さて困った。千歳は事の経緯を思い返した。

今日は晴れ間の広がる穏やかな天気だった。訓練生達が各々好き勝手に過ごす休日の昼下がりは協曾内ががらんと静まり返る。魔王の執務室ですら人の気配が無かったのは、彼が人ではないからか。
そんな無意味な思考を巡らせていたのは、ただの現実逃避のためであった。

協曾から電車で30分ほど。デパートメントが並ぶ通りにはモガの通う洒落たカフェーが賑わいを見せていた。
そんなカフェーの一角の丸テーブルを挟み、千歳に対面している相手はきょとんと小首を傾げた。

「ぐあいわるいの?」

むつかしい顔してるよ。
真白の心とはかくも人の心の機敏に聡いのかと、千歳は小さき彼女に微笑んだ。

「大丈夫。何ともないよ?」

いいからお食べ、とアイスクリンを目の前にした幼子に促せば、純真無垢な笑みがその顔に広がった。いただきます、とそれに手を伸ばす。

(さて、と)

彼女がアイスクリンに夢中になっている間に考えなくてはいけない。
千歳はくるりと辺りを見渡した。往来する人々の種類は様々だ。老紳士、学生、モガ、家族連れの姿も見えるが残念ながらこの幼女に見向きもしない。
もう一度、幼子に目を向けたが相変わらず満足気にアイスクリンを頬張っている。

(どうしたものか)


千歳が彼女を見つけたのは1時間ほど前だ。デパートメントの服飾売り場の店主に用があった。といっても、店主は結城中佐の協力者である。さも、流行りの洋服を見にきた常連客を装い言伝を済ませた後に、彼女を見つけた。
身綺麗にした格好からしてそれなりに裕福な家庭の子だった。薄紅色に白いレースのワンピースは顔立ちの良い幼女によく似合っていた。きゅ、と握っているのは花柄のハンケチ。
まあるい瞳はきょろりきょろりと辺りを見渡し、大人達を見ては俯いている。
店員でも呼ぶかと無駄に世話を焼こうとした思考が仇となった。
そう考えた刹那、ぱちりと彼女と千歳の視線が交錯してしまった。
重なった視線に逃げ場などない。じい、とその無垢な瞳が見つめてくる。誰1人として合うことのなかった視線の先に、初めてそれに叶う相手が見つかった。私を見つけてくれた、と幼女の瞳は物語っていた。

(弱ったけど…)

反らせない視線に千歳は思案する、がそれは無駄骨となった。幼き視線に囚われた瞬間、取るべき行動は決まっていたのだ。

ひとつ息を吐き、千歳は彼女へと歩み寄る。

「お母さん達とはぐれちゃった?」

膝を折り、目線を合わせて聞けば幼女はこくんと頷く。
漆黒ではない、濃い茶の混じっている色素の薄い髪に丸い瞳。少女は千歳が感心するほど整った顔立ちと可憐な姿をしていた。

とはいえ、得策なのは店の係員に引き渡すことだ。部外者の千歳が幼女を連れ回すわけにもいかない、と千歳は幼子の手を取り一歩踏み出そうとした。
がしかし、くん、と引かれた手に立ち止まる。
自分を引いた手を伝い、まるい瞳に視線を向ければ感情の読めない幼子はじっと千歳を見つめていた。何を言葉にするでもなく、双眼が千歳を捉える。

「どうしたの?」

もう一度、腰を落として少女と視線を合わせれば、幼子はふるふると首を振った。

「ダメなの」
「駄目?」
「おみせの人にね、お世話になっちゃうのはダメなの」
「どうして?」

そうして少女は俯く。

「葵が悪いから。葵がじぶんで見つけないと、母さまが悪く言われちゃう」

尻すぼみになりながらそう口にした少女の意図を汲み取り、千歳は目を丸くした。

この幼子は、迷ったことを己の責と考えている。

親が懇意にしているデパートメントの店員の世話になれば、親の顔に泥を塗ることになりかねない。我が子1人見ることのできない親と思われれば、両親にいらぬ目が向けられる。

「葵が悪いの。だから、母さまを葵が見つけないといけないの」

齢五、六程度の年端もいかない少女が考えることにしてはひどく大人びていて、その早熟さに感心するとともに、湧き上がったのは微笑ましい気持ちで。

千歳はそっと彼女を撫で、破顔した。

「分かった。なら、お店の人には内緒でお母さんを探そうか」


(とは言ったけれど)

千歳はアイスクリンを食べ終わった少女を見て苦笑した。

大人びているとはいえ、まだ年端もいかない子だ。千歳ほど体力があるわけでも、記憶力が良いわけでもない。
そしてさらにいえば、幼子にとって街の散策は魅力に溢れている。

デパートメントの外へと歩き出して数分後、甘い香りが鼻孔を擽り、ふと目に入ったのはカフェーとアイスクリンの看板で。ちらりと視線を彼女に落とせば、じぃ、とそちらに釘づけになっていた。
目移りする物が多くある煌びやかな街中。足を止めて見る機会は子どもの彼女にはそう多くはないだろう。釘付けになった視線をしかしはしたないと感じたのか逸らし、またチラリと看板を見る。逡巡する様が何とも愛らしく、結果千歳がとった行動は化け物らしからぬものだった。

アイスクリンを食べ終わった少女の関心は移ろう。

「お姉ちゃん、あのね。お母さんをね」

辿々しく主張するのは矢張りはぐれてしまった母親のことだ。目先の欲が満たされたことで、己がやるべきことに漸く集中できるようになったのか。
真摯に千歳を見つめる幼子に、彼女は微笑む。

「うん、分かってるよ。探しに行こうか」
「うん!」

手を差し出せば、顔に花を咲かせた少女は千歳の手を握る。

(さてと)

どうやってこの幼子から必要な情報を聞き出して目的の女性を探そうかと千歳が思案した時だった。


「何やってるんだ、お前」


背後から聞こえた声に千歳はぴくりと肩を震わせた。それはD機関の中でも一等背の低い彼の声で、声色から彼の現在の相貌を推察する。
千歳は内心苦い思いを噛み締めた。
緩慢に振り返れば、案の定、呆れを含んだ色を出して彼は立っていた。

「波多野さん、何故此処に?」
「ただの散歩だ」
「随分と遠出の散歩ですね」
「天気が良いからな」

ただの散歩などではなく、尾行などの訓練だろうと嘆息した千歳に、波多野は、で?、と千歳の後ろに視線を遣った。
波多野と視線を交わした少女は、唐突に現れた大人に驚いたのか、刹那身体を緊縮させて千歳の陰へと隠れた。ちらりと顔を覗かせ、波多野を見る視線は不安に満ちていて、その恐れからか、千歳の手をきゅっと握る。母親と同じ、同性だからこそ打ち解けていた心に芽生えた緊張の色に、動いたのは波多野だった。

「……迷子か?」

すとんとその場に屈んだ彼は少女と目線を合わせる。幼子は波多野と千歳を交互に見たが、千歳が薄く笑みを浮かべると無言で首だけを盾に動かした。

「そうか。なら、俺も一緒に探してやるよ」
「え、波多野さん?」
「いいの?お兄ちゃん」
「こんなに可愛いらしいお嬢さんが困っているんだ。手助けするのは当然だろ」

な?、と笑いかけられた少女は、強張った顔色から一転、破顔してあどけない笑みを浮かべた。

「ありがとう、お兄ちゃん!」

おう、と頼もしげに答え快活な笑みを漏らした波多野に千歳は訝しげな視線を送った。心強い味方のできた少女とは真逆に、じとりと鈍い睨みを利かせる。
千歳の心情など手に取るように分かっているのだろう。波多野は横目で彼女を見遣ると、

(……まったく)

ニヤリ、とあの小生意気な彼独特の笑みを見せつけたのだ。
大方、尾行の訓練にでも飽きていた丁度その時に自分達は見つかったのだろうと千歳は推測する。
とはいえ、人探しに人手が増える、更に言えば化け物じみた嗅覚を備えた訓練生が加わるのは迷い子となってしまった女児にとっては都合の良いことだ。

(まぁ、良いのかな)

助っ人にはにかむ女児とものの数分で彼女を手懐けた彼に苦笑する。

休日の昼下がり、化け物達の人探しが始まった。


ーー


化け物達の休日1


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