初体験、という響きはどうもしっくりこない。なぜならそれに価値を感じていないからだ。自らの処女性は可もなく不可もない、いや強いて言うなら厄介と言うべきか。
「さっさと脱げば?」
「…そうですね」
慣れない行為を前に立ち尽くしていると呆れたような声が降ってきた。
たった今から愛の営みをするとは思えないほどの淡白な声。千歳の目の前にいる男は、恐らくその行為に対して何の意味も見出していないのだろう。
千歳はひとつため息をついてスカートを脱ぎ、ブラウスのボタンに手をかけた。
厄介だ、何せ知識はあっても経験はない。どうすれば正解なのかも分からない。しかし、分からないながらも服を脱ぐことくらいはできる。
肌着になりベッドに視線を向ければ、上半身の肌を露出させた彼がいた。男にしては可愛らしいその顔に似つかわない、逞しい無駄な筋肉など一切ない身体だ。
その肉体美に思わず見惚れていると、カチリと視線が合わさりその口元が弧を描いた。
「何、惚れた?」
「顔に似合わず良い身体だと思いまして」
「鍛えてるからな」
自らの腹部を摩るその姿を見て千歳は納得する。彼はこの肉体美と可愛らしい顔のギャップで多くの婦人をその手で喜ばせてきたのだろうと。
下着姿の千歳の手が引かれ、柔らかなベッドの上へと落とされる。
あぁ、こうやって世の女性は男性に身を委ねているのかと、千歳はどこか他人事のようにこの状況を分析していた。
覆い被さってきた彼に淡々と呟いた言葉も淡白で、
「よろしくお願いします」
これから愛を育む行為をする男女とは思えない。
「とっとと済ませるぞ」
「了解しました」
身体を売る買う、それを利用して相手から情報を引き出す所謂セックススパイ。
その対策として、ジゴロの訓練は行われていた。落とすだけではなく、落とされない為でもある。
人間とは感情が高ぶる時に真実を喋りやすい傾向にあるらしい。故にD機関でもその訓練は行われていたが、唯一訓練どころか行為すら経験がなかったのが千歳だった。
必要に迫られなかった、と言えばそれまでだが結局のところは無意識に避けていたのだろう。
しかし、ここに身を置く以上は避けては通れない。
「ん…っ」
身一つの姿となり、ベッドに縫い付けられた千歳の身体に波多野が口付けを落とす。
他人の肌、唇が触れる感覚に千歳はむず痒い思いに駆られた。
「本当に経験ないんだな、お前」
降って来る波多野の声は、嘲笑でも呆れでもなく、何の色もない淡白なものだ。
「だからこうしてお願いしているんです」
互いの会話に何の感情もないまま行為は進められる。
千歳がこの訓練を波多野に頼んだのは、これが理由だった。
女遊びに定評のある、神永、田崎、甘利は除外した。無駄に此方を酔わせて女として扱いそうだと感じた為だ。
からかい半分、呆れ半分で行為を進めそうな三好、実井。存外優しく抱きそうな福本、慣れていなさそうな小田切。
どんどん選択肢が減る中、残ったのが波多野だった。
『何で俺なわけ?』
目を丸くさせ、不可解な表情を浮かべた波多野に千歳は言った。
『行為に意味をもたせず終わらせて貰えそうと思ったからです』
どうせ行為になれる為だけの訓練なのだ。無駄な感情は必要ない。
千歳の返しに暫し考え込んだ波多野は、今夜空けとけ、とだけ去り際に彼女に耳打ちした。
胸の突起を吸われて思わず腰が上がる。自分では衣服を着る際に触れるだけの部分をこうして営みの為に触れられるのは、やはり感覚が違う。
幾ら彼らと同じ訓練を叩き込まれていようと、経験のないことを行う場合は身体が強張るものなのだと千歳は体感していた。
「緊張してんの?」
降ってきた波多野の声にぴくりと身体を震わせる。
「そうなのかもしれませんね」
偽っていても仕方がないので素直に答えた。
千歳の返しに、ふーん、と興味無さげに呟いた波多野に若干の安心感を抱きつつ、千歳は居た堪れない気持ちになりそっぽ向いた。
早く、こんな行為終わればいい。
「ひっ、」
顔を背けていた為、彼に向けてられていた首筋から耳元にかけてぺろりと舌を這わされて思わずか細い声が漏れた。
そのまま耳朶を甘噛みされ、太ももを撫でられればゾクゾクとした感覚が背筋を駆ける。
「緊張しすぎたら後が辛いぞ」
「…分かっています」
やはり慣れない行為は嫌いだと、千歳はため息をついた。
ーーーーー
男性器を挿入するには前戯が必要だ。膣内を解してそれを受け入れる準備をする。
しかし、経験のない女性はそれすら一苦労する。
「っ、」
千歳は膣内に彼の指が押し入る感覚に眉を寄せた。1本入れられた時には何ともなかった感覚が、2本になれば痛みに変わる。
「身体に力入りすぎ、いつまでたっても終わんねぇぞ」
「分かっていますっ」
息を整えて、痛みを逃がすように息を吐く。身体を強張らせていたらいつまでたっても終わらない。
下半身の力を抜けば、見計らったように波多野の指が膣内を擦る。
ゆっくりしかし流石ジゴロの訓練をしているだけあり、痛みは存外早く消えていった。
それに伴い、やって来るのはあのむず痒さだ。
「ぁ、ん」
膣内のざらりとした部分、そして奥の部分、そこを撫でられればぞくりと背中に快感が走る。
水音が響いてくればいよいよ自分が女としての悦楽を感じ始めていることは嫌でも分かった。
「っ!やっ、あ!」
ゆるりゆるりとした快感から一転、急に直接的な刺激を与えられ、千歳から思わぬ声が出た。
「いい声だすじゃん」
「や、波多野さんっ、これ、や」
グリグリと親指で波多野が弄っているのは女性の秘豆だ。自分で直接触れたことのないそれを、波多野は口元に弧を描いて弄ぶ。
「自分でもしたことなかったんだな、すげー反応」
「はたの、さんっ、やだっ、あ」
「これでいーんだよ」
「っ、ひっあっー!」
膣と秘豆を同時に攻められ千歳はぴんと膝から足先を張らせて達した。
透明な液体で濡れる恥部から抜かれた指を、波多野はペロリと舐めあげる。
艶かしいその姿に千歳は思わず目を見張った。本当に顔に似合わず艶がある。
「気持ちよかったろ?」
そんな千歳の視線に気づいた波多野がサラリと彼女の髪を梳きながら笑むものだから、気恥ずかしさから千歳は視線を逸らした。
「よく分かりません…」
その反応に苦笑した波多野からカチャカチャとベルトを外す音が聞こえる。
あぁ、漸くこの処女性を捨てることが出来るのかと千歳はぼんやりと考えた。
「けっこうキツいだろうけど粘れよ」
準備の出来た波多野が覆いかぶさり、千歳にそう言えば、
「大丈夫です。無理にでも進めて下さい」
凡そこれから生娘ではなくなる女とは思えない発言が千歳から飛び出した。
波多野は一瞬その発言に目を見開いたが、直ぐに行為を開始する。
「っ、いっ」
ギチギチと捩込まれる熱に出さまいとしていた声が出てしまった。千歳は痛みに顔を歪め、シーツを強く掴む。
「キッツいな、ほんと」
若干苦しそうな波多野の声に千歳はハッとする。痛みに身体を強張らせていたらいつまでたっても入れることすらできない。力を抜かなければ相手もやり辛い。
「ふっ、ぅ」
息を吸い、大きく吐き出し呼吸を整える。多少は力が抜けたのか、膣の入り口で止まっていた熱がゆるりゆるりと入り込んできた。
腹にこみ上げる圧迫感に、再び息が詰まる感覚に襲われる。
(息、整えないと)
手早く終わらせるには自分が上手くやらなければ。
千歳は痛みを堪えるようにぎゅっと目を瞑った。
「千歳」
「?、なんですっ、んっぅ」
名前を呼ばれ、薄っすらと目を開けた千歳は直ぐに視界を覆われた。同時に感じたのは彼の唇の感触。
ぬるりと舌が入り込み、自分の舌が絡めとられる。吸われ、侵され、息をすることもままならない程の深い口付け。
「っ、!」
ズン、と波多野の腰が千歳を突き上げ下腹部に鋭い痛みが走った。
一等深く舌を吸われて気持ちよさと痛みが入り混じった感覚に千歳はシーツをぎゅっと握りしめた。
下腹部にはジンジンとした痛みが来ているが、あの抉るような痛みはもうない。
見計らったように咥内を犯していた舌が抜かれる。
「世話焼けるな、ほんと」
大きく息を吐き、波多野は彼女の首筋に頭を乗せる。彼は彼で体力を使うのだろうと、千歳は申し訳ない気持ちに駆られた。
「すみません…」
「別に、てか」
ゆったりと首を上げた波多野と千歳の視線がかち合う。
「これからが本番だろ」
ニヤリといつもの笑みが浮かべられた。
淡々と進められていた行為に若干の色がついた。
「悪いけど、俺も楽しませてもらうから」
「波多野さっ、ん、」
ゆるゆると開始されていた律動。鈍い痛みはまだあるものの、膣内の一物が擦れるたびに千歳にむず痒い感覚が走る。
十分に濡れていた恥部は、律動をすんなりと受け入れていた。
「っ、あ、や」
ゆっくりと、徐々に大きく時に抉るように、膣内のそれは快感を押し上げていった。
室内に響く水音と、荒い呼吸がこの空間を更に刺激した。
「ひっ、あ、やっあ」
「はっ、気持ちいいんだ?」
「はたの、さっ、やっだ」
「訓練なんだろ?落としてみろよ」
挑発的な発言をする波多野に、返す余裕は今の千歳にない。段々と大きくなる彼の雄と打ち付けられる快感を享受することで手一杯だ。
「ここ、いいだろ?」
「っ、やっめ、ひあっ!」
膣の奥を抉られるように動かされれば、思わず千歳は彼の雄を締め付ける。
思わぬ快感だったのか、波多野は眉をひそめた。
その様子に千歳は無意識に手を伸ばす。
「気持ちいいですか?」
頬を触りそう問えば、波多野の目が見開かれた。自分は今どんな顔をしているのだろう。
一瞬無言になり顔を背けた波多野に千歳はきょとんと首を傾げる。しかし、直ぐに快感が襲ってきた。
「あっ、や、はげしっ」
腰を掴まれ、ガツガツと突き上げられる。無理矢理昂ぶらされる快感を逃がそうと腰を捻ろうにも、波多野が掴んでいるためままならない。
「や、だっ、はたのさっ」
「お前、ほんとっさ」
「ひっあ、だめっ、や!」
気に入らなかったのだろうか、少しばかりの懸念が頭の片隅をよぎるが、直ぐに襲ってきたのは抗いようのない快感の波。
「あ、もうっ、」
指でされた時とか比べようもないそれだ。波多野に必死に伝えれば、彼は腰を掴んでいた手を離し、
「んっ、ふ」
千歳の後頭部に回すとその身体を抱きすくめ、再び深く口づけをした。
全てを委ねる感覚に酔いしれ、千歳は彼の背に腕を回した。
「っ、んっー!」
そのまま最奥を何度も突かれ、千歳は達した。回していた腕に力がこもり、必然的に彼を抱きしめる形になる。
「…ん、はっ、」
達すると同時に、互いの唇が離れ視線が交錯する。トロンとした視線の千歳に波多野が満足そうに笑みを作った。
「いい顔」
何がなのだろうと、どんな顔なのだろう。ぼんやりとした頭で千歳は考えようとするが残念ながらそれは考えることを放棄しているようだ。
これで終わりかと目を細めた瞬間、下腹部に再び快感が与えられる。
トロントしていた瞳に驚きの色が浮かぶ。波多野はそれを見て笑みを一層深めた。
「俺、まだいけてないから」
「あ」
確かに、膣内が収縮した時に彼の顔は変わらなかった。膣内のそれも昂りを見せたままだ。しかし、千歳は首を振る。
「待ってください、今はっ、やっ!」
「いったばかりだから止めてくれ、て?」
「ひっ、やっ、あんっ!」
快感がまだ残っている中、再び律動を開始され霰もない声が千歳から飛び出す。
制止の声も聞かずに波多野は攻め立てた。
「やっ、だっ、ひぁっ!あ、」
「ほら、満足、させてみろ、よっ!」
「!、やっ、あんっ!」
ぐるんと、腰を掴まれ持ち上げられれば千歳は波多野に跨る体制となる。そのまま腰を落とされ、入らなかった深い部分まで彼の熱を感じた。
「あっ、深いっ、や」
逃げようとする千歳の腰を波多野はがしりと掴み左右に動かして奥を抉る。
甘い声が漏れ、千歳は思わず波多野に抱きついた。
「波多野、さんっ、も、やっ」
「……しょうがねぇな、ほんと」
言葉とは裏腹に波多野の声は何処か楽し気だ。
騎乗位ではまともに動くことのできない千歳を再びベッドに縫い付け、波多野は律動を開始した。
「あっ、波多野、さんっ、」
「っ、!」
互いの荒い息と、結合部からの水音が響く中、徐に、千歳は波多野に手を伸ばした。そのまま首に手を回して彼に口づけをする。
波多野の目が大きく見開かれた。
(こういう風に求めるのかな)
頭の片隅にあった、訓練、という文字。
快感に身を委ねながらも相手が喜びそうな行為を探っていた。先ほど自身が達した瞬間の口づけで感じたのは女性としての高揚感だ。
口づけをし終えると、鳩が豆鉄砲食ったような表情の波多野を拝め、千歳は思わず苦笑する。
苦い顔を浮かべた波多野は、千歳の両手をベッドに縫い付けるとやり返すように律動を開始した。
「あっ、ん、ひぁ!」
「生意気っ」
「やっ、波多野さっ、ん」
荒々しく打ち付けられる熱に、千歳に僅かに残っていた余裕が消える。
こみ上げてきたのは、先程と同じ抗いようのない快感だ。
「波多野さんっ、もっ、私っ」
限界なことを伝えれば、波多野は千歳を見つめ、
(あ…)
いつもの挑発的な笑みではない。見たこともないような
(綺麗)
儚く優しい、凡そ似合わないそんな言葉が合う笑みだった。
しかしすぐに、迫ってくる快感に思考が支配される。
「やっ、あ、んっー!」
「は、千歳、っ、」
互いが達するその瞬間、視線が交錯した。そしてどちらからともなく口づけを交わした。
膣内が収縮し、波多野の熱が薄い膜に吐き出される。
(何だろう)
達した余韻に浸りつつ、千歳の中に湧き出ている感覚。
互いの唇が離れ、2人はじっと至近距離で見つめ合う。
そして再び、今度は互いの腕を相手に回しまるで恋人のように口づけを交わした。
啄ばみ、舌を絡ませ、何度もなんども相手を確認するように。
これは訓練だ。相手を惑わし、昂ぶる熱の中で情報を引き出す。
恋人のように、愛人のように振る舞い、甘美な空間を演出してその気にさせる。
これは訓練だ。それ以外でもそれ以上でも、それ以外の価値など存在しない。
ーーーーー
溺れる感情
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