今日もヒロイックに

警戒しているつもりなのに、何故こうも出くわしてしまうのか。本気でGPSでも付けられてるのかも思ったが、そこまでされるほど疑われていないだろうと思い直す。多分。

朝、アパートの階段を降りるとコナンくんと蘭ちゃん。会社帰りのスーパーで安室さん。こんな毎日が既にルーティンと化している。コナンくんと蘭ちゃんは、何かこう容姿的にというか、完全に正義側なので拒否できずに、結局途中まで一緒に歩いている。コナンくんの子供の容姿を最大限に活用したズケズケと突っ込んでくる質問と蘭ちゃんの優しさが交互で私を襲ってくるから、ストレスと優しさのサンドイッチで正直会社に行くまでが最も疲れる。
安室さんはというと、これがまためげずに何度も話しかけてくる。知ってはいたがこの男、途轍もなく粘り強い。「何処から引っ越されてきたんですか?」とか、「今週末は暇ですか?良ければお昼ご飯でも食べに来て下さい!」とか。
…完璧な笑顔だけど、こんな女にしつこく話しかけてくる理由がないし、目が笑ってないし、絶対に何か疑ってるんしょうね。

結局、まだハムサンドは食べられていない。

そんなこんなで、不本意ながら「隣のアパートの住人」から「知り合い」程度に半強制的に格上げされてしまった私だったが、今夜はどちらにも遭遇しなかった。何だか裏切られたような不思議な気分になりながらも、やっとストレスから解放されたことは素直に喜ばしい。

……と思ったらアパートの前でばったりと出くわしてしまった。詰めが甘かったな、と何処かの神様が私を嘲笑っている気がする。もういい、存分に笑え。
しかも、コナンくん、蘭ちゃん、安室さんに加えて今日はあの毛利小五郎までいる。何かどんどんと主要キャラクターと接触してしまっているが、何度でも言おう。これは不本意である。

「あれ、ナマエさんだ!こんばんは!」
「本当だ、奇遇ですね。お仕事帰りですか?」
「…ええ、まぁ」
「ん?何だお前ら、この姉ちゃんと知り合いなのか?」
「ほらお父さん、最近言ってるじゃない。毎朝会う隣のアパートの人。彼女がそのミョウジナマエさんよ」

蘭ちゃんに花のような笑顔で紹介されては、もう逃げ場はない。

「初めまして、ミョウジナマエと申します。…失礼ですが、毛利小五郎さんでしょうか?」
「あぁ、貴方が蘭達の言っていた!……ん"っん"ん。えー、そうです、私があの名探偵毛利小五郎でございます。以後、お見知り置きを。」
「……いえ、こちらこそよろしくお願い致します」

先程までより、いくらか低い声とキリッとさせた表情で自己紹介をしている毛利さんの後ろでは、コナンくんと蘭ちゃんが呆れたように口元をヒクヒクささている。苦笑いをしながら、アニメで何度も見た光景だと思い出す。そう考えた所で、未だにここを現実として受け入れきれてない自分に気付き、思わず表情を硬くしてしまい、それに比例して声色も硬くなってしまった。
するとその声と表情をどう捉えたのか。小五郎さんがこちらへあの金ピカ名刺を差し出してきた。うっ、仕事明けの目にはキツいものがある。

「何かお困りの事があれば遠慮しないで下さい。うちのヤツらもお世話になってるみたいだし、安くしときますよ」
「あ、ありがとうございます」

そんなに酷い顔をしていたのだろうか。まぁ何にせよ、気遣いを無下にはしたくないので、有難く頂戴しておく。
多分相談することはこれから先無いだろうが。

「先生、そろそろ事務所に戻らないと。もし本当にいらっしゃっていたら大変です」
「あぁ、そうだな」
「あ!ねぇねぇ、ナマエお姉さんも一緒に行こうよ!この間ミステリー好きだって言ってたよね。そんな大変な事件でもなさそうだし、ね、いいでしょ?」

何を言ってるんだこの小学生もとい高校生は!蘭ちゃんも「ちょっとコナンくん!」と慌てた顔をしている。ミステリー好きっていうのも、読み物としてはって話だったでしょうが。
しかし、そのコナンくんの無邪気に見せた言葉に乗っかってくる男がいた。

「そうですね、血腥いものでもないですし。有名な探偵の調査に御一緒できるなんて滅多にできない体験ですよ」

傍から見れば完全に善意なのが頂けない。
ね?とこちらに素敵な笑みを向けてくるが、貴方の仕事の事を考えると、これはやっぱり疑われてるんですよね。よし、断ろ「ねぇ、ナマエお姉さんお願い〜!」……やめてくれ、そんなうるうる目でこちらを見詰めないでくれ。親譲りのその演技は凄いけど、貴方の精神年齢を知っていると割と痛々しいんだぞ!

ここでこんな小学生を振り切って帰るとか、悪印象すぎるじゃないか。彼等には余り嫌われたくないのだ、ファンとして。

…………………一回だけ。一回だけ付き合おう。これで最後だ、彼らに付き合うのは。これが終わったら、引っ越すんだ私は。

「分かりました、いいですよ」
「えっ、本当ですか?すみません、コナンくん普段はこんなに我儘言わないんですけど…。そう言えばナマエさん、夜ご飯は大丈夫ですか?」
「えぇ、もう駅前で済ませてきましたから」
「うちのガキンチョがすみませんねぇ。ったくコナン。あんまりナマエさん困らせんじゃねぇよ。まぁ、私は大歓迎ですがね。この私の推理力、得とご覧に…「それじゃ、行こっか!」おい、最後まで聞け!」

そう言ったコナンくんはいつの間にか私の足元に来ていて、徐に手を繋ぐと探偵社に向けて歩き始めた。うわ、小学生だから手は小さいけど、意外と力は強いのね。まぁ、あれだけの修羅場を潜り抜けてきたら強くもなるか…。

そう考えてみると、目の前の小さな男の子が何だか格好良く見えてくる。自分の好きな子のために頑張る彼が今私の手を掴んで離さないのは、いざという時自分を盾に彼女を守る為だ。

……いいなぁ、守ってくれる人が居るって。いや、まぁ彼の周りの女の子達は逞しい子達ばかりではあるけど。
自分が危険人物候補にされているにも関わらず、ナマエはほっこりしたような、何だか寂しいような心地になった。

「コナンくん、そんなに引っ張らなくても逃げないから大丈夫だよ」
「えっ…あ、うん。ごめんなさい」
「ううん、じゃあ行こうか」

そう言って、彼にニコリと微笑む。
そうすると、何故か彼は目を丸く見開いて、何とも言えない表情をした。それも一瞬だったが。

私、そんなに変な顔だっただろうか?