猫と一緒に王子様



 雄英高校への転入のために新しい街に越してきた。
必要なものの買い出しを兼ねての散策は、見慣れぬ街を覚えるのにも良いし、引越しの気晴らしにもなって最高だ。
それに天気もとても良い!こんな日はきっと可愛い子に会える気がする!

 ウッキウキで繰り出したは良いものの、気がつけば見知らぬ場所(元より知らん街だけど)。
しかも少し前まではまだあった人通りがめっきりと無い。
そして真昼だというのになんだか薄暗い気もする。
 少しまずいか?もしかしたら入学も迎えず敵に遭遇してしまいそうだ。
 ともあれ俺の個性はテレポート。
何かあれば最悪飛んで逃げりゃあいいかと、不安な気持ちもそこそこに、呑気にも散策を再開した。

「およ」

 薄暗い雰囲気の街の中に、遊具はブランコ、あとはベンチだけという光の入る小さな公園があった。
少し休憩しようかと、すぐ近くにあった自販機で飲み物を買ってベンチに腰掛ける。

 一息ついて帰りの道筋を考えながら辺りを見回すと、公園に入ったときどうして気が付かなかったのか、入口側の影になった所にある木の下に、黒ずくめの者がこちらに背を向けるようにして座り込んで居た。
 ええ。うわあ。怖。ぜったい敵。
しかしこの公園を出るにはそこを通らねばならない。
いざとなったら個性を使えば良いが、本当にいざとなったらの場合だけだ。
 入学前に外で個性を使ったことがばれたら取り消しになりかねん。
 意を決して傍を抜けるようにしてみると、その人物の足元に茶色い毛玉。

(にゃんこだ...!)

 猫は特に警戒している様子もなく指先にじゃれついており、じゃれる合間、身体を擦りつけてみたりとしている。可愛い。
余程この真っ黒な人物に懐いているのか、人懐っこい猫なのか。
 猫に釣られて近づいて行った折り、じゃり、と砂音を立ててしまった。
ふいに上げられる頭に焦る。
 ...まずった。いや、猫好きに悪いやつはおらんだろう。ええい、ままよ!

「...その子可愛いですね、あなたの飼い猫ちゃん?」

恐る恐る、しかしなるべく平静を装って問いかける。
暫く沈黙が続いた後、そういう訳じゃあない、と小さく返ってきた。
 男性だったか。華奢に見えたから女性の可能性もあると思ったが、真っ昼間から猫と戯れている所を目撃され、しかも話しかけられたことが恥ずかしかったのだろうか。本当に小さな声で、おまえ猫好きなのかと続けられた。

「ええ。好きです。お兄さんも?」
「......いや、俺はべつに。」

ただの気まぐれだよ、俺もコイツも。
 特に返す言葉も見つからず、俺も同じように隣に屈んで猫に手を差し伸べてみる。
すると同じように俺の手にもじゃれついてくる猫。たまらん可愛い。
しかし暫くするとまた彼の方へと意識が向いてしまう。

「ありゃ残念。この子、お兄さんのことが好きみたいだ」

 また彼は無言で俯いたまま、指先だけで撫でつけている。
尚も擦り寄る猫は愛らしく腹を見せていた。

「ふは、かわいい」
「ッ!なッ!誰が!!」
「...えっ、だれって...」

猫...が...。
 今の今まで機嫌良さそうにしていた猫は、急な大声に驚いて飛び上がり逃げてしまった。
声を上げたと同時に上げられた彼の顔は、これ以上ない程に赤く染まっている。
 おっとこれは、なるほどこれは。なるほどなるほど。

「...お兄さんも可愛いと思うよ。ゴメンね俺のせいで猫逃げちゃって」
「...ッ、死ね」
「せっかく色っぽい口元してんだから、いけないよそんな言葉遣いしちゃあ」

 真っ赤な顔のまま悪態をつく彼は、どうやら個性が効きやすい方だったようで。
口元にあるその色っぽいと言った黒子まで歪めて耐え忍んでいる様は、女の子好きーな俺からしても大層可愛らしく見える。

「...お前、名前は」
「うん?葛城です」

葛城、と彼は口の中で呟き、下の名前も催促してきたので答えてやる。
ふうん。と頷くと彼は立ち上がって、そのまま背を向けて歩き出した。のだが。

「......なに」
「あ、いや、お兄さんの名前も知りたいなーって」

 咄嗟に腕を掴んでしまった。
さして彼の名前に興味があった訳ではないが、なんとなく引き止めてしまった理由をつけたくて。
あと越してきたばかりだから、これを機に猫繋がりでも知り合いが出来たら良いなー、とか。あわよくば大通りまで連れて行ってくれたらなー、とか。
...なーんて。そんな逡巡を悟られては良い方向には絶対に向かない。
出来るだけ真面目な顔でいるよう努めた。

「...、し...」
「し?」
「し、...と...」

使徒?
ああ。良く見れば髪の毛は薄い水色をしている。そして俯く瞳は紅い。
そうか、汎用ヒト型ナンチャラの中の...。彼の親御さんは一体何という名前を付けるんだ。
キラキラし過ぎているにも程がある。

「...おまえ、馬鹿な事考えてんだろ」
「エッ、いやハハハ...」

で、使徒?と聞いたら頭のおかしい奴を見る目で見られた。まあまあ解せぬ。




「...転孤」

いつの間にか掴んでいた手は離されていて、ぽんと言葉を背中越しに呟いた彼はそのまま歩き出した。
 恐らく、てんこ、というのが彼の名前なのだろう。
遠ざかってゆく彼の背中に、またねてんこさん。と投げかければ、僅かに頷いたのが見えた。

 足元から、どのタイミングで戻って来ていたのか、先程の猫が鳴き声を上げて俺を見上げている。
 本当に可愛い子に会えるなんて、やっぱり今日は良い日になった。


*


「弔くん、今日機嫌良いですね」

 珍しく昼間に外出していた死柄木が、これまた珍しく上機嫌で帰ってきた。
それに気が付けない程、無駄に行動を共にしていない。
何か良い事でもあったんでしょう。とトガに向けて話せば、まあな。と死柄木から返ってくる。
 余程に良い事があったのだろう。彼が自らトガを交えた雑談に入るだなんて。
まあ何にせよ、彼の機嫌が良いに越した事はない。


「...また会おうな、樹」

ぽつりと呟かれた甘い囁きは、誰の耳に入ること無く消え落ちた。