女子と笑顔の王子様



 とある2限目のヒーロー基礎学のこと。

「おっと、響香あぶない」

 たまたま王子とペアになっての演習で、敵役が砂藤・切島のパワーコンビだったためか、思いの外体力を使ってしまい、終わりに足を縺れさせてしまった。
隣にいた王子はさも当たり前の顔をしてウチの腰を支えると、ふわりと笑って「女の子なんだから、不注意でのケガは避けるように」と言い、その後講評の時間まで手を握ったままだった。
 演習時に出来た、唾でもつけとけば治るような傷にすら大袈裟にも心配してくれちゃって。
授業後にはわざわざ保健室まで連れていってくれた。
もちろんこの間手は繋がれたまま。
しかも、しかも!いつもいる筈のリカバリーガールはどうしてかこの時間居なくて、王子直々に手当てまでしてくれて。

「も、ウチあん時からどう接したらいいか、ほんと、わかんな」
「うはーーー!耳郎ウラヤマ!アタシも葛城とペアんなってケガして手当てされたーい!」

 耳郎語る基礎学よりまた後日の基礎学終わりの女子更衣室にて。
着替えの時とは、服を脱ぐのと同じように何故か心の衣まで剥がれ易くなるのか、普段そのような話をしないような子らまでもが一様に口を開く。
 主にこの日の話題は1-Aに途中編入した、王子こと葛城 樹の話だった。

「わたしもあるよ!たまたま食堂で目の前に座ったときねー...」

 次に口を開いたのは透明少女の葉隠だ。
姿は見えずとも意気揚々と興奮気味に話しているのが分かる。

 そのとき葛城くんは、隣に居た轟くんと喋っていたんだけどね。うどん派蕎麦派の話をこれ以上ないってくらい真面目にプレゼンしあう様は、なんだか可笑しいものだったけれど、男前2トップがしていると、何故か様になっちゃうんだよね。
ヒートアップしてゆくうどん派の口撃に、負けじと反撃応戦するそば派。
食券機が近かったのもあって、その熱気に充てられた人たちがみんなしてうどんだ蕎麦だを買うもんだから、席からもランチラッシュが困ってるのが伝わってきたよ。
 それで、わたしはそれをまあ言ったら特等席とも呼べるような場所で観戦してたわけなんだけど。
もちろんそんな周りが影響を受けるほどに熱を上げて議論しているんだから、前の席のわたしの事なんて見えていないと思っていたの。
でも、ふとこちらを蒼い視線が撫ぜるのね。
何度か行き来してから、轟くんを制止してわたしに向き直った。

「ふ、とーる。口元ついてた」

わたしの口に付いていたのであろうパンくずを嫌味なく拐って、そのまま自分の口へ。
まさかこちらに意識が向くなんて思っていなかった上に、そんな少女漫画チックなことされて、わたしのキャパが限界を迎えてしまって、挨拶もそこそこに席を立って戻って来ちゃった。
 あの王子様スマイルって罪だよね、ほんと。

「…今に死者が出ると思うわ、まじで」
「転校のきっかけ絶対自分やんね…」

 最早個性だけのせいではない…。
個性の影響も少なからずあるだろうが、大部分はきっとあの言動のせいだと思う。
普通女子にあんな勘違いさせるような行動とるだろうか?やられた側としては間違いなく勘違いしてしまう。
しかし、葛城はするのだ。そこに女子が居たならば。それはもう盛大に勘違いでもしてくれと言わんばかりに。
 登校して来る時、まず黄色い声のする人だかりを見つければ、ああ、あそこに居るんだなと分かるし。
寮から学校の距離なんて、たったの徒歩5分だというのに、更にヒーロー科の常の生活スタイルは意外と密であるために、他学科や他学年と絡む事は難しいと言える。一体どこでそんなにくっつけて歩ける程誑かせるのか…。

「でも、やっぱり何しても格好いいのよね、葛城ちゃんて」
「そうですわね…あんなに人を選ぶ言葉が似合うなんて、いっそ尊敬してしまいますわ」
「なんかもうカッコ悪いトコまで良く見えちゃうしね!」
「ほんま不思議やわあ〜、嫌味ったらしくもないし!」

いつの間にやら迫り来る時間。女子の会話はどれだけ時間があっても足りないもの。
軽やかに笑い合いながら、1-A女子達は更衣室を後にした。