轟とファンクラブと王子様

「あっ、樹くんだ!」
「え、うそ、あーっホントだ!」

 葛城くんと出掛ける時、よく見知らぬ制服を来た女の子たちに声をかけられる。
 この日は彼の気になっていたというお店で白玉フェアが始まったとかで、好物がお餅なわたしが誘われたのだけれど。放課後有り難く相伴に預からせて頂いた際の出来事。
にこにこ楽しそうな葛城くんの目の前で、運ばれてきたきらめく抹茶白玉パフェ(白玉増量Ver)に手をつけようかとしていたとき、斜向かいから彼の名前を口にしている声が。
その声に笑顔で手を振る葛城くん。声を掛けた女の子たちはきゃあきゃあと喜びを露にしている。
あわわ、どうしよ、葛城くんここいら周辺にまで手ぇ広げてるんかい。てかそんな人とわたしが一緒て。
と、はじめのうちは校外でも人気があると知った葛城くんと二人で出掛けているところなんて見つかってしまっては、彼のファンの子たちに刺されでもしないかと怯えたものだったが、そんなことをしようものなら逆にファンクラブの人間に消されてしまうと彼女らのうち一人に笑われた。
 ファンクラブて。ファンクラブあんねや…。仮にも一般人やのに…。
 という話しをしてみたところ、彼と一緒に出掛けたことのある子たちは皆大体同じ経験をしているみたいだった。既に知名度ありすぎでは。学生の時点でこんなに人気があるのだ。プロヒーローになれた時、人気の心配はまずないんだろうな。


「顔に畳のあとついてんぞ」
「まじ?え、どこ」
「そっちじゃねぇ、コッチだ」

 エレベーターの音と共に件の彼は寝癖をつけたまま轟くんと揃って現れた。どうやら轟くんの部屋に一緒にいたらしいのだが、主に女子とばかり仲良くしていた初めの頃のイメージとはうってかわって、最近は男子たちと居ることが増えてきているようだった。
畳の跡のついた葛城くんの頬を触る轟くんの方も、赤い髪の毛側に小さく寝癖がついており、葛城くんに弄られている。
なんか...すごく......すごく...

「あのふたり、ちょっと絵になるね」

 こっそりと芦戸さんが呟いた。そう、確かに。すごく...なんていうか、絵になるっていうか、なんていうかなんだけど...。
ふたりの放つオーラが他を寄せ付けない。元よりふたりとも素体が良いのも手伝って、ただ二人一緒に居るだけでドラマとか漫画のワンシーンみたいだ。

「意外と轟とも仲良いんだね」
「お部屋行って一緒に寝ちゃうくらいやもんね」
「いや、ちげえ」
「ん?」
「ちげえ、葛城にとって俺は遊びだ」
「えっ......」


 轟くんの発言にロビーがしんと静まる。確かに彼は俺は遊びだと言った。轟くんは真面目な顔をして冗談みたいな事をたまに言うみたいだけれど、それにしたってこんな冗談。
寂しげにも見える表情の轟くんの頭を躊躇いもなくすぱんとはたきおとしたのは隣の葛城くんだ。

「馬鹿か。なんだその言い様は。」
「…いてえだろ急に…。だってお前、前に俺の身体が目当てだって」
「!?」
「こら、誤解させるようなこと言わない。それは…あー、いや間違ってないんだけど、そういう意味じゃない」
「ならどんな意味だって言うんだ。俺は一体どうしたらいい」
「どーもしなくていいんだよもう」

 衝撃の発言の連発と繰り広げられる修羅場のようなものに、ロビーに集っていた面々は好奇心半分、王子の貞操観念への不安半分に野次馬根性丸出しで見守るしかない。
 …まあ聞けば暑がりの葛城くんが夏場に片側ひんやりな轟くんを保冷剤代わりに使っていただけの話だったんだけど。

「まあまあ、轟もなんもなくそう思った訳じゃないんだろ」
「まさか他にもなんかあったん?」
「なにこの俺が責められる流れ」
「…キスはした」

 ええっ!!!
再びどよめくロビー内。しかし直ぐさま間接な!間接チューだから!と葛城くん。
 葛城くんが弁明すればするほど、目に見えて降下してゆく轟くんの機嫌。こころなしか寝癖までもが萎れて見える。ああぅ。はらはらするわぁ。

「…とか…じゃねーか」
「なぁに?まだあるの」
「可愛いとか、言うじゃねーか俺に」
「可愛いモンに可愛いって言っちゃだめなの」

あっ。アカン。葛城くんそういうトコやわ。
 気落ちしていた轟くんの顔がみるみる晴れてゆく。あまり表情筋の動きの活発なほうではない彼も、ここまで分かりやすくなってしまうものなんだなあ。
葛城くんには個性のそれ以外にも人を変えさせてしまうものがあった。自覚有りでやっている方ならばまだ良いのだけど、無自覚でたらし込む質も持ち合わせているのだから、本当に厄介だ。

「そういや今日あいつら居ないんだな」
「あいつら?ああ、爆豪たち?なんか今日は揃って出掛けてるみたいだぞ」
「ふうん。なんだかんだ仲良いよなァ」

さとーくんのお菓子が食べたいナー。と宛てる相手が具体的な独り言を溢しながら冷蔵庫に向かって歩いてゆく葛城くん。
水をふたつ持って戻ってきて、ひとつを轟くんに差し出す。先ほどまで上昇傾向にあったはずの轟くんが、何故かまたむっつりと口を引き結んでいる。
ご指名を受けた砂藤くんはそういえばダックワーズ作ってたから待ってろ。と言い残しエレベーターに乗り込んで行った。お菓子屋さんになるべきだ彼は。

「しょーとどーした?飲まんの?開けてやろうか」
「いい。飲む。……なんでそんな爆豪の事気にするんだ」
「ハ?別にそんな気にしてねぇじゃん。
…しゃーねーな。ンないじけんなよ。暫く抱いててやっから」

ホラ来い。とどっかりとソファに腰掛けて腕を広げる葛城くんに、おずおずと擦り寄る轟くんは、もう拗ねた様子もないみたいだ。

「やれやれ、困った猫だな。ていうか、何話してたんだい?邪魔したかな」
「ううん、そんな事ないよ。こないだ一緒にパフェ食べに行ったやんか」
「ああ。また行こうねお茶子」
「うん、その時ファンクラブの話聞いたから、その話してたんよ」

さもああそんなこと。とよく有り気にしているのは当の葛城くんのみ。周りの皆(一部除く)は身近にそんなもの出来たことのない普通の高校生で。
そわつく面々の誰かが、そういうのっていつから?と口に出すのは遅くはなかった。砂藤くんはダックワーズのほかに手作りのジャムとスコーンを持って帰って来た。彼は早くお店を開くべきだ。
ローテーブルにお菓子が並べられたならばもう肴は彼の話だ。吝かそうではない葛城くんも早速お菓子に手を着けながら口を開いた。

「うーん。なんか気づいたら出来てたから…」
「まぁそういうもんだろうけど、なんとなくとかさ?」
「そうだなァ…多分だけど、誘われたとかで遊ぶじゃん?」

一緒に出掛けるのなら女の子に出させる訳にはいかないので奢ったり等としていたと。しかし彼も当時はまだまだ小学生たら中学生。そういった相手が1人ならまだしも、複数人となると財力的な面では賄えない。
家庭内でも恐らくそうなることは想定の内だったのでその年頃の男児としては多く自由なお金を与えられていたらしいのだが、それを凌駕する程のものがあったと。

「ほうほう」
「断ったりする事も増えたのね。そしたらな…えーと、情けない事に『私出すから』っていう子が出てきてよ。そうなると俺の財布としてはラッキーだけど、断る理由がなくなっちまっててんやわんやだったんだ。そこで誰がやり出したんだか、タイムスケジュールとか組んでくれるようなって」

 その誰かを主体にマネージャー業が行われるようになり、彼に取り巻く人たちの中にはマナーの悪い者も居たらしいが、そういった者達への抑制効果をももたらしていたそう。
はじめのうちはファンクラブというよりもマネージャーだったらしいのだが(複数人居たが)、いつの間にか応援する側も良いのだけど王子様を支える側というものに惹かれる女子達が増えてきたので、公式にファンクラブが発足されたという。
ファンクラブとは言うがミーハーなものよりもどちらかと言えばSPに近く、ただ彼を見てきゃあきゃあ言いたいだけの者には参入する資格すら与えられなかったらしい。
支える側の信条としては、王子様に仇為す者には制裁を。そして抜け駆けは禁止と。etc…
しかしながらそのファンクラブが力を持っていたのも中学生時代までで。彼 彼女らが高校に上がった時には手が及ばなくなるほどに葛城くんの人気が拡大されていた模様で。
そして最大の誤算が葛城くんと同じ高校に進学した面子が誰一人として居なかったこと。
そのため高校に入って幾ばくもたたないうちに転校するに相成った、と。

「…ていうね。俺がもともと女の子には強く言えなかったからスゴく助かってたんだよね」
「……なんか葛城、凄いな…次元が違うわほんと…」
「ね!なんか他に規約みたいなのなかったの?」
「あー…手作り菓子禁止、個室で二人きり禁止、無断での撮影禁止と…あと何だっけ。ああ、俺の事でケンカ禁止。とか?」
「ホストかよ!」

いやあ。と照れ臭そうにしている葛城くんはどこか遠い目をしているようにも見えた。過去一体どんな何が行われたかは知れないが、ご愁傷さまがすぎるわほんまに。
手持ち無沙汰だったのか気を紛らすためか腕の中の轟くんを撫で回しまくっている。轟くんはこれまでに見たことのないほどに機嫌が良さそうだ。

「あ。ねねね、コレって葛城?」
「ん?ゲッ。なんでこんな写真もってるんだい三奈…ちょっ…」

芦戸さんが不意に携帯の画面を葛城くんに見せた。するといつも余裕を持っているはずの葛城くんが慌て始めた。

「なんかねー、中学の頃仲良かった子から待ち受けにすると幸せになるって送られてきたんだけど、これってやっぱ葛城なんだー!」
「ナニソレ!?俺の知らないところでそんな風になってんの!?!」
「見せろ見せろ」
「いやっ、ちょっ、」

 彼女の携帯の画面に写っていたのは今よりも幼さを感じさせる葛城くん。カメラ目線で指で照準を定める様はいかにもハートを撃ち抜く直前といったところ。
 普通の男子中学生ならばひたすらに恥ずかしいだけとも言えるはずのポーズも似合って仕舞うのは彼の容姿の成せる技なのだと実感した。

「なにそれ…ほんとやめて…やめてくれ…三奈しまって…お願い…」
「えーー!カッコいいじゃん!」
「ちょっと今よりチャラめだな」
「やめてったら…ほんと黒歴史……」

耳の赤く染まった葛城くんは隣の轟くんの首もとに顔を埋めてしまっている。しょーと助けて…と小さくぼやきが聞こえた。轟くんはと言えば見えるはずのない尻尾がふられているのがわかる。

「お、俺もう部屋行ってい?なんかもう無理…」
「なんで?いーじゃんカッコイーんだから」
「いやアカン…今の俺を誉められるんならまだ良いんだけど、過去はほんと無理…恥ずかしい…」
「葛城が照れるって珍しいよな」
「いや照れんだろ。卒アル見られてんのと一緒!」

ああ…と皆納得したのと同じ位に既に立ち上がって、来たときと同じように轟くんを引き連れてエレベーターに向かって行ってしまった。
 葛城くんの弱点が露呈することになった一件となりこの場は終演を迎えた。







「また寝んのか?」
「んーーーー…も、やだ。ほんと昔の写真とか地雷…」

 敷かれたままの布団に寝転ぶ葛城はくったりと腕を広げて俺を待ち受けていた。
有りがたくその腕に収まるように転がれば先ほどと同じように抱き締められる。葛城の匂いと俺の布団の匂いに包まれれば、ほんの少し前まで寝ていたというのに自然と瞼が落ちてくる。
オヤスミしょーと。と額に唇が落ちてきて、いよいよ眠りに落ちた。