愛の泥濘
器官に穴が開いたかのような、か細い声だった。小さな穴から聞こえる一点に集中されたその声の主は私。
自分の声が蟲の蠢く音に遮られてあの人には聞こえない、聞いて、聞いて、私の声を聞いて。左手を伸ばすのを躊躇って右手を伸ばす、右手は綺麗だから。
胎に巣食う蟲、偶に暴れて私に血肉を求める。滴る液体は私の血液で、この小さな増血剤のカプセルが私の命を繋ぐと考えたら生きているのさえ馬鹿馬鹿しくなった。
優秀な医療忍者が木ノ葉にいるらしいが、砂は借りを作りたがらなかったし、私の正体は他里には禁忌だった。どうしようもない死の足音に日々耳を傾けて賽子が振られる。
しかし、風影が代わり、大戦に終止符が打たれて最近ではそんな日もあったわねと笑い話にしている。
大親友が泣いて喜んでくれた私の治療。
快く引き受けてくれた木ノ葉の医療忍者の人達。そして風影とも在ろう方がただの恋人の為に頭を下げてまで私を助けてくれたのだ。
我愛羅君とは幼馴染のようなもので同じく胎に害を宿していた。私が血を吐き、蛭が皮膚を破く度に心底心配してくれていた。
付き人であり彼の叔父の夜叉丸を殺すまでは。それでも私は本当に本当に我愛羅君にされた事が嬉しくて仕方なかった。失敗作として産まれた私に光をくれた人なのだから。
例え、どれだけ冷たくあしらわれても次は自分が彼を助ける番だと意気込んでいた。気を引くのが下手な私は本当に馬鹿で今思えばそれなりに恥ずかしい事をしていた。思わず思い出して失笑してしまう。
蛭の居ない身体は軽くて何か寂しいものがあった。スプーンで所々を丸く抉られたようなそんな気分だ。トクントクンと一定を刻む左胸には術の跡。枕元にある痣を消す薬。これをずっと飲み続けなければ痣がまた浮き出て来るらしい。医療忍者であるサクラが心配そうに説明してくれた。彼女とは先の大戦で同じ部隊になって以来仲良くさせて貰っている。
木ノ葉の程よく暖かな気候に思わず欠伸が出た。病室の窓から漏れる木漏れ日を浴びてまるでスポットライトのようであった。覚束ない足取りではあるものの、手摺を使って窓の外を見る。
文によると今日は大親友のテマリが来るとの事で居ても立っても居られない私はカレンダーに大きく二重丸を付けて待って居たのだ。
「…寝てなくて平気か?」
耳にキュッと切なくなるような声色が届く。ああ、これはテマリじゃなくて…
「我愛羅君…!お仕事はいいの?」
胸がぎゅうと苦しくなる。おかしい、蛭はいないのに。もうこの気持ちを蛭のせいに出来ないじゃない。
「丁度こっちに寄る用があってな。後でカンクロウとアム、勿論テマリも来るはずだ。」
笠を持って私に笑いかけるその顔は私が一番探していたもので取り戻すべきものだった。
それを何年も何年もいる私より胎に"尾獣"がいるという接点のほとんど初対面のような少年が取り戻してくれた上に命まで救ってくれた(蘇生は亡きチヨバアあってこそだったが)のだから嫉妬してしまう。
だけどそれが心底心底有り難くて、申し訳無くて…ちゃんと歩けるようになって外出許可が降りたら頭を下げに行こうとつくづく感じる。
「そう…あの…ありがとう、私を助けてくれて。結局小さい頃からずっと私、貴方に助けられてばかりだわ。」
「いや、それは俺の方だ。幸蚕がいつも側にいるのが当たり前になっていた、苦しみに気付いてやれずすまない。」
どうしてそんなに痛そうな顔をするのか、私は本当に愛されているのだと自惚れてしまう。好きで好きで仕方ない、今すぐに左手首からこの針を抜いて抱きつきたい。私は涙を人差し指で擦るように拭った。
「好きよ、今迄もこれからも。ずっとずっと、私きっと幸せになれると思うの。」
病室で微笑む私達に幸あれとガサガサと風に揺れてた靡く青葉に願う。