きらきらの出会い
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ふと、なんとなくだろう。昼休憩、お弁当を食べてのんびりトークタイムに突入した教室でわかは徐にそう聞いて来た。
いつか来る話だろうと思いつつ、意外と早く来たな、なんてぼんやりと考えていたら、おーい、とわかに呼ばれた。ぼんやりし過ぎた。
「聞こえてるかーちーちゃんー」
「聞こえてるよ。波多野君との出会い?」
「というか、馴れ初め?的なやつ」
「馴れ初めなんてたいそうなもなはないけどなー」
嘘だ!、と間髪入れず叫んだわかに眉尻を下げる。だって本当なのだ。
そもそも、馴れ初めというほどの恋だの愛だのを私達は経験していない。それはもっと大人がすることで、齢10年ぽっちの子どもが使うには、少しばかり色っぽすぎる。
馴れ初めではなく、本当にただの出会いだった。
それは、年相応の子どもの、ちょっとだけ特殊な出会いだった。
*
中学2年生は怠惰の時期だ。憧れの制服、ちょっぴり大人になった気分の1年生と受験勉強と高校入試という関門を前に険しい面持ちになる3年生、その間に挟まれているのが2年生だ。
学校生活に慣れ、受験を控えることもないこの時期は何事においても、慣れ、が付きまとい物事が色褪せて見える時期だった。
厨二病とはよく言ったものだ。穿った見方をしては、大人なんて世の中なんてそんなもの、とまるで世界を知っているかのような口振りになる。
(なんか、怠い)
日常に飽きた私も例に漏れずその怠惰に飲まれていた。
なんとなく入った美術部、昔親と見に行った絵画展で目にした水彩画の淡い色使いが頭から離れなくて、気づけば入部届けに、美術部、と三文字綴っていた。
コンクリートの校舎の一階、角の美術室には隣のグラウンドで練習する野球部の掛け声がBGMで流れていた。部員なんて殆どいない過疎部だからか、その時、部室にいたのは私だけ。夕空が綺麗で、茜色が射し込む室内に1人。ただひたすら無心にキャンバスに水彩を塗っていた。
なんでもない日常、きらきらと輝く何かを筆に乗せらながら探していたのかもしれない。キャンバスの中の世界はいつだって現実じゃない。それがどこか羨ましかったのかもしれない。
その、無心に筆を滑らせていた時だった。
唐突に、グラウンドから聞こえていた男子生徒の掛け声BGMに、太く切り裂くような声が入った。
(……え、)
「危ない!!」
短い叫の直後、グラウンド側の窓ガラスが粉々に砕け散った。ガシャン、パリン、と聞き慣れない音が室内に走った。瞬時に理解できたのは、ガラスが割れたという事実だけ。
スローモーションのように見えた光景は鮮明に覚えている。
左前方のガラスが砕けた。粉々に砕け散ったガラスは、宙を舞って次々に床に散乱する。状況としては先生が顔面蒼白になるような感じだ。
でも、その様が、不謹慎かもしれないけれどとても、
(きれい)
凄く綺麗だった。
夕焼けが乱反射して、きらきらと輝いて、ひとつひとつがバラバラに落ちて行く。
まるで、宝石みたいだった。
たった一瞬のとんでもない輝き、まったく想定されていなかった事態。怠惰を貪っていた日常に、強烈な非日常が網膜に刻まれた。
その後はすぐに先生が来た。大丈夫か、怪我はないか、と普段はおっとり穏やかな先生が血相を変えてそう聞くものだから逆におかしかった。だって私は、この事故を歓迎していたから。
床に散らばった宝石達にもう光はない。あの一瞬、あの宙に舞って外から飛び込んできたあの一瞬が、ひどく美しかった。どんな宝石より、あの瞬間あのただのガラスは輝いていた。
だからだと思うけど、その時、その宝石達を呼び込んだ人間だからこそ、私は彼のこともとても覚えていたのだと思う。
「大丈夫か?」
ドアの向こうからやってきた彼は、少し焦った様子でそう問いかけてきた。助っ人で慣れないボールを扱ってたから加減を間違えた、とこの事態に至った経緯を細かく説明してくれたけど、あまり私の頭には入ってこなかった。
あ、まつ毛長い。顔立ち整ってる。モテそう。そんな俗物的な考えだけが頭を巡って、最後に行き着いたのはやっぱりあのきらきらだ。焦る彼を他所に私の思考はきらきらに埋め尽くされる。散りばめられた非現実、それを呼び込んだ普通の男子生徒。何もかもが絶対に今後の学生生活で巡り合えないものだと直感で思った。
(ありがとう、なんて言ったら頭おかしい人だよね)
心配するその相貌に、大丈夫、と笑うことしか出来なかった。
そんな非現実な出会いだったからか、やっぱり後の生活は普通だった。普通と違う展開になったといえば、彼、波多野君との接点ができたことくらいだった。
時々彼は放課後美術室へと来た。顧問の先生が不在な時、真面目な彼はそれでも自主練をして帰っていたけれど、その帰りがけにひょこりと顔を出した。
何を話すわけでもない。ただ、私が描いている作品を見て、時間があれば宿題をして。時計の針が刻む時間を2人で過ごす。そうして地平線の彼方に茜色が沈む前の最終下校時刻になる頃、どういう流れか2人して帰路に着いた。
同級生からしたらあの2人は付き合っているのか、と思われる光景だったけれど残念ながら違った。だって、私達はその時、ただ同じ空間で同じ空気を吸っていただけだから。甘い香りのする恋人なんて、幼い私達には早すぎた。
曖昧でそれでも嫌ではない時間。隣にいる存在を不快と感じないそんな距離。
「千崎はさ、高校は何処に行くんだ?」
ある時、そう問われた。夕焼け空に彼の姿は映えて、さらに言えば土手沿いの周りに遮蔽物のない正に青春真っ盛りというシチュエーション。振り向いてそう聞いてきた波多野君は綺麗だった。
高校なんて深く考えていなかった。取り敢えず近場で、親に心配かけない為にそれなりの進学校となると選択肢は限られていた。
口にした高校の名に波多野君はあまり反応を示さなかった。そうか、とそれだけ。聞く意味は何処にあったんだろうと首を傾げながら2人夕焼け空の下を歩いた。
夏が過ぎて秋が来て、冬が満を辞してやってくればまた春先がこんにちは。その間に3年生になった私達は受験という一大イベントを経て合格発表も済ませていた。
結果は心配していなかった。先生からのお墨付きだ、学校の成績はべらぼうに良いわけではないけど馬鹿ではない。波多野君に伝えた通りの高校に私は合格していた。
この頃になると、あのきらきらの日々はまた過ぎ去っていた。だってそうだ。あんなインパクトの強い出来事人生でそう出会えるものじゃない。
鮮烈で、強烈なあのきらきら。学校的には管理の面でとても迷惑な事故だったと思うけれど私としては日常に飛び込んだ非日常。その非日常を与えてくれたのは波多野君で、その彼と私はどういうわけか近くにいる存在になった。
波多野君は何をどう思っているんだろう。そう考えて、でもその答えを聞くのが少し怖い程度に私はこの頃、ちょっとばかし色めいていた。鮮烈なあのきらきら、と似たような印象を抱いていたのかもしれない。
時はその間も流れて、あっという間に卒業式。とはいっても、今生の別れとか長く会うことが出来なくなるとか、そんなことはない。だって高校生は単なる中学の延長のようなものだ。変わるのは制服と授業内容程度。
卒業証書を貰って友達と記念撮影をして、さぁ、学び舎を巣立った鳥は次の止まり木へと飛んで行くのだ。
でも、その旅はえらく短い。だってほら、帰り際の言葉が「じゃあまた1日にね」だ。短い春休みの後は、いつも通りの日々がまた始まる。
「千崎、ちょっといいか」
そんな友達と別れた私に話しかけてきたのは波多野君だった。ひと気もなくなり、卒業式の余韻すらなくなったような時間。波多野君は何を思ったのか、わざわざ外履きを履き替えて美術室まで私を連れてきた。
先生たちは卒業式の後片付けとかでバタバタしていて、誰も私達を目に留めない。ガタンとドアを閉めて、波多野君の方を向けば波多野君が向かったのはあの窓で。じっとその硝子を波多野君は見つめる。
(あれがきっかけだったんだよね)
一歩間違えれば、大惨事になっていたあの一瞬。それでも、幸運にも私は傷1つ負わずにこうして彼と出会えた。偶然、あるいは必然かもしれない。あの日あの時、日常を破ってくれた彼を、そしてその後も普通の中の非日常としてあり続けてくれた彼を、私はー
「千崎」
はた、と呼ばれた名前に反応して彼を見つめる。
吸い込まれるような瞳、真っ直ぐ真摯な顔貌、そらすことのできない視線に、囚われた。
「俺と付き合ってほしい」
きらきら、輝く非日常はいつだって近くにある。
その時の波多野君は、とびきり輝いていた。
*
「……馴れ初めってほど、甘酸っぱくないよ」
そうくすりと笑えば、わかは少しばかりむくれてしまった。でもだって、そうなのだ。
「ただ、ちょっとそうだねー」
ーきらきらしてただけかな?
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