身体を交わらせる、とはなんと味気ない言葉だろう。情交とも言われるそれは文字通り、情を交わす行為だというのに、身体を交わらせる、とはそこに何の意味も意思も通わない言葉だ。ただそこに凹凸があったからまぐわった。たったそれだけの事実しかない。細やかな心の機微、繊細な言葉の応酬とそれに乗せる光沢のある想いも、何もかもを削ぎ落として腰を進め身を捩るだけ。
D機関の一員にとって、性行とはその程度のものであった。当然と言えば当然だ。彼らは性的欲求などいとも簡単にコントロールしてしまう。欲に囚われて情報をペラペラと喋る素人連中と一緒くたにしてはならない。
ただ、彼らにとって性行は生理現象を処理するだけの淡白な作業ではあるものの、それそのものは特段不快なものではない。悦を感じる行為はマスタベーションでも可能ではあるが、やはり凹へと雄を捩じ込ませるのとはわけが違うのだ。
故に、彼らは己の悦を処理するという無機質な動機の為に千歳を抱いた。
時には態とらしく色を乗せた視線を寄せ、まるで懸想する相手を抱くように千歳に迫るという『訓練』をするものもいたが、皆一様にそこに心など置いてはいなかった。あったのは、ただ快楽を処理するという目的だけ。
(……そうだったのに)
千歳は目の前の人物を見ながら過去を追想した。気怠げなまなこはあの時と変わらないというのに、その瞳に灯るのは明らかな劣情だ。
「考え事か」
「っ、んっ、ぁ」
ずくりと動かされた熱に浮かされていく。
彼もそうだった。千歳は朦朧とした思考の海から過去を釣り上げた。
彼も、波多野もそうであった。
無機質、無頓着。他の人間が行為を愉しみ、皮を被ることがあったのに比べて彼はある意味では誠実だったかもしれない。ただ、処理のために千歳を使う、その一点だけを体現していた。甘言も、色目も使わずにひたすら腰を動かすだけの自慰行為。
故に千歳自身も心地良かった。無駄に訓練に付き合わされるより、機械的に進む性行の方が性に合っている。ただ高みへと誘われて果ててしまえばそこで終わり。あとは彼の精を腹へと誘導して終いだ。
そうだった、確かに波多野という男はその点で他の誰よりも『誠実』であった。
ーーだというのに…
「ひっ、アッ、やぁ!」
緩々とそれはまるで千歳を絆すような情交だった。
ぐっぷりと彼の雄を受け入れた己の身体は火照り、浅ましくももっともっととその熱を貪ろうとする。彼は彼で、浅慮な肢体に餌付けなどせずにこうして緩やかな食事を愉しんでいた。
ずくりと一点を突かれたと思えば、次には入り口を捏ね回される。
脳天を突くような刺激と身体を溶かすような熱の昂りに、正常な判断を失っていく気がして千歳の背筋がぞわりと粟立った。
「だめ、やだ…や」
「……何が?」
「こんなの、むり、です…」
駄々をこねたところでこの化け物は容赦しない。
「ふぅん?」
「っ、!!やっあっ!、ん、ンン」
ぐちりとひと突き。
一等奥に竿を捩じ込まれたら、保っていた均衡が破れて決壊する。唐突に駆け巡った快感に思わず高く鳴いた己が声を飲み込んだのは波多野の咥内だ。痙攣する肢体を抱き込んで深い深い口付けを施されればなすすべも無く、千歳は彼の情愛を注ぎ込まれた。
朧げな視界は瞳が濡れているせいか、思考が麻痺しているせいか。
顔を上げた波多野はにたりと千歳を見下ろす。
「良い顔だな」
高みへと誘われた女は極上の相貌を見せるという。己が顔が今、彼の目にはどのように映っているのか思考する余裕すら千歳には失われていた。
荒い呼吸と微かに痙攣する下肢。身体のコントロールなどできるはずもなく、主導権が完全に目の前の小生意気な笑みを見せる彼に渡っているというのに、
(嫌じゃない、なんて)
身体も心も、全て絆されている現状に充足している今がある。
あの時から幾年、共に歩むと誓い進んだ日々があった。追想すれば刹那では終わらない。それほど満ち足りた日々だった。
そして、その日々は形となった。
「声、抑えろよ」
低く囁かれ、身体が緊縮する。
ちらりと視線を走らせた先、襖ひとつ向こうのしじまにはまだ揺らぎは見られない。
ひとつ息を吐いて安堵した千歳に再び律動が与えられた。収まる前に再度与えられる悦に声が漏れる。
「ひっ、ぁ、あっ!や、まっ、て」
「無理」
「やっ、いま、だめ…」
必死に押し殺す声は無情にも千歳の口から溢れ出してしまう。律動により結合部からは水音が漏れ出し、その事実を認識するたびに千歳の膣は彼の竿を締め付けた。
はしたないと理解していても身体はついては行かない。達しても尚続けられる摩擦運動に自制の心も溶かされていく。
気持ち良い。阿呆のように脳内を駆け巡る言葉が漏れ出しそうになる度に千歳は口を噤んだ。
(今は、駄目…)
駄目なのだ。己に言い聞かせる訳は、隣の部屋のしじまにあって。
身体を支配する快感に今はまだ勝っている母としての性に何とか縋り付く。
「駄目、なのっ、声でちゃっ、やっアッ」
それでも、容赦なく夫として千歳を攻める波多野に悦びを感じざるを得ない。理性と感情の狭間で揺れ動かされる意思にぐずぐずと脳が麻痺していく。
声を抑えろ、と言った彼の口は愉悦に歪められて、翻弄される千歳の肢体と心を余すことなく味わうその様すら快いと感じるほど状況に毒されてしまっている。
「やっ、だ、アッンン!」
深く口付けられた刹那、子宮口に擦り付けられた鈴口が千歳を高みへと押し上げた。弓なりになった肢体を抱きすくめられ、爪先まで身体が震える。
何度果てても己を解放することなく、それどころか、悦を重ね合わせるように攻め続ける波多野に小さく鈍い視線を送ろうとするが、
「千歳」
ーーあとちょっと。
その声音に毒気を抜かれる。
(……もう…)
劣情に濡れた瞳と汗ばんだ相貌、そんな余裕のない真摯な視線を寄越されたら拒まなければいけないものも拒めなくなるではないか。
ぐっ、と拒絶の言の葉を飲み込んで千歳は彼の雄を受け入れた。
仕様のない人だと呆れ半分、嬉し半分。
しかし、本当に仕様のないのは紛れもなく己自身なのだ。
既に白濁を飲み込み満たされた腹のなかに足りないというように、波多野は貪欲に千歳を攻めた。
「はっ、アッん、ぁ、あっ」
揺蕩う思考が本能を読み取る。理性など捨て置け、今お前は組み敷かれる動物なのだと欲望が畳み掛けてくる。
この情欲に身を任せて、腹にたらほどの精を貰い、浅ましく求めてしまえば楽になるぞと悪魔が笑った。
「千歳」
口角を上げた彼が千歳に囁く。
「言わねぇの?」
何を、など聞くことは憚られる。それは互いに理解している内容だ。
言葉を詰まらせた千歳を促すひと突きが、刹那彼女を襲う。ひっ、と小さな悲鳴をあげた千歳に満足げに笑った彼はその後も幾度となく千歳を誘導した。
突き、揺すり、捏ね回す。
そうして千歳の口から欲を吐かせようとする様はなんとも意地の悪いものだった。
求めたい、縋りたい。
しかし、隣のしじまを破ってはいけない。
「なぁ、千歳」
耳孔をねとりと食まれ、下肢の突起を指の腹で捏ねられた千歳は必死に口を動かす。
「っ、……もっ、や…っ!起きちゃ…やっあ!」
理性を総動員させて抗議の声を出すものの、見上げた彼の相貌に息を飲む。
「千歳」
嗚呼、そんな顔をされたら絆される以外の選択肢などないではないか。
ずるい、と月並みな台詞が脳裏を過った。
コップの蓋のぎりぎりで保っていた理性はその波多野のひとつの相貌だけでいとも簡単に溢れてしまった。
「もっ、だめ…」
「何が?」
「…っ、やっ、アッ気持ちいい、からっ…欲しいの…もっと、お願いっ…」
霰もない言葉が止まらない。儘ならない現実に思考は既に機能していなかった。
欲しい、欲しい。余すところなくこの身を食べ尽くして、己が腹に精をたんと注いで欲しい。
奥底へと竿を進めて、貴方と私の境目すら分からないくらい溶かしてくれ。
決壊した理性を隅に追いやって、涙で頬を濡らしながら千歳が懇願すれば波多野の口元が柔らかに緩んだ。
「ん、了解」
何が了解だ、言わせただけだろう。そんな憎まれ口さえ嬌声に変わる。
「っ、やっ!アッ、ァア!」
抑えていた欲が一気に溢れ出し、艶声に乗って空気を震わせる。タガが外れたように全身が悦を吸収し、放出できない快感が内に溜まり更に嬌声を作り出した。
子種を欲さんと痙攣する膣を波多野の竿は容赦なく抉る。最奥を何度も突かれ、その度に痺れる肢体を更に揺さぶられる。
ねっとりとした静かな攻めから一転、荒々しい雄の躍動にもはや千歳に考える暇は残されてはいない。
「アッ、もぅ、だめっ、きちゃ」
「…はっ、千歳」
「ひっ、やっ…ん、ンンッ!!」
この日何度目だろう。一等奥で擦り付けられた鈴口から放たれた精が千歳の中へと染み通った。
隣のしじまを破らないために、嬌声の高鳴りは彼の咥内に飲み込まれた。
余すところなく全てを食され、彼の身体の一部となるような充足感に酔い痴れる。陶酔した思考は尚彼を求めることやめはしなくてーー
(まだ、このまま)
絡められた指先に力を込める。それに応えるように、波多野からは更に深く深く口づけが施された。
あとちょっと、その言葉はいつ迄続くのか定かではない。
ーーー
夫婦
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