0.5:PROLOG


「……も〜、嫌になっちゃうな。ボクはどこの隊に入る気もないし隊を作る気もないのに。というか、それは噂にもなってるはずなのに」

 人通りのあまりない廊下を少しだけ足早に歩きながら、独りごちる。
 その表情はどこか疲れているようにも見え、先程までのようなことは初めてではないということが独り言の内容からうかがえた。

「しかも、今回のはボクが入ればもっと沢山点取れる、みたいに思ってるタイプだったし。……そんな単純な訳ないっての」

 周りに人がいないからか、小声ではあるものの言葉を吐き出すその姿は愛らしい見た目からは到底想像がつかない。

 編み込みカチューシャを団子でヘアアップし、それらを纏める形で赤いリボンが付けられている、いかにも可愛らしい髪型や、可愛らしい顔立ち。
 上下黒でまとめられている服装をしているものの、セットアップと呼ばれるタイプの服装だからかあまり見ていて威圧感を感じさせない。そのうえ、下は丈の短いズボンなために色白の太ももや膝頭が見えており、黒のソックスガーターや黒のソックス、そして白の少し長いブーツが可愛らしさを強調させている。

 全身可愛いでまとめられているその人物が、まさか少々トゲを含む言葉をこぼしているとは想像がつかないだろう。

「——あ、雫だ」
「!」

 四ノ宮——否、雫が歩いていた廊下の向こう側を歩いていたであろう、切り揃えられたボブカットの髪型をした眠そうな目の青年が雫の名前を呼んだ。
 その声を聞くなり、雫は目を輝かせて青年の方へと飛びついた。

「みつにぃ! と、ケンちゃん先輩!」
「こら、雫。危ないからいきなり飛びついちゃダメって前も言ったでしょ」
「あれ、雫ちゃん。オレはオマケ?」

 注意はするものの、満更ではなさそうな眠そうな目の青年——時枝ときえだみつるや、己を指差し少し茶化すように言った佐鳥さとりけんの様子に、雫は嬉しそうに顔をほころばせる。

「えへへ、ごめんなさぁ〜い! 二人はこれから任務?」
「いや、さっき終わったところ。出水先輩から『雫が呼び出されてるみたいだった』って聞いたから、佐鳥と一緒に迎えに行こうってことになったんだ」
「なるほど……! 二人共、ありがと!」
「いえいえ〜」

 慣れた手つきで時枝の腕に己の腕を絡める雫を横目に、佐鳥はゆっくりと来た道を再び歩き出す。佐鳥に置いて行かれぬよう、時枝達も腕を絡ませた状態ではあるものの、彼を追いかけるように歩き出した。

「……にしても、また雫ちゃん呼び出されてたんだね」
「その様子だと、隊に誘われた感じ?」
「そ。入らないし作らないって言ってるのにさ〜。噂だって結構流れてると思うけど、やっぱ無くならないもんだね」

 雫が疲れたようにため息を零せば、時枝が労わるようにポンポンと雫の頭を撫でた。髪型をバッチリキメていると分かっているからか、その手つきは酷く優しい。
 傍から見れば歳若い恋人同士のようにも見えるが、二人をよく知る人物達——それこそ、今彼らと共に歩いている佐鳥がそう言った話を聞けば即座に否定するだろう。「あの二人はそーいう関係じゃないよ〜」と。

「雫ちゃん、多分お昼まだでしょ? オレととっきーもまだだし食べに行こ〜!」
「行く!」

 佐鳥の言葉に目を輝かせて頷くその姿は、まさに愛らしいとしか例えようがない。雫のことを知らない人間が見れば、可愛い女の子と思うだろう。——まぁ生憎、"彼"は女の子ではないのだが。
 愛らしい顔立ち、髪型、服装。そして低すぎず高過ぎない声。それらの要素のみをまとめれば、大抵の人間は"彼"の性別に気付くことはない。

 雫本人もそれは分かっているし、分かった上で行動を起こしていることもある。つまるところ、四ノ宮雫はそういう人間なのである。

 彼は己の可愛さを充分理解しており、その上でそれを100%生かす仕草や動作をする。今のような仕草も、分かった上でのことだった。そしてそれはもちろんと言うべきか、今も尚雫と腕を組んで歩いている青年、時枝も分かっている事だった。
 時枝だけではない、共に歩いている佐鳥もそれは分かっていた。そして彼らがそれを分かっていることを、雫もまた、分かっていた。

 実の所、このことは雫と親しい者はもちろんのこと、雫とそれなりに交流があるものの中ではかなり常識に入ることだったりするのである。あざとさはあるがそこにしつこさは無いし、不快感もない。きちんと場を弁える常識はあるし、そういった意味でも不快感は微塵もわくことがない。
 それ故に、雫が己の可愛さを100%引き出す仕草や動作を見ても素直に可愛いと思うことが出来る。
 計算高い、と言うべきなのかもしれない。
 それとも、雫自身に人々を魅了する"ナニカ"があるのかもしれない。……それらの真実は、結局のところ張本人である雫のみぞが知る話でしかないのだけれども。

「食堂、何食べよっかな〜!」
「雫、野菜だけじゃなくてちゃんとお肉も食べなよ。また諏訪さん達に焼肉連れて行かれるよ」
「ゔ……わ、分かってるもん」

 分かっていると言いつつもあからさまに時枝から目を逸らす雫を見て、佐鳥がケラケラと笑った。「この会話何回目〜?」と言っているあたり、今のやり取りは初めてでは無いらしい。雫が正直に「分かんない!」と答えれば、すかさず時枝が彼の額に軽いチョップをお見舞していた。

「ま、食べきれなかったらオレが食べるからね!」
「ホント!?」
「うん! それくらいならいいよね、とっきー」
「……まぁ、うん」
「やった〜!」

 きゃらきゃらと嬉しそうに笑いながら、雫が時枝の腕を引いて先程よりも歩く速度を上げる。佐鳥も時枝もそうなることは分かっていたのか、特に慌てる様子もなく歩く速度を上げた。


 ——さて、ここでもう一度この物語の主人公四ノ宮雫に関してのことをまとめる形で記しておくとしようか。
 彼の名前は四ノ宮雫。年齢は十歳。見た目や服装、声と言った部分のみを見れば女子にしか見えないが、性別はれっきとした"男"である。
 己の可愛さを充分理解し、その上でその可愛さを100%生かすことが出来る人間。
 とてもじゃないが小学生とは思えない、そう言われたこともあるが——これまたれっきとした小学生である。

 そしてこの物語は、そんな"見た目は女の子、中身も大体女の子、ただし性別は男の子"の四ノ宮雫と共に戦う仲間達ボーダーの仲間達とが巻き起こす笑いあり涙ありの、ありふれた日常や非日常を書き綴った——そんな物語である。





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