彼方と此方。彼女と甘利の間には明確な境界線があった。
否、甘利だけではない。彼女と此処に巣食う化け物たちとは明らかな境界線が存在した。川向うで彼女はいつでも此方を見つめて、ただ見つめて。時折、その視線は落とされ瞳には哀切の色が浮かんだ。
敬慕する魔王、羨望する化け物たち。どれだけ川を渡ろうと水に足を踏み入れても、彼女がそれを叶えることは出来なかった。
彼女は彼方の存在だ。曖昧で不確かで、しかし確かに其処にいる。
その姿は人であり化け物でもある。

相反する二つの存在をまとうことが出来る彼女はひどく美しかった。
美しい彼女は今、甘利の下で女という性に踊らされていた。

「甘利さん…」

不安に揺れる瞳が甘利に向けられる。体を差し出すことなど任務であれば造作もないはずの彼女が、ひどく怯えていた。
それはまるで、内に生まれた感情の処理の仕方が分からない子どものようで。

「千歳」

甘利は悩ましげに伏せられた瞼に口付ける。ぴくりと反応を示した千歳が瞳を向けた。
まるい水晶体が揺らめき、開かれた瞳を揺らす雫がほろりと落ちる。

「大丈夫だから」

低く安定した重低音でその名を呼び、頬に手を添えて甘利は微笑んだ。

「大丈夫だ」
「っ、甘利さん…」
「千歳」

大丈夫、と言葉を紡いだことで千歳は堪えていたであろう大粒の涙を流した。堰を切って溢れ出す雫を拭うことが叶わず、代わりに甘利が指の腹でそれを掬う。

腹の中で彼女が何を思い、感じ、そして何故涙が溢れているのか甘利は聞くことをしなかった。
ただ、無色の何もない人形から色づき始めた彼女は感情を知り、学び、受け入れてきた。時にそれは、ままならない現実との差異として彼女を苦しめてきたことは甘利には分かっていた。
惑い、受け入れ、煩悶する日常。
だからこそ、今だけは、このただ男と女という至極単純な関係だけが現実なのだと甘利は彼女に触れる。

何も考えなくて良い。考えを及ぼす必要性のないただ無為に過ごす時間。
大丈夫、今は大丈夫だと甘利はただ千歳に伝えた。

「甘利さん」

無垢な瞳が甘利を見つめる。化け物でもなく人間でもない、境界線が不確かな存在。
この今が終われば、ひとたび魔王の元へと帰れば彼女は自分達と同じ技量をもって人形に立ち返るすべを持っている。
しかし、甘利の目の前に今いる千歳という存在は、あまりにも無防備に色付いていた。涙するその姿は人であり、それを戒める姿は化け物で。

「千歳」
「甘利さ、んっ、ふ」

深く深く甘利は口付けた。大丈夫だ、忘れろ。今この時は幻で現実ではない。甘利も千歳も今後この時のことを思い出すことはない。

「ん、んあっ、アッ!」

ゆるりと甘利が竿を動かした。律動が開始され、千歳の嬌声が室内に響く。肌がぶつかる音と水音が行為の激しさを物語っていた。
悦を求めて甘利も千歳も互いの性を貪る。ストロークを早める甘利に千歳が手を伸ばした。

「甘利、さんっ」

伸ばされた掌を甘利は受け取り、指を絡める。寝具にその手を縫い付ければ、絡めた指先に互いに力がこもった。

「あっ、ん、はっ…やっ、奥っ!」
「んっ、気持ちいいでしょ?」

蠱惑的な笑みを浮かべて促せば、言葉を紡ぐこともままならないのか、千歳は必死に首を縦に振った。合わせて甘利が穿つ度に強請るように締め付けを強める膣内が、彼女の今を物語っている。

濡れた瞳は劣情に溢れていて、喘ぐ彼女が甘利に視線を寄越した刹那、甘利の竿も隆起した。
色付いたその双眼は甘利を刺激するには十分で。

「千歳」
「ひっ、アッ!あまりさ、あっ、やっ」
「気持ち良いよ」

千歳、と耳元で囁けば中が収縮する。
生理的に流れる涙を絡めとり、啄む口付けを施せば答えるように千歳も甘利を求めた。
口の端から零れ落ちる唾液がはしたないと感じる思考すら奪われて、ただ今肢体を駆ける快感に2人とも身を落とす。

化け物ではない、男と女。何者にも囚われない存在として甘利と千歳は抱き合った。

甘利さん、と千歳は何度も甘利を呼んだ。偽りの名と知りながらその名に特別な思いをのせるように、彼女は甘利を求め、甘利もそれに答えた。恋慕の情を交わした男女のように2人はただ互いの身体を絡め合った。

「千歳っ」
「んっ、アッ、あぁ!」

甘利が最奥を穿てば千歳の肢体が艶めかしくしなる。降りてきた子宮口に鈴口を擦りつければ、身を震わせて千歳は果てた。次いで甘利もひと震いした後に、吐精感に抗うこともなく白濁を千歳の胎内へと注ぎ込む。
彼女の唇を奪い、奥へと放った精に甘利は自嘲した。


(今だけ、か)


続く今を夢想して、甘利は再度彼女に精を与える。



――――――


絡まる糸
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