中身は一緒さ王子様



あくる日の授業間。峰田の一言に、皆心中で大いに頷いた。

「葛城のもう一個の個性って結局まだ見れてねえよなあ」

 ヒーロー基礎学の授業でも専らテレポートのみしか見られることはない。
それもそうだ。峰田の言うもうひとつの個性とは『性転換』。
そちらはヒーロー活動をするに当たって特に強化すべきものではないのだから、まあ常日頃見れるはずもない。
 しかし一様に気になる要因になっているのは、やはり転入初日から皆々を虜にしたルックスだろう。
元々の男性のままでも、男すら心揺らぐ程に魅力溢るる彼の性転換後が気になって仕方がないのだ。
 クラス一同からの、そわそわとした雰囲気や視線が葛城を包む。
当の彼はと言えば、八百万の手相を見るという名目で彼女の右手を、それはもうさわさわしていた。

「なあ葛城、確かに俺も気になるぜ」

 近くに居た瀬呂の言葉を皮切りに俺も私もと声が上がる。
未だに八百万の手を握ったまま、ううんと考える素振りを見せた葛城。

「ね。百も見たい?」
「え、ええ。そうですわね、気になりますわ」

 よくぞ言ってくれた!
 何を隠そう、いや隠れちゃいないが葛城は大の女好きだ。
 初めて会った時の印象の完璧な王子様感は、最早見た目だけだとA組には周知の事実。
野郎からの願いの籠ったぼやきなぞ、彼にとっては鳥やら猫やらの鳴き声と同義に等しい。
しかし女子からの言葉であればある程度容易に叶えられてしまう。
 かといって男子に果てしなく冷たいという訳ではないので、このヒーロー科に転入して来てからも、それについて特に諍いは起こっていない。
 ただ葛城の中の優先順位が、女子が最上位である事に変わりはないのだけれど。

「百がキスしてくれたら転換しちゃおうかな」

 彼女の手の甲を唇に寄せてリップ音を響かせる様は、まさに王子さながらといったところであったが、すかさず赤面した耳郎の手刀が脇腹あたりを襲う。
 なんてな、ヤキモチかいお姫様。と耳郎の髪を一房取り耳にかけてやるが、追い打ちのように再び繰り出される手刀。
 常であればイヤホンジャックが突き刺さる所であるが、手刀なところを見るや、彼女も葛城には甘いのだ。

「…んー、そんな気になるもんなのかよ」

いや、気にならんほうが可笑しくないかい。
不思議そうな顔で見回しているが、彼の言葉に否定する者はこの場にはとりあえず一人として居なかった。

「お茶子も梅雨も?俺が女んなったとこ見たい?」
「絶対葛城くんカワイーやんね!見てみたいよー!」
「ケロ、そうね。私も気になるわ。見せてくれるなら嬉しいのだけど…」

「そっかそっか、カワイ子ちゃんたちに口揃えて言われてやらねーなんて、男じゃねーもんな」

 満足げに顔を綻ばせた彼は、久しぶりだなあと身体を動かしながら集中を始めているようだ。

「野郎ども、惚れんなよ」

 その言葉を我らの知る葛城くんの最後の言葉とし、瞬く間もなく変体してしまった。
 180を超えていた身長は凡そ10p程縮み、後ろで小さく纏められていた、肩より上までのはずの髪は肩下程までに伸び、微かに胸元に膨らみまで見受けられる。
王子然とした風貌は、面影を残したままに美女へと相成った。

「ふは。みんな口あいてんぞ」

 いつものように笑う葛城だったが、その声もがこれまでとは全く違うもので。
目を普段より僅か見開いた轟にちょっかいをかけながら楽しそうにくるりと回ってみせたりする彼、基彼女はどこからどう見ても完全に女性である。

「信じらんねーか?ちょっとばかし脱いでやろうか」

 ほうれ、ちょっとだけよぉ。と、だぶつくシャツのボタンを下から外しにかかる葛城。
どこからともなく生唾を飲み込む音が聞こえるのは、自分のものなのかはたまた皆が同じタイミングで息を飲んだのか。

「い、いや、駄目だろうそれは!それは駄目だろう葛城くん!」
「おやあ?飯田クン、人とお話しする時ァその人の目ェ見なきゃ、だろ?」

 ズバッといつものあの独特な手の動きで葛城を制したのはクラス委員の飯田だ。
人に依っては勇者のような愚者のような行いをした飯田は、新しい玩具を見つけたと言わんばかりな笑顔の葛城の餌食になろうとしている。
というかもうなっている。
 女性となった身体をこれでもかと飯田に押し付け、ハスキー気味の声に色香を纏わせて詰め寄る様はさながら痴女。
 性転換を起案した峰田はというと、飯田への嫉みを血涙に乗せながらも、興奮しているのか鼻血も出していた。
彼の失血量は気になるところである。


*



「…おい、なんだその姿は」

 我らが担任様のお出ましだ。
葛城の性転換から数時間。その間の授業は担任の相澤のものはなく、授業の度に教室を訪れる教諭を驚かせていたものだったが、相澤とはついにHRにてご対面となる。
 きっと職員室等で葛城の今の姿について聞いていたのだろう、教室に入って来るや否やすぐさま葛城を個性を使って見ていた。

「アララ、すみません。無駄に目ェつかわしちまって」

 ところが相澤の個性である抹消が効かないではないか。
相澤はひとつ舌打ちを零すと、普段通りにHRの進行を始めた。
 終わり次第葛城は職員室に来るようにと言い残して。

「先生が消せんって、どういうことなん?」
「や、俺もよく分からないんだ。転入前の試験の時にも転換してみろって言われて、その時も効かなかったんだけど。
まあ俺、女の姿のまま教室とか入りたくなかったから、戻るまで行かんっつって転入遅れたんだよね」

 異形系と同じ扱いになるのかも。
ええ…葛城くん大物やあ…
教室の右端後部席にて小さく行われる会談に目ざとく反応し、睨みを利かせる相澤。
慌てて前を向く麗日と、降参したようなポーズをとる葛城。



 終礼が終わり、相澤は教室を後にする。葛城にちゃんと職員室来いよ、と念を押して。
各々は帰り支度を済ませながら言葉を交わし合う。

「なんであんな先生怒ってたんだ?」
「いやあ、俺、こうなると3日は戻れないからさ。
基礎学とかでの体力面の心配してくれてんだと思うよ。
体力も女になっちゃうからさ。…俺、体力ないじゃん」
「確かに。そこそこガタイも良いし、欠点全く無しだと思ってたらアレだもん。なんかちょっと拍子抜けだったよ」

 してやったり顔で耳郎は言う。それに笑いで返す者は多数いた。それ程初めは酷いものであったと、皆の記憶に刻まれている。
 対し葛城は、珍しく女子相手に逆撫でられたような顔を見せた。彼女に詰め寄り顎を手に取る。

「…そんな事言うのはこの可愛いお口かい?」

 いつもの王子様スマイルではなく、どこか切なげな顔で、更にいつもよりも中性的なかんばせで以って、至近距離で囁かれた耳郎の顔はみるみる内に赤く染まってゆく。
 見ているものも、いつもは男女間のために、倫理的に間違ったものではないのであまり気にとめていなかったが(そうじゃない者も居るが…)
 今は性別的には女同士。
どこか禁断の花園を覗いている気分にさせられてならない。

「あ、や、ちょ、と葛城、離し…」
「どうしたの響香、そんなに慌てて」
「だ、っ、から、離し」
「うん?ああ、こんなに顔を赤くして。熱でもあるんじゃないかい」

 彼女の腰を抱く腕に力を込めてより一層距離を詰め、額同士を重ね合わせる。
そのあまりの近さに、擬似とはいえキスを連想させるそれは、まだまだ純真な者の多いA組の面々には、少々刺激が強すぎた。
 彼が転入して来た時と同じかそれ以上の歓声、嬌声が教室を包み込む。

「全く。好きな対象にそんな言われ方したら、流石に俺だって悲しむんだからね」

 今日のところはここまでにしてあげる。ぱっと潔く開放された耳郎は、腰が抜けてしまったようにその場に座り込んでしまう。
 倒れ込む耳郎に手を差し伸ばしていたが振り払われていた。少しばかり自業自得ではないかと思う。

「とりあえず、コッチの俺もよろしくな」

 ふわり。いつもの笑顔を、いつもと変わらず浮かべているはずなのに、こうも普段とは違う高鳴りが胸を襲うのは、今の葛城の性別が女だからなのか。
これは男女問わず好意を寄せる者が殺到しても何ら可笑しくもない。

 まったくもって葛城 樹とは、罪な人間だ。




*



「……アイツ、帰りやがったな。クソ、明日補修授業にしてやる」