抱くなんて生易しい行為ではなかった。それは苦痛を与えるための酷く醜い行為だった。
蹂躙された肢体、犯された口腔、傷付けられた四肢、縛り付けられた身体は抵抗を許されなかった。犯され、嬲られ、傷跡が身体の至る所に散見されそれを見た男達は恍惚な表情を見せ、千歳に跨った。
千歳は虚ろな目で虚空を見つめた。何も考えなければいい、現実離れした行為は現実ではないのだ。
慣らされもせずに挿入された場所のヒリヒリとした痛みも、縄が擦れ痣と血が滲む四肢も、同時に口腔を掻き回す肉棒も、喉を締め付ける汚らしい手も何もかもそれは現実などではない。
何人も何人も、代わる代わる己を嬲る男達に感覚など消え去った。光を灯さない瞳、声を上げない不気味な女。奇異の目はやがて好奇の目と変わり男達はその目に、恐怖、を焼き付けようと必死になった。
男達は彼女に粘液を流し込んだ。吐き戻しそうになるそれを無理矢理飲み込ませ、首筋に注射器を指す。後孔に同じ粘液が塗り込まれ、何が行われるか自分の身体に何が起きるのか容易にその先を見通し、千歳は怖気がたった。
それは凡そ人間としての扱いではなかった。後手に拘束された両腕に千切れんばかりの力が加わり滲む鮮血が腕を紅に染める。首筋に鋭い痛みが走れば噛み跡と鬱血、酷く苦しい喉奥に汚らわしい何度目かの欲が放たれる。無理矢理昂ぶらされた身体の至る所にそれは撒き散らされ、彼女を一層惨めにさせた。
朧げな意識の中、視界に入ったのは酷く目につく月明かりだった。
徐に手を伸ばしたその先にあるのは、しかし深くドス黒い闇だ。
夜が明ける寸前までその宴は続けられ、千歳は飽くなき醜悪な獣に貪られた。
(きもちわるい)
千歳は腰の痛みに眉を顰めながら大東亜文化協曾の廊下を歩いていた。薄暗く、湿ったそこは今の己の心境を如実に表している。
ずるりずるりと、時折身体を休めながら自室へと歩みを進める。己の中に吐き出された液体は掻き出した。身体も全て洗い流した。
これは訓練だったのだ。普通、ではない特殊な訓練。このような事態はこの機関に属する限り待ち受ける可能性がある。だからこそ、自分に与えられたのだ。
理解している、納得もしている、しかし追いつかないのは己の身体だ。
纏わりつく獣の感覚に眉を顰める。早く早くこの身体を自分に還さなければ。
重く沈んでいく身体を引きずり、足を進めていた時だった。
「随分と手酷くやられましたね」
ーーあぁ、嫌な声。
気取ったその耳につく声に千歳は視線を遣る。瞳に映ったのは、赤茶色のベストに身を包んだ三好だった。
歪められた口元、品定めする視線。好奇の目に、千歳は込み上げる不快感を殺す。
「訓練ですから」
色を殺せ、心を殺せ。己の心中に波風一つ立たせない。
話すことなど何もない、と壁に背を預ける三好の前を通り過ぎた。
「そんな顔をして、訓練は本当に無事に終わったんですか?」
ピリ、と走る亀裂。千歳の眉が上がった。
ただの挑発だ。皮肉を込めたこの男のいつもの、そう挨拶のようなもの。
常なら何てことはない、しかし、今の千歳とってそれは少なからず綻びとなった。
「ご心配には及びません」
「そうは見えないですけどね」
「……何が言いたいんですか」
射殺す視線が三好に向けられる。真正面からその視線を受け止めた三好が、ほら、と戯けた調子で口角を上げた。
「そうやって貴女が突っかかるなんてあり得ないでしょう?」
蔑視する声音と視線と空気は、千歳の中の琴線に触れたどころではない。
ぷつりと、張り詰めていた糸が切れた。
「なら、試して見たらどうですか」
千歳はくつくつと喉を鳴らす三好に近づき麗艶な相貌を見上げると、赤く瑞々しいその口を塞いだ。艶やかな唇を舐め取り、這わせた視線は交わりへと誘う。
返された視線に込められていたのは、応の合図で、腰に回された腕に千歳は静かに瞳を閉じた。
ーーー
男というものは分かりやすい。
昂ぶりも、昇天も可視化することが出来る。何をどうすれば良いのかなど、初めての相手だろうが手に取るように分かる。単純な人体構造。
千歳の口腔内は昂ぶる彼の雄に支配されていた。息もできない程深く咥え込めば雄は更に隆起し限界を知らせた。
びくりと震えた肢体は今がその機会だと教えてくれる。
ーー本当に、単純。
吸い上げ、扱けば吐精は免れなかった。
可愛らしい嬌声と共に、三好の子種は千歳の喉奥を通り身体へと染み渡る。えづきそうになる身体を支配下に置き、千歳は最後の一滴まで堪えた。
「はっ、よく飲み込みましたね」
相も変わらず嘲笑を向ける三好は、余裕など崩す気はない。咽せ返りもせず、淡々と白濁を飲み干した千歳の喉にトンと指を当てると上へと伸ばして顎を上向かせる。
「確かにこれなら、幾らでも貴女で遊べそうですね」
カチリと、その笑みが、瞳が重なったのは数時間前の光景だった。
侮蔑、嘲笑、冷遇、苦痛。記憶と感情が泉のように溢れ出る。
スゥと千歳の瞳から灯が消えた。
と、同時に三好の身体がシーツの上に押し倒される。
「煩いですよ」
低く地を這うような声。光を映さない瞳からは苛立ちが漏れていた。
間髪入れずに、三好の雄は千歳の中に収まった。
「っ、随分と攻めますね」
再び隆起する三好の雄は、慣らしていない千歳の内壁を押し広げる。指で介さなかった己の身体が悲鳴をあげているのを無視して、千歳は吐き捨て、
「黙って」
歪んだ口元に、噛み付いた。
(黙ってよ)
心臓が押し潰される。息が出来ない。肺にヘドロが流れ込み、新鮮な空気は全て泥に呑み込まれる。
泥に飲み込まれる前に、己も泥になってしまえばいい。この異臭も、不快感も消え去るだろう。
しかし、己が身を汚すそれらを千歳は浄化したかった。
汚れた世界を綺麗にすれば全て終わる。全てこの手で終わらせたい。
手を伸ばして、力を込めて、そのままーー
『とらわれるな』
ハッ、と千歳は目を見開いた。
同時に、目の前の現実に驚愕する。
均整の取れたその身体に馬乗りしている身体。白過ぎる首に巻き付いているのは震える己が指だった。
ぎちりと音がすると錯覚するほど、彼の首に食い込んだ指に込められているのは明確な拒絶とほんの少しの殺意。
千歳は三好の首を締めている己に気がついた。
「あ…」
随分と腑抜けた声が出た。震える指に感覚を行き渡らせれば、魔法が解けたように千歳の手は彼の首から離れた。
ーー私、何を。
思考を整理している間も無く耳には三好のむせ返える声が届き、その音が契機となり彼女の瞳に光が灯る。
目の前の現実を認識し、千歳は我に返った。
「っ、三好さんすみません!私っ」
何てことを、と彼に触れようとした腕は、しかし彼に届かない。代わりに、その腕は逆に彼に捕らえられた。
え、と狼狽する彼女に、三好は伏せていた面を緩慢にあげた。
「ねぇ、」
ーー満足しましたか?
不敵な笑みだった。
「三好さ…っ、あっ!」
深淵を見つめるその瞳に見入ってしまった矢先、千歳の下腹部にズンと衝撃が走る。
「あっ、やっ、三好さっん」
疲労している肢体は抵抗することを拒絶している。掴まれた腰は上下に揺さぶられ、隆起した雄が子宮口を叩いた。
「満足したんでしょう?」
「な、にをっ、やっ、ひぁ!」
「なら、今度は僕の番ですよっ」
「やっ、あっ、奥、やだぁ!」
腰を引き寄せられ、亀頭を最奥に押し付け刺激する。機械的に攻め立てていた千歳が今度は逆の立場となった。
「好きにやらせてもらいますから」
「三好さんっ、まって、んっ」
三好の口付けが千歳の抗議の声を殺した。力無き肢体は組み敷かれ、されるがままに三好の雄を叩きつけられる。
(どうして…)
合意の行為ではない。千歳の制止の声など三好の耳に届いておらず、欲を求める行為をただひたすら続けていた。
その筈であるにも関わらず、千歳の身体は昂ぶりを見せ結合部からは水音が響いていた。
「あっん、ひっあ!あっ」
煽られている身体に困惑する。あの男達と同じ様に、目の前のこの男は好き勝手に自分を抱いている筈だ。
しかしながら、何故、と千歳は三好の瞳に映る色を見て瞳を潤ませた。
(どうしてそんなに、優しくするの)
昂ぶる熱を抑えきれず、千歳は彼の熱を飲み込んだ。
ーーーー
柔らかな寝息が静けさに温かな色を添える。その寝息とは逆の方向に紫煙を吐き出した三好は、指間に収めていた煙草を灰皿に押し付けた。
ふぅと一息つき、隣で寝入る無防備な姿の彼女に思わず苦笑した。
酷くやつれた姿の千歳を三好が見つけたのは偶然だった。
雲ひとつない満月の夜の今宵に、ひとり酒と洒落込もうか。気取った彼らしい思考と千歳の帰りが合わさった偶然。
身体を震わせ、衣服が汚れ、憔悴した千歳を見れば何が起きていたのかは否が応でも理解できた。
例えそれが、訓練だとしてもそれは見ていて心地良いものでは決してなかった。
彼女の瞳に映っていたのは明確な殺意だった。この殺意を殺し、思考を沈ませ、身体を弄ばれたのだろう。
三好の前に姿を現した彼女は、彼に対してその殺意を殺そうと努めていたが化物の三好に分からないはずはなかった。
行き場のない彼女の感情がその首を締めている。
その事実は何故か三好にとってひどく不快なものだった。
(満足…か)
三好は千歳の顔にかかる髪を払いその頬に手を添える。嬌声を響かせ、己の名を呼びながら果てた彼女の姿に三好は口角を上げた。
「……起きましたか」
視線の先、瞳を薄く開けている彼女にその笑みを向ける。朧げな視界なのかうつらうつらとなりながらも、その口元には笑みが浮かんだ。
「みよしさん」
伸ばされた手を握り返せば、千歳は安堵したように目尻を下げた。
「よかった」
今度はーー。そう言い残し再び眠りへと落ちていく。
「……何なんです、いったい」
呆れを含んだ声も彼女に耳には届かない。
窓から差し込む月明かりが、陶器のような彼の肌によく映えていた。
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月に祈る
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