15.人と刀
端的にいうと、会議は滞りなく終わった。
様々な時代、といっても刀が刀として機能した時代、銃火器が台頭する前までの時代への時間退行についての報告会。
何処の時代に主に赴いたか、戦果はどうか、その時代における歴史の齟齬は如何程か、など淡々と出席した審神者が説明していって私もその列に漏れることなく纏めたレポートを読み上げた。といっても、出陣回数自体さほど多くないため私の持ち時間はわずか数分。声の質からしてお歳を召しているような審神者さんは報告する内容も、出陣した刀剣から得た情報を統合したレポートも見事なものだった。
まるで何かの講演会を聞いているような会議に、たかだか20年足らずしか生きていない小娘の脳内キャパは早い段階からオーバーして、それでも必死にメモを取った。
「なんだか、疲れた…」
「お疲れ様、大将。俺も難しくてよくわからなかったわ」
「遡行軍の動きから見て取れる情報って色々あるんだね。狙う対象、そこから起こり得る歴史の改変、それをより確実にするために再び現れるであろう場所、時間」
世の審神者さん達は凄いな、と嘆息する。一手ニ手三手先、発生する可能性のある事象を、その分岐先を見る姿には感銘するしかなかった。私にもその先見の明を分けて下さいと言いたくなる。
(それでも、遡行軍がその手を先読みして来ることが往々にあるんだよね)
場の空気に圧倒された会議の中で、進行役の狐君が放った言葉を思い出す。
『このひと月で堕ちた本丸はございません』
会議終盤、政府側からの最後の報告の中で言われたのはこの世界の現実で、思い起こされたのは私の本丸で起きたあの事件。
黒い靄を纏った遡行軍、大太刀の威圧感と絶望、吐き気を催す程の殺気。
本丸が堕ちる、堕とされる。それは即ち、全てが血に染まるということを意味していた。
このひと月、ということは矢張りその様になってしまう本丸が、在る、ということはそう珍しくないことなのかもしれない。
(だってみんな、普通に聞いてた)
堕ちるという単語に対して場の空気は張り詰めなかった。
そうか、よかったな、その程度だ。僅かな安堵を漏らした審神者も居たけれど、風格のある審神者は微動だにしなかった。
それが普通なんだと改めて肌身に感じて、その異様さにたらりと冷や汗が落ちた。異質なのはおそらく私の方で、これを普通と思わない方が異常なのかもしれないけれど、生憎、ただの小娘には少しあの空気は重すぎた。
会議自体は不定期に開かれるので、招集願いが来たらまたとのことだった。そのこんのすけ君からの指示にひとつ胸を撫で下ろす。あの空気は私には少し荷が重い。
「帰ろうぜ、大将」
にか、と歯を見せて笑う厚に癒されたので抱き締めてあげたら顔を真っ赤にして暴れた後に、呆れたように今度は後頭部をぽんぽんと叩かれた。
よく頑張ったな、偉い偉い、だなんて言われて悪い気はしない程度に精神的に私の疲弊したんだろう。人のはけた室内で暫しの癒しタイムを満喫した。
「……厚、分かる?」
「……悪い、わかんねぇ」
「デスヨネ」
広々とした日本家屋に迷子が2人。はい、迷子になりました。どうしたってこんな異空間に初めて来た人間は迷子になると私は思う。
行きは良い良い帰りは怖いならぬ迷い。引率の係りの人が居たのにそんな人はどこにもおらず、真っ直ぐ廊下を歩いて来た筈と思って居たら突き当たりは右左どっちだとか、見たことのない景色が現れたりして私と厚は右往左往していた。
これだけ歩いているんだから、他の審神者と会ってもおかしくないと思うのだけれど。
「誰か呼ぶ?」
「その方が早い気がするけど、どうやって呼ぶんだよ」
「大声で、迷子です!、て」
「でっかい迷子がいるもんだな」
ケラケラ笑う厚にデコピンをお見舞いした。君も迷子だろう、見た目は少年だけど中身は齢うん百年のお爺ちゃんめ。
そんなやりとりをしていても、やはり人が通る気配がしなかったため、大人しく…それでも叫ぶのは気が引けるから、突き当たりの部屋の扉をガラリと開けようと手を伸ばした。
「……あ」
ひとつも軋まない板張りの廊下を歩いていた矢先に人の気配がした。ちらりと厚に顔を向ければ、流石短刀、気配には敏感なためか向いた瞬間コクリと頷いた。
気配がする割に、そうなのだ。何処か隠れている、気配を押し殺しているそんな空気。
『このひと月で堕ちた本丸はございません』
ゴクリと生唾を飲み込む。あの言葉が頭をよぎり、そして微かなその、僅かに張り詰めた空気が漏れている部屋、丁度あと数歩先の部屋に足を進めた。
横扉の前で厚にゆっくりと頷く。少年の顔から一転、精悍な顔つきとなった彼はひとつ首を縦に振った。
何があっても大丈夫だ。そう息を深く吐き、扉をそろりと先ずは偵察がてら開けた。
(……へ?)
気配を押し殺した、どこか隠れている、そんな空気の原因は紛れ込んだ遡行軍のせいかと緊迫した心持ちで開けた扉の先に居たのは、人間だった。
もっと言えば、審神者、面を取った審神者。
そしてー、
(あれは、刀剣…確か大太刀の…)
たぶん、あの審神者の近侍だ。2人しかいないからそうだ。
だけれど、2人の距離はあまりにも近くて、一目で何が起きているか悟った私は思わず厚の視界を手で塞いだ。
無言の抗議をする厚に手の力を込める。
だって、あれなんとなく見せちゃいけない気がする。
大太刀だからなのか、此方にまだ気づいていない審神者と彼は恍惚とした視線を向けあっていて、そのまま深く深く男女の口付けを交わしていた。どちらも互いを求めていて、時折聴こえる情愛に満ちた言葉が2人の関係を如実に表していた。
もはや近侍と審神者ではなくそれ以上の関係だ。
ひと気のない場所とあって、2人の行為が割と激しくなっていって、このまま何をしていくのかは火を見るよりも明らかだった。
(……戻ろう)
見ていても仕方がない。このまま鑑賞会を厚とするわけにもいかない。
私は静かに扉を閉じた。
結局、誰かに道を聞くこともなく、ただなんとなく足を進めていたら門についていた。なんとなく、というのはぼんやりとしていたためで、茫洋とした思考は纏まらずに先程の光景を繰り返し脳裏に投影している。
審神者と刀剣、人と神。その関係性の中でも、まるで人間のような交わりが出来るものなのかと、知らない世界に足が止まった。
付喪神と人の境界線の曖昧で不確かな様は私自身経験してきていて、そこに悩んだりしたこともあったけれど、こんな形での曖昧さを考えたことはなかった。だって、相手は神様だ。
幾ら人型をとっていても、彼らは物であり神であって人ではない。
何より、そうーー
(生きる時間が違う)
どれだけ幼い容姿でも、自分と歳近く見えても彼らは神様だから折れない限りは永遠に生きる。
対して、人は、審神者は長くて100年だ。
自分なら耐えられない。自分の方が老いて死ぬと理解しながら懐に入れる度量もないし、何より自分の死を相手に見せる勇気もない。
結婚して子どもを授かって、夫となる相手と共に老いを楽しみながら日々を生きる。その普通でけれどとても難しい未来を想像している私にとって、あの刀剣男士と恋仲となっていた審神者は印象的だった。
(私なら無理だ)
どうせ恋仲になるなら刀剣女士もいればいいのに。男とか女っていう概念じゃないかも知れないけれど寄り添う相手がいればいいのに、と思うくらいなら私には世界の違う光景だった。
「……大将、大将」
くい、と袖を引かれて見れば、厚が心配そうに眉尻を下げていた。
「大丈夫か」
考え事をしていたせいで不安にさせてしまったようで、ごめんごめん。
大丈夫、と笑うけれど面を着けたままだと厚に分からないので、その頭を撫でてあげる。
審神者にも色々な人達がいるんだ、と勉強になった1日が終わる。
ガチャリ、と開いた門の先。2人揃って帰路に着いた。