風物詩と暗闇と王子様





 その日、嵐が近く差し迫っていた。
晴れている日だったならば真上 に太陽があり、空は遠くあるはずが、それとは真逆に鬱々と暗い雲は今にも襲ってきそうだ。
木々がごうごうと揺すられる程に強く風が吹き荒び、大粒の雨は窓ガラスを割らんばかりに強かに打ち付けている。

「うわぁ、今日実家帰ってる子ら道中大丈夫だったんかな...」

 3日以上の連休になると親元へ帰る者達が居るが、もちろん全員が全員ではないため、残った者達はこれまでの寮生活と一緒だ。それぞれで飯を炊き寝起きする。
今回寮に残ったのは、麗日、耳郎、轟、切島、常闇、爆豪。そして葛城も寮に残るほうを選び、各々休みを思い思いに過ごしていたのだが、次第にごろごろぴしゃんどかんと不穏な音と、暗くなった空を照らす光が次々に鳴り響き始めた。

「やべー。昼間なのに暗すぎだろ」

 麗日に続き同じく残っている切島が言う。確かに時間は昼間と言えど辺りは日が落ち始めた頃と同じ位に薄暗い。

「なんかこう暗いと心細くなりがちじゃねえか?折角だし残ってる奴ら集めるか!」
「そうやね、おやつの時間近いし、そーゆー名目で呼んでしまえばええんとちゃう?」
「俺、男子呼んでくるわ」
「じゃーわたし先にお菓子とか準備しちゃうね!」

寮内に残っている生徒と、まだ残りある休みを親元でなくとも寂しくならず過ごそうと談話室に集まる。
 皆で集まってテレビを見たりとして過ごしているうち、始めどういった理由で集まったのかを忘れてしまう頃、寮を揺さぶる雷音が轟いた。それと同時に、煌々とついていた電気類はぷつりと音をたてて無情にも消えてしまう。
 真っ暗になってしまった部屋に落ちる静寂。今まで賑やかだった部屋はひっそりとなりを潜めてしまったようだ。
学校敷地全体が停電になってしまったのか、外にあるはずの街頭も、非常灯すらも沈黙している。

「落ち着け、とりあえず明かりは俺がなんとかする」

轟の声と共に彼の腕から炎による灯りが灯る。人間暗闇には言い知れぬ恐怖が宿るものだ。
ちなみに冷静を装っている者達もそうでない者も、表面に出る出ないは別にして皆内心パニックに陥っていたのだろう。携帯という文明の利器を誰1人とて取り出すことはなかった。
ひとまず轟の炎を頼りに一塊りになって電源が復旧するのを待つ事にした。

『ねぇ、どうせなら怪談でもしない?』
「秘せる闇黒の語らい」
「えっ、ウチ苦手なんだけど」
「わ、私も...」

各々返す反応はまばらであったが、ノリ良く返す者が半数以上を締め、更に本意でない者も、単身暗い廊下を歩いて暗い部屋で過ごすのは得策ではないと参加する流れに。
皆怖い話のひとつやふたつ知っているだろう、もしあまり知らなければ検索なりなんなりして盛り上げようと、台所の引き出しに入っていたケーキ用の小さい蝋燭を使って百物語の真似事が始まった。






「───と、言われ今でも存在しているらしい。」

ノリ良く乗っかった一人である常闇はやはりと言うべきか、雰囲気作りから話し方まで何もかもが上手かった。時折ダークシャドウを使って脅かしを入れてみたりと、この怪談を楽しませる工夫を織り混ぜてくる。
常闇の話が終わる頃には女子二人は抱き合いながら小さくなっていた。

「たまんねえなァ、怪談怖がる女子。守ってあげてぇー」
「葛城、漏れてる漏れてる。」




*

「アレレ爆豪、どうしたのそんな口とんがらして。」

 怪談の順番が半分回った頃、隣に座っていた爆豪の様子がなんだか可笑しい。更に俺の腰辺りの服を皆に見えないくらいに小さく摘んでいる。

「こっち見んなチャラ男」
「んな可愛い唇してると俺に食べられてしまうよ。...ていうかもしかして怖」
「ッくねーわ!ぶっ殺すぞ!」

と言っているのは良いものの、なんだかいつもの爆豪らしくなく。
爆豪は本当は怖いところ強がっているんだなと思った。そうでなければこんなこと普段の爆豪からは想像もつかない。やっぱりこいつ可愛いじゃないかとも思った。
 そして早くも俺の語らう番が次に回ってきていた。

「えと、葛城くん、めっちゃノリノリやったけど、得意なん?」
「あは、俺ホラー大好きだよ。映画とかホラーしか見ないレベル」

だからどーしても怖くなったら俺の膝の上おいで、怖くなくなるまで抱き締めていてあげるよ。
と語尾にハートマークをつけんばかりに言えば、それまで強ばっていた表情が和らいだ。俺はこういう場がすごい楽しいけど、やっぱ苦手な子もいるから、少しでも緩和してあげないとね。
 さて、と意図的に雰囲気を変えて話し出せば、せっかく和らいだ表情も固くなるのが暗がりに薄らと伺える。
楽しい場は楽しく。後から幾らでもフォローを入れよう。ていうかやっぱり怖がってる女子可愛い。






「───あなたがそこで聞いていたのは知っているのよ。』それからその人にも先輩にも会うことは無かった。今後一切会うことはないだろう。」

 話終え、俺の前に置かれたろうそくに息を吹き掛ける。
俺は霊的なものではなく、人間の怖さ的な怪談を話した。と言っても得意だ好きだとのたまったくせ、ひとつ話して終わりじゃあ面白くないだろうと言うもんだから始めに霊的なもの、今しがた話したものがそういったものだったのだけれど。

 話している最中、気になったことがひとつあった。隣の爆豪だ。
俺が話を進めていくにつれて、ついついと服の裾を摘まんで軽く引いていただけのものが、ぐいぐい、果てには俺の服を引きちぎらんばかりの勢いをつけて引っ張ってきているのだ。
雰囲気を作って話しているなか、彼に注意を向けて話の腰を折るような事をしたくなくて、こちらとて負けじと何度も引き返していたのだが…。
話終えた今現在も続けられては、流石の俺だって少し参る。

「…なあ、爆豪。分かったからさ、もういいよ」
「…あ?何が」
「いいって強がんなくて。ホラ、お膝来るかい?」
「何の話をしてんだテメーは!」

「いやあのさ、さっきからずっと思ってたんだけど、そんな強く引っ張らないでくれよ」

薄明かりの中でも俺の発言により爆豪の顔が驚きに固まったことが分かる。そして同じく俺も血の気が引いた。
引っ張る力はゆるゆると緩められていく。
まず疑った事を詫び、状況を整理しようと思考を巡らせる。左隣には爆豪、その隣に切島。俺の右隣には誰もいない、唯一いるとすれば右側のはす向かいに轟。
爆豪を通り越して切島がわざわざそんな事するとは思えない。その前にそんな事してたら爆豪がキレてるだろうし、轟もそんな腕伸びないはずだし。
じゃあやっぱり爆豪が...?いや、いやいや
 ていうか爆豪、腕組んでるし。

じゃあ、ずっとひっぱられ続けていた感覚は一体?
俺たちの様子に他の皆も異様さを感じ取ったのだろう、サッと青ざめてゆくのが見える。

「や、やめてよ葛城。ウチらをびびらそうだなん...ッ!?」

不意に失われる灯り。怪談の折りそれぞれの前に用意していた蝋燭と、消されてゆくそれだけではせっかくの灯りの意味がないと灯されていたアロマ蝋燭も、風も音もないというのにどうしてか消えてしまった。
もちろん轟は炎を仕舞っていたので、辺りは再び闇に包まれてしまう。

「.........なっ」
「...ええ、ちょっと、やだ...」
「轟、火。早く」
「あ、ああ。…あ?」

待てど頼みの綱であった轟の掌から炎が上がらない。それどころかむしろ冷気が満ちてきているような気がする。
焦れてきた轟は爆豪にも個性の発動を促すが、いつも元気に爆破されるはずの爆豪の方も何故か奮わない。
いよいよおかしい。何故なにどうして。そうしている間にもこの暗闇はどんどん気温を下げてゆく。

ぺたり。

皆焦りながらも何とか打破しようとはりつめていた意識内に、聞こえるはずのない場所から足音のような、何かが聞こえた。きっと聞こえたのは自分だけではない。それほどに存在感のあるものだった。
 声を上げてはならない。上げたならば最後、もしかしたら、

ぺた。ぺたり。

切島が息を飲むのが聞こえる。またも聞こえた足音はこちらに向かって来ているようだ。ゆっくりと、確実に。

ぺたり。ぺた、ぺたぺた。

未だ少し距離はあるが、最悪俺が皆を連れて飛べばなんとかならない事もない。しかしそれは最終手段だ。個性を演習場でもない場所で使った事がばれたら…いや、そんな事言ってる場合じゃない。
…そういえば、さっき轟も爆豪も個性使えてなかったじゃないか。どうする、どうしたら

ぺ た 。

 対処を考えつく間もなく、足音は俺たちのすぐそばまで辿り着いてしまった。
ぽたりぽたり。雫が床を打つ音がする。わあ。幽霊って、ほんとうに水が好きなんだあ。もう終わりだと現実逃避に身を投じかけた時、聞きなれた低い声が足音と水音の元から発せられる。

「…………轟、仕方のない事態だったのは分かるが、授業外その上室内での炎の使用は厳罰だぞ」

………

「あいざわせんせえーー!!!」

………



 相澤先生の話によると、敷地全ての電源が落ちてしまったので、予備電力を付けるため教員皆で手分けをして回っていたとの事。外は嵐も同然のため靴はおろか全身びしょ濡れで、入って来る際に脱いだのであの足音だったとも。(無駄に豪華でハイスペックのくせそういう所アナログなんだな)
そして1Aの寮の裏口から入ったところ、うすぼんやりと明かりが灯っていたのでロビーに回ってきたと。しかし入って来る直前明かりは消えたので、轟の個性で炎なり使っていたのだろうと個性を使って再び使わせる事を止めた、と。

「はあ。なんかよかった。おばけかと思ったし」
「ほんとやね。もーすんごい怖かったぁ…」

予備電力は付けてから数分で明かりが元のように付くらしく、確かに窓の外の街頭は既に今まで通りで、遠くに見える他クラスの寮にも光が見える。
ほっとしたのも束の間、いやそれでもおかしいと声を上げたのは轟だった。

「相澤先生が来たのは、蝋燭が消えて、俺が個性を使うまでの間なんだよな。」

 じゃあ、蝋燭は誰が消したんだ?葛城を掴んでいたのは何だったんだ?
すうっと背筋が寒くなるのを感じた。確かに、全然そっち解決してない。
再び俺たちは葬式よろしく俯いて沈み混んでしまうが、あらましを知らない相澤先生は闇の中珍しく少し戸惑っているようだ。
 そうこうしているうち、予備電力のおかげで寮内は明るさを取り戻した。

「じゃあ俺は戻るが…お前らあんま夜更かしするなよ」

ああ…帰らないで相澤先生…。
 俺たちはこの場から動くことの出来ないままロビーにてまんじりともせず朝を迎えた。