ずるい、だなんて月並みで薄っぺらい言葉が自分の口から出てくるとは夢にも思っていなかった。陳腐な言葉の羅列など、この化け物の前でそんな醜態を晒すことなどあってはならない。その程度の自負心なら千歳にだってあったのだ。ちっぽけな、彼にとってはとるに足らない自負心。

「ずるいですね、三好さん」

それでも、するりと言葉は出てきた。まるで、千歳の口から漏れることは自明のことだと言わんばかりにあっさりと。
漏れた言の葉にしかし千歳は釈明もせずに、言葉をそのまま受け入れた。
嗚呼、言ってしまったと妙に俯瞰してみた己に苦笑する。化け物として欠片だけでも残っている矜持は何処へ行ってしまったのか、散歩にでも出かけているのかと頭の片隅で無為に思考を働かせながら瞳が移すのは恐ろしいほど美しい彼の相貌だ。

「ずるい…?」

彼は怪訝そうに眉を顰めた。端麗な顔に刻まれた歪みに千歳はふと思う。これは、これで良いのかもしれない、と。

(珍しい顔を拝めました、ね)

容姿端麗、眉目秀麗、美を表すあらゆる言の葉を連ねても足りないほどの彼の美貌にちょっと、僅か、一片でも欠けを作ることができたのなら、己のちっぽけな矜持も多少は役に立ったのではないか。
下らないと一蹴されそうな阿呆な思考に支配された己の知性は今、化け物とは程遠いだろう。
今、己が考えていることを彼に悟られたらどのような顔をするだろうか。落胆、呆れ、もしくは興味関心か。

(下らない)

そもそも、そのどれにも該当しない無の感情であるかもしれない。
三好という男は恐ろしく美しい。美しく、孤高の気高さのある彼は生きているにも関わらずその存在はまるでこの世にないようだった。
この世ならざる者、しかし化け物という醜い者の相称には似合わない存在。言うなれば、手の届かない、絵画の中の人物。その美貌は確かに其処に在るのに、決して触れることのできない作り物。
生きているのか、死んでいるのか。そのような問いの外側にいる、次元の違う存在、など考えても無意味な思考の渦に、千歳はひとつ目を閉じた。

「千歳」

澄んだ声だった。澱みのない声色で三好が千歳の名を呼ぶ。
三好さん、と千歳も呼び返した。なるだけ無色の、透明で雑味のない色を添えた。三好さん、と千歳は意味のない名を呼んだ。
意味のない空虚な名に、三好は答えた。

「千歳」
「……ねぇ、三好さん」

つぅ、と頬を伝った雫は何故かなど些細な問題だった。ただ、瞳から流れ出ただけだ。
三好の陶器のように艶のある手を取る。千歳は己が頬にそれをぴたりとつけた。

「感じますか?」

この世ならざる者の手は、ひどく冷たい。
それでも、頬を伝う雫は温かい。

「温かいですね、三好さん」

この手は温かい。
そして、あっさりと人間の温もりを無かったことに、心を無に、情念をいなしてしまう彼のその心臓は氷結より固く冷たい。
分かっている、知っている。千歳は言い聞かせた。
ずるい、というありきたりな言葉の意味を己は理解している。納得など到底できなくても理解はできる、それで良い。

ただ、と千歳は彼に優艶に笑んだ。

「ずるい三好さんにあげます」

やられっぱなしで、終わることができないのだ。
どこまでも冷たく、闇路を歩く君への呪いを吐き出す。唇を震わせ、まるで愛の告白のように千歳は紡いだ。


「忘れないで」


――この温かさを


効力など千歳の知るところではない。言葉の意味など生涯伝えることもない。

伝わらない思い合わない、何もかもが空虚な空間の中、千歳の身体は組み敷かれた。

ひどく冷たく、ひどく温かい、矛盾した存在達はその日ひとつになった。


―――


呪い
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