上鳴と水着と王子様

「な!葛城!海行かねーか海!」

上鳴のこの一言に俺は迷う事無く肯じた。
海!なんて魅力的で良い響きなのだろう!開放的な気分になる場所で、普段晒される事のない肌が水着を着ることによって晒され、そんな女子を合法的に見れる、そしてあわよくば、そうあわよくばがあるかもしれない場所だ。
俺に名案を持ち出した上鳴は意気揚々とさあていつ行こうか!と早速計画を立てはじめた。
高校一年の夏なんてすぐに終わってしまう、思う存分楽しもうじゃないか!



*


 じりじりと肌を焼く太陽。熱い風に乗って薫ってくる潮風の匂いとはしゃぐ黄色い声が耳に気持ち良い。白い砂浜に照り返す光はまるで蜃気楼のようだ。
 行く計画をたてている時上鳴は、他にも誰か一緒に行ける奴が居たら誘うと言っていたが、普段一人二人は苦労せずとも集まるというのにどうしてか集まらず…、まあたまには少人数でのそれも悪くはないかとノリノリで水着やらラッシュガードになるものやらを準備して、割と早い時間帯から電車に飛び乗ってと、この日結局俺達二人きりでの遠出となった。上鳴はノリも良いし、同じ女子大好きマンとして今日はもう主に女子鑑賞に興じる事に。

「はーーーすげーなァ。こりゃ選り取りみどりだ。」
「だな!とりあえず着替えよ!」

まあ着替えるといっても、俺たちは予め下に着て来ていたので、着ていた服と荷物をロッカーに入れるだけなのだが。
上鳴はどこかいつもよりもテンションが高く、俺の腕を楽しそうにぐいぐいと引っ張って行く。

「葛城っ!はやく行こーぜ!」
「そんな急がんでも海は逃げんぞ」
「いや!逃げるね!」

尚も俺を引き続ける上鳴に身を委ねロッカーまでの道を行く。
さて逃げるとは、もちろん上鳴のことだ、好みの女の子がだと言うことだろう。そりゃあ人のこころは移ろいゆくものだ、この浜辺に来たとて1日ずっとここに留まるかと言ったら定かではない。
楽しそうな横顔に慈愛とも呼べる感情を薄ら浮かべ同じ轍を踏む。
爆豪とはまた違うんような可愛さがあるとこの時思った。
 ああ、なんか、俺に弟がいたらこんな感じなんかな。可愛らしいなァ。

「はいはい。電気くんは生き急いでますねェ」
「!えぅ、ンッ?!」
「ん?なーに」
「あ、や、なんでもない」
「なんでもない事ないだろ、急に変な声出して」

ぐいぐい引かれて小走りになっていた足が急に緩やかなスピードになり、顔を隠すような仕草をする上鳴。
ええ。なにいきなり。

「...葛城、基本男子は下の名前で呼ばねーじゃん」
「ん、ああ。たしかにそうかも」
「だからさー、なんていうかさー...」

もにょもにょと言い募る上鳴は上目遣いでこちらを見遣る。やめろ、かわいいから。個性効きやすい子って俺にも可愛く見えちゃうんだから。
俺を掴む手に力が籠る。

「...ちょっとどきっとしました。」

前言撤回だ。こっち系の可愛さは弟じゃねえ。



*


「お。上鳴やっぱそーいう格好似合うなぁ。チャラい感じ。」
「え?!どーゆー事?!俺水着着ただけでチャラいの!?!」
「あは。変な意味じゃないよもちろん。似合ってる事前提な」

上鳴の水着姿は、黒地に雷を模した柄の入ったシンプルめなものと、柄物シャツを羽織っており正直言ってチャラいと言う他無かった。
といっても元より金髪で面立ちも地味な方ではない彼にはとても似合っているんだから別に問題も無いだろうが。

「俺結構ガラスのハートよ?」
「防弾の、だろ?」

普通に割れるやつだわ!ていうか葛城だってどっちかっていうとチャラいじゃん!笑い合いながらとりあえず海辺に向かおうと歩き出す。彼とこんな風に二人きりでのものは始めてにして既に楽しくなりつつあった。しかしなんとなく、普段通りならば彼と仲の良い瀬呂なり切島なり爆豪なりが同席すると思っていたので、疑問にもやつく気持ちが顔を出してくる。まあ、この後聞く機会があれば聞いたら良いだろう、そう思って楽しむ事を優先すべくやめた。

「あ、いーにおい。海の家いいな」
「なんか食ってくー?」
「そうだなぁ俺食うわ。朝あんまりだったし。上鳴腹入る?」
「だいじょぶ!俺イカ焼き食おー」
「ホー。そりゃ良い。じゃ俺焼きそば食うからちょっと分けっこしよ」
「わけっこ!言い方可愛すぎね?ウケる!」

開け放たれた海の家の敷居を跨げば、一層香ってくる食べ物の匂いで空腹感が刺激される。
最近の海の家のフードメニューは幼少の頃訪れた時のものよりも充実していて。カレーにラーメン、おでん、うどん…うどんある…うどん…。唐揚げやたこ焼き等といったサイドメニューも数多くあった。

「ええー!?海来てまでうどん?!焼きそばじゃねーのかよ!」
「いや、最初はね、そうするつもりだったよ。でもさ、うどんはだめだろ、うどんあったら食うもん。」
「おまえのそのうどんに対する執着心怖いわ」
「ハー!?もーそんな事言う電気くんには美味しいうどん食べさせてあげないんだから!」

爆発したみたいに吹き出される飲み物。ああ、うどんが。俺のうどんがコーラに濡れてゆく。
 赤くなっている理由は噎せてだけじゃないのだろうが、たかが名前を呼んだだけでこんなに真っ赤になるかね。いや少し面白くなってきた。
態とらしく何度も名前を呼ぶ。するとどんどん赤くなってゆく顔。わあお。右手に箸左手に飲み物を持ち、これでもかと握り締めており先ほどは隠せていた顔が丸見えである。離さんのかい。可愛いじゃねーかクソ。

「や…っめろよ、ケホ…ッ」
「ええ?喜んでくれる事してるだけだけどなァ?電気くーん?」
「ばっ、いーかげんにしろよッ!樹!!」

おっ、おや、おやおや。
中々に破壊力のある表情と共にやけくそに叫ばれた自分の名前。思いの外高鳴る胸に動揺してしまう。そしてつられて俺まで赤くなっていくのが分かる。
 家族やカップルたちの多いなか、名前を呼び合って赤面する男子高校生二人は周りからどんな風に映っている事だろうか。
 それから暫くお互い無言のまま食べ進めていると、黙ったままだった上鳴が何か言いたそうにそわそわし出した。急かすことはせず待っていると、やっと言葉を絞り出せるようになったのか何か腹を決めたような顔を見せた。

「…な、葛城、怒んね?」
「怒るようなことしたのか?てか名前、止めちゃうんだ。ヘタレかよ」
「う、うるせーな!!…ッあ"ーーー!!ゴメン!ほんとは今日誰も誘ってねーんだ!」
「エッ!そうなの?」
「…だって、女子はまあ置いといて男子だって俺周辺とは特に仲良いじゃん。だからさ、今日くらいは俺が独り占めしたかったんだよ」

…えっ。なにこいつ。なんなの。上目遣いまじでやめろ。くちも尖らすな。なに。もう。ほんと。

「...樹…おこった?」
「……おこってない。けど、」
「…けど?」

カーーーーー。首傾げんなーーー。おいここで名前かよ。くっそーー。
今まで全然意識してなかったやつのこういう姿ってのは、どうにも弱い。てっきり俺を誘ったのは、女の子をナンパするのに付き合ってくれそうだからって理由だと思ってたんだけどなあ。
ひとりじめて。おい。
けど、なに?と続きを尚も首を傾げたまま促してくる上鳴。うーん。かわいい。

「…なんでもね。ホラ、せっかく来たんだし、海入り行こうぜ」
「お、おー」







「海行かねーか海!」

 夏休み直前、思い切って葛城を海に誘ってみた。女子に誘われたならすぐにでも返事をするだろう葛城だが、男の俺に誘われて行ってくれるだろうか。不安にどきどきする胸を悟られないようそっと押さえていると、それはもう良い笑顔で間髪入れずにOKの返事が返ってきた。
やった!よっしゃあ!舞い上がる気持ちを抑えることなく予定をたて始める。きっとみんなで海に行くんだと思っている葛城には悪いが、今回はそうじゃない。
 だって、悔しかったのだ。女子全員には見た目通り王子様のように接し、女子のようにとはいかないが男子にも分け隔てなく絡む葛城。
多分てか絶対なんだけど、転入してきた葛城を初めて見た時気持ちが高まったのは彼の個性によるものだとは分かっている。けれどその後俺の周り、よくつるんでる爆豪とか瀬呂とか切島とかと目立って仲良くしているというか、意識しすぎなのかもしれないけど、なんか、俺よりも明らか日に日に仲良くなってってるっつーか。
爆豪には初日からかわいいとか言うし?なんか切島とはよく遊びに行ってるみたいだし?瀬呂とは耳郎と一緒にだけどよく喋ってるしさぁ…。
それに比べて俺は?別に、仲が悪いわけではないと思う。けどそれだけだ。それだけなのだ。
だから、少しでも俺だって、という気持ちが突き飛ばすくらいの勢いで背中を押した。嫉妬だ。


「オハヨ。行こっか」

 いざ当日。結局誰も捕まんなかったと葛城には伝えたので、二人きりの遠出だ。
朝日を浴びながら駅で俺を待ち佇む彼はまるで雑誌を切り取ったみたいだった。ていうか私服、超格好いい…!
ついぼうっと見惚れてしまっていると、そんな俺に気づいた葛城が声をかけてくれる。見惚れてた?なんてにやっと笑って言う様すら全部格好いい。
朝から私服の葛城を見れるなんてと幸せに浸っていたが、今日は移動を含めると恐らく丸一日一緒に居る。ふとその事が頭を過ると嬉しくて顔が緩んで仕方なかった。


*



「お兄さんたち、ふたりー?カッコいいね」
「ね、良かったら一緒に遊ばない?」

なんと。
本来の目的であったはずのナンパ。まさかの女性側からしてくれるとは。所謂逆ナンというやつだ。
横目に上鳴を盗み見れば、凄まじくニヤついている。
確かに、俺たちを誘ってきた2人の女子は顔も可愛ければスタイルも抜群に良い。
こりゃ乗らない手はない。上鳴も乗り気そうだし。と彼女らに笑顔を返す。

「!」
「わっ、良いってこと?」
「やったぁ、向こうに水上アスレチックとかあったから行こー!」

笑顔を返したまでは良い。了承すべく口を開こうとしたところ、隣から服の裾を引かれる。

「...お嬢さん方、ごめん。やっぱりご一緒出来ないや」
「えーっなんでー?」
「いやあ先約があってさ。また機会があればエスコートしますよ」
「なに?先約って。2人なんでしょ?いいじゃん」
「あは。ゴーインな女性も嫌いじゃないけど、今日は駄目」
「葛城...?」
「ていうか、見て分かんない?俺ら、デート中」

なんてな。上鳴の肩を引き寄せながら言えば、今の今まで不満そうな顔になっていた彼女たちはみるみる顔色を変えた。一方は赤く、もう一方は青く。

「ぁ...、ご、ごめんなさいっ。ほら、いこ!」
「えっ、えーっ!ウソ、ええー」

ぱたぱたと方向転換してゆく彼女らを見送る。
普段なら女性の好意をとかなんとか言う俺だけど、わざわざ遠出までして俺を独り占めしたい子のこと放っておけるわけがない。

「服ばっか掴んでてもつまんなくない?」
「!な、葛城...!手!!てか、デートなの?!」
「アレ?違うの?そもそも最初はそっちがそのつもりだったんじゃねーの?」
「あ、ぅ、え、葛城、」
「あー?まーた名字。呼びてぇんか呼びたくねぇんかハッキリしなさい、ヘタレの電気くん。」

「よ、呼ぶ!し、俺のこともこれからも呼んで!」
「ふ。必死かよ。...いーよ、仰せの通りに」

その後、有難くも複数回逆ナンをして頂けたが、すべてお断りして二人で出来うる限り海を楽しんだ。
最初の逆ナンで言われた水上アスレチックも、やはり女の子と行くよりも友人と行った方が気も使わなくて済むし何より本当に楽しかった。
帰りの電車ではすっかり体力を使い果たしてしまったのか、俺の肩に凭れて眠る上鳴。の寝顔はあどけなく、同じくほんの数ヶ月前までは中学生だったことを思い出させる。
少し焼けた頬にまた来ようなと声をかけて、最寄りまでの道を俺もまた上鳴──電気に凭れて眠りに落ちた。



*

「へー、轟ってヒーローネーム、ショートってんだ。名前、いいの?」
「ああ。別に構わない」
「ふーん。じゃあ俺もとどろきって呼び難いしショートって呼ぼ」
「...好きにすれば良い」
「おー。」


「なっっ...!葛城...!や、樹の馬鹿野郎!タラシ!あの日は嘘だったのっ?!」
「エーッ?!なにどゆこと、えっ!?!」
「もう名前も呼んでくれないのねッ!」
「は!?電気!!!」
「......そ、そんなんじゃ誤魔化されないんだからッ」
「電気」
「もう一声とか、思ってねーしな!」
「...電気」
「ハァッ!よし!良い!もう良い!邪魔したな!!」




「何かあったんだな上鳴と葛城」
「ぶっ殺す」