あれれ?

「何で此処にいるのかな、陸奥守吉行君」
「何で、て言われゆうと理由は説明しづらいけんど、あれじゃ、夜風に当たりたかったちゅうことにしとくぜよ」
「な、なんて不明瞭な回答…」

あははー、と笑う陸奥にがっくりと肩を落とす。皆が寝汚くて寝付けないとか、月明かりが強過ぎて目が覚めたとか、厠に行く途中とか、並べれば幾らでもあるはずなのに嘘をつかない子なのか。
よっこらせ、と私の隣に腰を下ろした陸奥は、ほんで?、と此方を見つめてきた。

嗚呼、この子はけっこう目敏い。

「何が?」

でも私だって惚けてしまえば強いのだ。へらり、ふらり、かわしてきた圧力は数知れず。で、どうした?なんて聞き方をされても、何のことだかわからない、の一点張りで会話を終了させる。
へらり、と首を傾げて見せれば陸奥はじぃと私を見つめてきた。
嗚呼、嫌だなこの瞳。見透かされるような暴かれるような瞳。どくんと高鳴る胸の鼓動を抑えても、冷や汗が落ちる。
惚けた顔を保つことも一苦労なのだ。早く終わってくれと内心焦りを覚えていたら、陸奥はー

「……ほか。何ちゃあないか」

あ、少し失敗した。
侘しげな相貌を見せた陸奥に若干の後悔が来る。眉尻を下げながら力無く笑む姿はいつもの明朗快活な彼とは乖離していた。
詮索することも、それ以上踏み込むこともせずに陸奥は月を見上げた。その横顔に落ちる月明かりが彼を儚く彩る。
ひとつ瞬き嘆息した。
駄目だ。この自分の心内の乱れをつぶさに感じ取っている相手に対して逃げ果せようとするのは、駄目だ。
何か言葉を、掛けるべき正解を探して思考を巡らせる。頭の回転なんて良くないのに必死に語彙の海に釣り針を投げて見るけれど、的確な言葉は一向に釣れなくて。
なんてことないなんのことだ。その一点張りができるほど気を強く持てれば良かったのに、私は中途半端だ。

「……何でもない、というより。ねぇ?」

あはは、と苦笑しながら次の言葉を探す。
陸奥の顔も見ることが出来ずにただひたすら紡いで、続けて。

「皆、楽しそうだなぁて。凄くそれは良くて嬉しくて、新しい子来たら別の誰かがお迎えして昔話に花を咲かせて、それは本丸を運営する身としては喜ばしいことで」

脈絡なく綴った想いだから、言いたいことが支離滅裂だ。語彙も少ないから凄い、嬉しいばっかり。
けれど確かにこれも事実、だからこそするすると言葉が出るのだ。

「感情豊かに色んな話をしてくれるよね。刀だけど皆んな人みたいで」

話しながら思い起こすのは、彼らの現在。
切ることが刀の本分。切ることで彼らは価値を見いだす。
けれど、元の主を想い追想を重ねて涙する彼らを見ていると人間と変わらない暖かさと切なさを感じざるを得ない。
あぁ、好きだったんだ。あぁ、嫌いだったんだ。異なる感情であっても、彼らが一等強く想う相手は矢張り己が真価を発揮させた主なのだろう。
そんなことを思うと何だか胸が締め付けられてしまう。それは当たり前で、仕方のないことで、飲み下さなければいけない私の感情であっても、どうしようもなく切ない。
彼らは刀だ。人ではない。
それでも彼らには感情がある。

「皆、昔の主とかに強い思いがあるんだな、て………あ」

ポロリと出てしまった本音に驚いたのは自分自身だった。ひとつふたつみっつ、呼吸を数えた後にギギギと視線をぎこちなく動かせば、眼を瞬かせる陸奥が映って。

「ご…めん、変なこと言った」

嗚呼、しまったなんて考えるくらいなら、ハナから言わなければ良い。それでも吐露してしまった心情はその考える思考が追いつく間も無く口からするりと溢れてしまうのだ。
元の主の話は出さまいとしていたのに、言ってしまった。
冷や汗がタラタラ流れる。失言だけは避けようとしていたのになんたる失態だ。
今のナシ、と言えば言葉の真実味が増すし、かと言ってこんな発言覚えていてほしくない。
だってこんなの、

(ただの駄々っ子だ)

理解しているからこそ内に秘めておきたかった。納得しきれない感情、それは原因を理解していても飲み下せないものだ。人の性と言うべきなのか。
I know.I know.私は分かっているよ。そんな自己主張を重ねたところで、ただの駄々っ子アピールに過ぎない。

どうしよう。ニ手三手どころか一寸先の手札すら読み取れない状況に焦りを覚えていた。

そろり、と陸奥から視線を外した刹那、

「……おまんは、自分を過小評価しとるぜよ」

ひどく柔らかな声音と掌が私に掛けられた。
頭を撫でられ、ぽかんと目を丸くした私の瞳は陸奥を向く。
下がった目尻、優しげなその眼差しと視線が交錯した。

「陸奥…?」
「わしらには確かにわしらを使った主がおる。けんどな、今の主はおんしじゃ。確かに過去がわしらにはあるけんど、それはおんしもじゃろ?」
「…うん」

陸奥の言葉はひどく優しい。
私だって家族がいて友達がいて、此処だけではないあちらの世界での生活がある。
過去だけではない。今という時間も、私は此処だけではない。きちんと基盤の世界がありあくまでこちらは出張している身だ。

「向こうでおんしが暮らしちょることもわしらはよう知っちゅう。大事な人がおることも」

心に滲み透るような言葉と声にただ頷いていると、陸奥はとんと立ち上がり庭先へと足を伸ばした。

「考えちうのは仕方ないき。けんどなーー」

月光に照らされた鋼ではなく人肌に魅入った私に彼は振り向いた。


「それでもわしらの主はおんしということを、おんし自身が忘れんでほしいんじゃ」


刀のような美しく、しかし人の笑みとしては儚い。
陸奥の言葉はその相貌と共に私の胸に突き刺さった。

私は主。私は彼らを扱う大将。この本丸の最上位の存在。
だからこそ今まで少なくない戦闘に皆を送り出してきた。傷付けた子達もいて、それに悩んだこともあって、本当に私は大将として大丈夫かと迷い惑った。
大将と呼ばなくていい、呼ばれない方が正しいとかそんなことも思ったけど、結局立ち位置は変わらず、私を甘やかす皆に甘えて今に至っている。

でもーー、

(私は、大将なんだ)

そこの認識を違えてはいけないのだ。

皆に過去があり、思い出があり元の主があろうと、私にも暮らしと世界があろうと、私が大将であることに変わりはなくて。

(馬鹿だなぁ…)

ため息しか出てこなかった。
大将という責任の重さに悩んで、でも彼らとの思い出の溝にモヤモヤとして。中途半端に悩んでいた自分が馬鹿みたいだ。
答えなど決まっているのに、ただ一人堂々巡り。悲劇のヒロインでも気取っていたのかと嫌気がさす。これまでの失態を思い起こしたら穴があったら入りたい気分。

はぁあ、と腹の底から嘆息して陸奥に視線を向ける。視線が交錯すれば、陸奥は何も言わずにニコリ、あの快活な笑みを向けてきた。
何も言わないところが彼の本質を表していて、本当に聡くてそして優しい子だと再認識した。

「陸奥」
「ん?」
「ありがとね」
「……礼を言われることなんちゃあなぁんもしとらんぜよ」

そうして快活に闇を吹き飛ばす。
元の持ち主の人柄を体現するような姿に吊られて零すのは矢張り笑顔だった。