※戦後編終わった後の話
※甘い、ひたすら甘い





ひとつ、ひとつ年が過ぎていく。時間は無限の彼方へと足を進め、人はそれに乗って一つずつ最終駅までの旅路を行く。

行く年、来る年。

最終駅がどこにあるかは誰にもわからない。それはいつ訪れるかも分からない。
けれども、ことしという駅を彼と通過出来たことはこの上ない喜びだったのだろうと千歳は料理の仕込みをしながらくすりと笑った。

「何笑ってんだ」

ひょいと後ろから顔を出した波多野が盛り付けしていた煮込み豆を摘まむ。行儀が悪いと眉根を寄せた千歳の顔を明後日の方向を見てかわすその姿に、漏れたのは溜息ではなく笑いだった。

「仕様のない人ですね」

そう笑いかければ、目を丸くした波多野もつられて笑みを零す。

木造平屋建ての一軒家。
コチリコチリと掛け時計が時を刻む。外は初詣に行こうとする家族連れなどで少々騒がしく、しかしそれが時節を告げていた。
しっとりとした空気と、からりとした人々の心の色に温かみが増す。


ーー嗚呼、とても。


「ねぇ、 亮祐さん」


幸せ、だと。
言の葉で伝えれば陳腐かもしれないそれを伝えたくて口を開いた千歳に波多野のそれが押し当てられた。
唐突な口付けに肩を震わせた千歳は、しかし直ぐに身体の力を抜いて彼を求める。
啄ばみ、食む。外の風音と掛け時計の針音に耳を傾けながらその愛撫を千歳は享受した。

愛しい。嬉しい。

紆余曲折の末の時に千歳は感じ入る。湧き上がる喜色をどう伝えることができるだろうか。

「亮祐さん」

未来を、先の駅をこれからも共に過ぎ、軌跡を作ることを願う言の葉を貴方に。


「来年もよろしくお願いします」


ひとつ、ひとつ歩む軌跡をどうか共に、隣で共に。


「……それでいいわけ?」
「え」


きょとんと小首を傾げた千歳の身体を腕の中に収めた波多野が紡いだ。


「来年、だけでいいわけ?」


何処か気恥ずかしそうな声音が届き、小さく笑った千歳を波多野が更に抱き締める。その温もりに千歳は目を細めた。
心音が針音が近くに聞こえる。

「それを言わせます?」
「嫌ならいいけど」
「天邪鬼」
「抜かせ」

カチリと針が真上を指した。鈍く長い時を告げる鐘が鳴る。



ふと、千歳の脳裏に影が過った。長い時、多くのこの時を共に過ごしたかの魔王の横顔が思い浮かぶ。
彼は、この時をどう過ごしているだろうか。

そこに思い至るまでに千歳はかぶりを振った。


(きっと、何処かで)


彼も彼自身の列車に乗り、歩んでいる。


鐘の音が遠くに聞こえた。


「亮祐さん」


視線を彼と合わせる。
瞳に映る柔らかな色にはにかみ千歳は言の葉を紡いだ。


「これからも、よろしくお願いします」


思わぬ発言だったのか、目を丸くした波多野の顔ににこりと優婉な笑みを向ける。

千歳は願う。

何処まで行くか分からない、いつ迄続くか分からない。

ただ、続く限りの路を辿りたい、と。



ーーー



行く年来る年
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