「タバコ吸われるんですね」
驚いたように目を見開き千歳が視線を向けるのは、D機関の中でも幼い顔つきの2人、波多野と実井だ。
談笑中だった彼らを尻目に昼餉の準備をしようとしていた千歳は、水をくれ、と波多野に頼まれ空いているグラス2つと水さしを持ってテーブルに近づいた。盆に乗せてあったグラスを置こうとしたところで、実井が波多野にタバコを強請り1本抜き取った。
千歳は驚いた。甘利や神永、田崎、三好などが吸っているところはよく見ていたが、この2人が吸っているところは見たことがなかった。昨今の男性は吸わない方が珍しいとはいえ、千歳の目から見ても可愛らしい顔つきの2人が吸うところはなかなか違和感を覚える。
「何、意外なのか?」
「イメージしていなかったので」
「吸うように見えませんでした?」
「実井さんは特に、柔らかそうな印象なので」
2人とも吸うようには見えないが、特にそう見えないのは実井だった。
物腰柔らか、丁寧な言葉遣い、気配りも出来る、おまけに甘く可愛らしい顔付きだ。花菱の仲居にも大層人気があると聞く。
波多野も同じく可愛らしい顔付きだが、こちらは少し小生意気だ。愛嬌はあるが気配りができる方ではない。
どちらが吸うように見えないかで言えば圧倒的に実井の方が吸うイメージはなかった。
そう思っていた2人が目の前でぷかぷかと吸っているのだから人の印象というものは内実とかけ離れているものだと、千歳は自分の認識を改めた。
「実井が柔らかそうねぇ…」
ちらりと波多野が実井を一瞥した。ん?と笑みを向けた実井に波多野は、いや、と視線をそらす。実井は深くタバコを吸うとゆっくり味わうように息を吐き出した。
「まぁ、吸っていない人間の方が少ないですから」
「それもそうですね」
グラスに水を注ぎ終わると、千歳はテーブルに置かれたタバコを手に取った。黄色いチェック柄、可愛らしいパッケージは2人によく似合っている。
(とはいえ、いつも煙たくて嫌なのだけれど)
機関員全員でこの部屋でゲームをする時にはこの箱がいつも10数箱空くが、喫煙の習慣がない千歳にとっては、部屋が煙たくなるので多少は量を減らして欲しいと内心ため息をついていた。
波多野と実井まで吸うということは、彼女が把握していないのは福本だけだ。しかし、彼も別に吸うことに抵抗はないのだろう。
パッケージを手にそんな事を考えていた千歳に実井が口を開いた。
「千歳さんも一本如何です?」
柔和な、害のなさそうな笑みだ。けれど千歳は間髪入れず拒否した。
「むせそうなので遠慮します」
表情を変えず返した千歳に実井は、それは残念ですね、と視線を逸らした。
「割と美味しいんですよ?これ」
実井のその言葉に千歳は首を捻らせた。あの独特の匂いが鼻を抜けると思うと、あまり心地良いとは思えない。
煙草が美味い、という感覚は千歳には分からないし分かりたくもない。娯楽の1つ、嗜好品として楽しむ男性のその感覚は女性の香水選びと似たようなものなのか。
(とはいえ、香水も興味ないけれど)
千歳は今一度、黄色の可愛らしいパッケージを観察する。
「一度味見してみれば良いじゃないですか」
そんなに気になるなら尚更だと、実井はクスクスと笑って千歳を見る。
波多野は千歳が手に持っていたパッケージをひょいと掴むと更に一本取り出した。
「いるの?」
「いらないです」
そのまま波多野の口にそれは収まる。
見たところどうやら最後の一本だったようだ。
(煙たいし、邪魔になりそう)
用は済んだ。談笑中の彼らの邪魔をこれ以上するのも悪い。
失礼します、と頭を下げその場を離れようとした千歳に声がかかった。
「千歳さん」
かたりと、実井が吸っていた煙草を片手に一歩千歳に近づく。
何用だろうと千歳が振り返ったその先、
彼と彼女の距離はゼロとなった。
千歳の咥内に苦い味が広がる。
あぁ、やっぱり苦手だ。
顔をしかめた千歳に実井は悪びれる様子もなく、あのパッケージの様に、可愛らしく首を横に傾けた。
「どうですか?」
綺麗な花にはトゲがある、笑顔の裏には何がある?
実井への認識を千歳は今一度改めた。彼はきっとこうやって邪気のない笑みと無垢に見せた行動で落としていくのだろう。
ぽかんとしていた隣の波多野が思い出した様に息を吐く。止まっていた時間がゆっくりと動き出すのを感じ、千歳は実井に返した。
「苦手です、すごく」
感情を加えない声音、そして言外の意味を含めてそう言えば実井は一瞬、その笑みにうすら寒い表情を見せた。
なるほど、これが彼かと千歳は納得する。波多野が苦言を呈したワケはここにあった。
(食えない人)
かといって、こちらちも食われる様な隙はない。
「それは悪いことをしましたね」
実井はいつもの、柔和な笑み、を貼り付けて千歳に謝罪する。折角のカバーはもう彼女には意味はないが、それをこなすのは彼なりのプライドか。
「お気になさらず」
それに対しての興味は残念ながら千歳にはない。カバーがあろうがなかろうが支障はないのだ。
千歳は可愛らしい黄色いパッケージを一瞥した。
(中身は苦々しいところは同じ、ね)
訂正だ。やはり、彼にはこれは似合っている。
千歳は今一度彼への認識を改めた。
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外側と内側
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