花火とかき氷と王子様

※急に爆豪寄り感強め









「爆豪、舌青くなってる。」

 ふわ、と俺とは違う色のかき氷を持って笑みを湛えるそいつは相変わらず胡散臭い笑い方だったが、夜店や提灯の光に照らされている様は悪くなかった。
人の多くひしめくこんな場所にわざわざ赴くなんて事、普段なら絶対しないのに、どうしてこんな事になってしまったのか。

「俺、どーなってる?多分緑色だろ。」
「…知らね。見せてくんな。」

同じく色が移っているのだろう舌を俺に見せるべく、頭を下げて身長差を詰めて来る顔を押し退けて前に出ようとしたのだが、腕を取られてしまう。

「おい、どこ行くんだよ。はぐれちまう。疲れたんならアッチ行こうぜ」

掴まれていた腕は、歩き始めるのと同時くらいにどんどん下がっていって、気がつけば手をとられていた。
…こんな人の多いなかで、もう良い年頃の男同士が手なんか繋いでいたら…もしクラスの奴らにでも見られたら…。と考えていると、その思考が読まれたのか、横目に微笑まれ更に強く握りしめられる。

「…ふは。嫌がんねーんだ」

てっきり振り払われると思ってたんだけど。
その言葉には答えず、こちらも反撃するように握られた手に力を込めた。…うるせぇ、気まぐれだっつーんだよ。
 人気のあまりない境内の方へ歩いて行く道中、きゅ。きゅ。と、まるで恋人同士のように握りあった手に互いに力を入れて遊べば、心が踊るような、なんだか柄にも無く変に奥底がむず痒く震える気がした。

「意外と会わねえもんなんだなァ、結構な人数で来たと思ったんだけど」

 …そう。元はといえば誰がはじめ口にしたんだか。夏休みも終わりに近づいた頃、クラスの奴等と一緒に夏っぽい事しよう!という事で、たまたま丁度いい日取りに隣町で割りと大きめの夏祭りがあるというので、クラス総出で出向いたのだった。
大勢で、といっても複数ばらけて回っているなかそこで射的があって。そんでたまたま葛城が得意だと言って耳女だか誰だかに好きなもん取ってやるとか何とか言いやがって。それが何だ、どっか俺の癪に触っただかで勝負しようというよくわかんねー流れになって、それから思った以上に白熱しすぎてしまい、はっとして見回してみる頃には見知った顔が居なくなっていたのだった。

「爆豪、もーちょいで花火始まるっぽいよ。はは。人気ねぇっつってもカップルだらけだ」

 そういう穴場にされているのだろうか。着飾った恋人達がぽつぽつと見受けられる。
まだ石段を上っている時点では小学生やらが多くはしゃぎ回っていたというのに、いざ登りきってみればどうだろう。
なんか気まずいな。と流石の葛城も苦笑いだ。普段であれば見知らぬ女共にまでキャーキャー言われているコイツも、こんな恋人同士の巣窟に成り果てている場所ではその顔面の効力も奮わないようだった。
 夜店のあって賑わうあの場所よりも人気はないとはいえ、別の意味で居心地の悪いこの場所から少しはずれにとりあえず腰を落ち着けて、すっかり溶けきってしまったかき氷を飲み干せば、夜の蒸し暑さから少しの清涼感が得られる。
未だ握られたままの手は熱く、離されないことにどうしても心が浮わついてしまう。くそ。俺、どうかしてる。
 それからどれくらい経ったか、遠くでアナウンスが聞こえた。どうやら今回目玉の花火がいよいよ始まるらしい。
切島に無理矢理に連れて来られなければ別段祭りだ花火だには興味なんて無かったのに、この、隣のこいつが握ったまんまの俺の手を楽しそうに揺するから。

「ここ結構良い場所だな。一番花火見えるなァ。ほら、あれオールマイトじゃね」

心臓が跳ねる。息が出来なくなる。本当にこいつといると、いつもの調子でいられなくなる。
 暗闇の中唯一ある明滅する花火の明かりに照らされた横顔は、悔しくも俺を揺さぶるには十分すぎた。じっとり汗ばんだ首筋に、先ほど飲み干したかき氷の滴のためか濡れる薄い唇。
腹の奥にまで振動が伝わってきている花火の音よりも、今は自分の心臓が煩くてどうにかなりそうだ。

「…うん?どーした?」

ずっと楽しげに花火を見ていたくせに、ふとこちらに目線をくれやがって。きっと俺が見続けていた事に気がついたのだろう、普段見せない意地の悪ィ笑みで俺を見つめてくる。
 なんでもねーよ。こっち見んな。くそが。
いつもなら意識しなくても出てくる筈の悪態は、相も変わらずぽんぽんと思い浮かぶのに、いつまでたっても喉から先へ出て行かない。
そんな俺の様子を葛城はどう思ったのだろう。見透かしたような、意地悪さをより深めた表情で繋がったままの手を少し強引に引いた。

「なあに。そんな物欲しそうな顔しちゃってさ」

引かれた先、必然的に葛城に身体を預けるような姿勢になって、耳元で小さく囁かれる。花火の音の方が格段に大きいはずなのに。全身はもう葛城を意識してしまってやまない。
背筋にはしるそれは決して不快感のあるものなどではなく、むしろどちらかと言えば…。
 俺を射抜く深い蒼は遠くの花火が反射していて、そのまま見つめ合っていれば吸い込まれてしまいそうな程で。
今まで、こいつに気がつかれない程度にをなるべく気にとめて俺から寄る事はあっても、こいつの方からのこういった直接的な行動は始めてでしかなくて、もう痛いくらいに弾む心臓は少しも治まってはくれない。

「…な。爆豪。そんな顔すんなよ。ほんとにちゅーしちゃうぞ。」
「……ざけんな。クソ…っ」
「じゃあその抵抗の無さはなんだい。いつものお前らしくないじゃん。それに」

 男の前でそんな蕩けた顔してたらきっともっと早くにお前襲われてるよ。
今の俺がどんな顔で居るかなんて知ったこっちゃないが、俺にそう言ってのけるてめえの方が明らかに色気含んだ顔してんだよ。
僅かに残った天の邪鬼で精一杯吐いた謗りすら弱々しくもはね退けられ、あと俺に残るのは、もう既に制御出来そうにないうすっぺらい理性のみ。
 やっぱりこいつといると、俺どっか変になっちまうみたいだ。ああもう。気持ちが悪い。

「ふ。爆豪、やっぱ舌青いね。」

 お前の目と一緒だな。なんてほんとに、もう。俺、こんなの、俺らしくもない。

「…てめえの舌は緑だわ。きめぇ」
「はは。口わりいよお前。なあ、よく見せて。」

笑う口元から覗く舌は緑色に染まっていて、他の誰かだったならばただ気色悪いと思うだけなのに、こいつだからかそれすら欲を煽るものとなって俺を攻撃してくる。
絡め取っているのとは逆の手が頬を緩くなぞる。震える唇を親指が撫ぜ、促されるまま口を開けば閉じさせないというように口内に侵入してくる、甘く固い指。

「俺の緑とおまえの青、混ざったらどんな味んなるんかな」
「、は、っん。」
「…試してみる?」

 かき氷のシロップは、香料と着色料で脳が錯覚を起こしているだけで、どれも味に変わりはない事を知っていた。
知っていたのに、ゆっくり近づいて来る唇を拒めない。むしろそのあと僅かな距離が焦れったい。
触れ合う直前、クラスの奴等がタイミング良く現れるとかいう要らないお約束も無く重なる唇と唇。
俺の口をこじ開けていた右手は後頭部に回されていて時折首裏を小指が行き来する。それにも背筋が粟立って、妙な吐息が漏れ出てしまう。
 何度となく角度を変えてゆっくり合わさるだけであった唇に、熱い舌が沿わされる。

「、ばくご、やめたいの」
「ぅ。ちが、ふぁ。ん」

やめたいかなんて、やめるつもりもねえくせに聞いてくんじゃねえ。
 否定を口にすれば、聞こえたのか聞こえてないのか、俺がどう答えようともそうするつもりだったんだろう、直ぐ様滑り込んで来る待ちわびた舌。
なぞって舐って啄いて絡めて。
くちづけが深くなるにつれ大きくなる水音に耳が犯されていくのを感じる。
気持ちいい。もうどうにでもなってしまいたい。もっと欲しい。上がる息と興奮とは裏腹にあまりの手慣れた様子に腹が立つ。つい悪戯心と嫉妬心で口内をまさぐる舌に歯を立ててやった。それで火を付けてしまったのか、優しくて気持ち良かったそれが息もつかせないくらいに激しくなる。

 いつの間にか花火は、地響きのような音を立てて大輪を咲かせていたものから滝のように流れ落ちるものへ変わり、ぼちぼち終わりの時間を迎えようとしていた。

「…ん。爆豪、そろそろ帰ろ、花火終わっちまう」
「は。はぁ。ん。」
「アララ、立てないの。だっこして行こうか?」

 いつもだったら暴言と共に拳のひとつでも飛ばしてやるのだが、生憎誰かのせいでそんな気力もなく、力の入らない身体に鞭打って両腕を上げると見開かれる双眸。してやったりだ。
 おまえ、冗談とか言うのね。いや、言ってはいないんだけどさ。てかおもっ。
ぶつぶつ言いながらも抱き起こしてくれる。流石に抱かれたまま人前には出られないので、落ち着くまで待たせて並んで帰路についた。


「なんかお前、やっぱ可愛いね。」

 合流間際にこっそりと耳元で呟かれたその言葉に先ほどまでの熱が戻ってきそうになって、これ以上ないくらい睨みをきかせて殴りつけてやった。拳は受け止められてしまった。死ね。

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