16.芽生えた疑問

ぐるぐるくるくる。迷走する思考に頭を悩ませる。脳裏に蘇るのは、審神者会議の光景とあの恋仲となっていた審神者と刀剣の相貌で、現実世界での生活に手がつかない程度にはくるくると悩んでいた。悩み事?何、良い人でもいんの?と友人に茶化され間髪入れずに否定した。悲しい、自分の色恋沙汰ではないことが悲しい、仮にも花の大学生なのに。

「トーケンダンシ、か」

当たり前だけれど、そんな言葉どのメディアにも載っていない。図書館で見た新聞記事にも雑誌にもテレビにもインターネットにも、凡ゆるメディアに刀剣男士という単語は存在せず、ネットで打って出てくるのは某まとめサイトの刀剣についての説明だけ。
私の本丸にいる子達の名、即ち刀の名前を打てばそれなりに検索にはヒットした。国内の美術館に所蔵されているもの、現存していないもの、複製されたものと様々だけれど、そのどの情報にもそれらの刀が付喪神として顕現しています、だなんて勿論だが書いてない。今から200年先の未来の技術から生まれた人型の神々は確かにこの世界にいて、けれどその存在は未だ刀のままだ。

「各本丸に呼び出される付喪神、様々な時間軸から呼び出されてその真価を発揮する。刀剣は1つに有らず、されどその人型はひとつだけ」

こんのすけ君に渡されたメモを読んでみるとなんとも奇妙なシステムだと改めて思う。
本丸の数だけ刀剣男士がいる。私がいつも薬研や蛍丸を近侍にしているように、近侍にその二振を選んでいる本丸もある。呼び出す刀は無限にあり、折れれば次を呼び出せば良いと考える審神者もいるようで、審神者によって本丸運営の方針は全く違うらしい。
要するに、審神者の数さえ確保すれば戦闘要員である刀剣男士達は生み出し続けることができる。

「それでも、なんだよね」

消耗品として扱われる彼らとしかし親密な関係を築く審神者もいて、彼らを物ではなく人として扱い敬い、そしてそれに刀剣達も応えている。その彼らの一部と契りを交わすほどの関係になっている審神者もいて、確かに仲が悪いより良い方がいいに決まっていると思う。
ただ、あの帰り。厚と本丸に帰ってから何気なくこんのすけ君に刀剣と審神者の色恋沙汰について聞くと、あの可愛らしい顔から飛び出たのはなんとも辛辣な言葉で。


『審神者様、刀の替えは効きますが貴方はお一人です。それをどうかお忘れなく』


やっぱりと言うべきか、政府側は明らかに審神者を絶対視してて刀剣はあくまで物扱いしている。替えの効く彼らと効かない審神者は同列ではない。
わかっちゃいたんだけれど、それを善悪で測ることは私にはできなくて。少なくとも私は彼らを完全な物としてみることはできない。
息をして生活をして一緒に笑って。私は、話をして触れることができる相手をモノだなんて思えない。
関係性は本丸によって様々でも、私は彼らを物とはみなしていないしかと言って、恋慕しているわけでもない。
彼らは刀、それでも私と同じ人間なんだ。

……あれ?でも、

「そもそも、遡行軍ってどこから来てるんだろう」

ぴたり、ふと湧き上がった疑問が気になって錯雑としていた思考がそこに集中した。
そういえば深く考えたことがなかった。彼らは敵、歴史を変えようとする勢力。私が会ってしまったその容貌は黒く靄がかっていて、異形そのものだった。人型をとってはいるけれど言葉を交わせるような雰囲気ではなくて、こちらの存在を完全に敵とみなしている。
だからなのか、そもそも彼らが何で、どうして歴史を変えたいのか、そもそもその存在は何なのか、なんてことに考えは及ばなかった。

「刀を持っているから刀剣男士と同じ?でもそれならあの変な靄とかは何だろう」

そもそも、指揮する人間すらいるかも分からない。
データベースで遡行軍について調べてみても、 歴史改変を目論む勢力、くらいしか出てこなくてその成り立ちなどの詳細は記されていない。
靄を掴んだところで霧散してしまうだけ。必要ではない情報だから政府も詳細を載せていないんだろうか。

「何だかなー」

首を捻ったところで何かを得ることができるわけではないから、取り敢えず身体を動かして気を紛らわそうと畑へと足を進めた。



「君がこの時間に来るなんて珍しいな」

真っ赤なトマトに、瑞々しいキュウリ、ナス、スイカ。畑は夏野菜のパラダイスになっていて、思わず塩を片手にその場で食べたい衝動に駆られていた私に声をかけてきたのは、真っ白な風貌の彼。

「鶴丸が畑仕事って面白いね」
「君が当番を決めたんだろう?」
「まぁ、そうなんだけどさ。白一色の鶴丸が土色になるのが面白くて」
「俺としては紅白に染まる方が良いんだけどな」

ギラリと一瞬見せた、刀の顔、に苦笑い。
鶴丸は比較的新しいメンバーのため、基本的に他の審神者との演練や遠征にしか派遣していない。驚きが大切な本人としては平凡な定点生活に飽き飽きしているかもしれないけれど、これも破壊を防ぐための手立てなのでご容赦願いたい。

「じきに鶴丸の力も借りることになるよ。うちは太刀が少ないからさ」

期待してるよ、鶴さん。そう笑みを見せれば、鶴丸は、

「ははは、任されたよ」

いつもの、悪戯が成功した時に見せる顔じゃない笑いを見せた。
戯けてなくて、はにかんだ、気恥ずかしさが漂うその笑みはどこか新鮮で。

「鶴丸もそんな顔するんだ」

思わずそんな感想がぽつりと漏れた。だって、今まで見たことがなかったから。
鶴丸はきょとんと目を丸くして私を見つめた。意表をつかれたそんな相貌が可愛らしく、幼さを醸し出していて、そんな彼に私の口から続いたのはその新鮮さに対する感想だった。


「可愛いね、鶴丸」


その顔は可愛かった。
戯けた調子で日々を過ごし、時折見せるのは刀剣としての矜持。そんな鶴丸のあどけない姿は貴重だ、写メっておきたいくらいだった。

可愛い、という言葉に鶴丸は更に丸い瞳を見せた。ぽかん、とひとつふたつ呼吸が流れて一言。

「こりゃ驚いた」

一本取られたなぁ、だなんてよく分からないことを口にした鶴丸がくしゃりと頭を撫でて来た。待って、土がついてる手で触らないでくれ、と片眉を上げて抗議するけど、余計わしゃりわしゃりと撫でてくる彼は私の様子に吹き出した。何なんだ急に。

「いや、すまない。あまりに君が面白くてね」
「面白いって、何が?」
「まぁ、だってなぁ」

言葉尻を上げて意味深な素振りを見せる鶴丸に首を傾げたら、やっぱり笑われた。

「なんなの、鶴丸」
「君は面白いな」
「だから、何が?」

いい加減笑ってないで答えて、とむくれた頬に手が添えられる。

え、何これ。

「鶴丸?」
「……君は、本当に良い主だな」
「……どうしたの、急に」

藪から棒にどうした鶴丸国永。
目を瞬かせた私に鶴丸は、いや、と続ける。

「刀である俺達を受け入れながら、人型としても受け入れようとしている。それは、簡単に見えて意外と難しいもんだ」

笑んだ鶴丸はそれでもどこか儚くて。仄かに漂う哀愁を、何故彼が纏うのかは理解できない。
閉口して鶴丸を見つめていると、眉尻を下げて彼は言った。


「君が主で良かった」


しっとりと心に染みる声色に返す言葉は何が正解だろう。
かろうじて返せたのは、ありがとう、という月並みな言葉だった。