けがれないでしあわせよ

チェロアイトの歪んだ油彩画は夜を歩く。
その存在自体が男の為にあるかのような婀娜っぽさを孕んでいるその出で立ちに道行く男は振り返る。漂った残り香を鼻腔に入れようと深く息を吸うのだ。

"魅惑" 女にとって紙切れを得る為の性行為は日常の一部、極普遍的で何気ない会話のようなものだった。女は別に娼婦では無いし水の流れに左右されるちゃちな商売を生業としているわけでもなかったのだが、致し方ない理由が其処には丸太のようにごろりと転がり動かぬのだ。

「只今。お土産あるわよ。」

石造りの部屋で先程まで嬌声を上げる演技をしていた声が演技を辞めて素を見せた。疲れ等一切見せず赤い縁取りの化粧で笑う姿に10代半ばか後半かの少年2人が反応する。駆け寄った金髪の活発そうな少年に"紙切れ"で買った土産を渡す。

「いつもごめんよ、姉貴。でも、オイラもう土産なんか無くても姉貴が帰ってくるだけでいいぞ、うん。」

"姉貴"と親しげに呼ばれた女の瞳に宿る琥珀が波打った。波濤は動揺であった。"まずい。" と赤髪の少年を琥珀が覆うように捉える。

「羽振りがいいのは結構だが、俺は待つのが嫌いなんだよ。分かるだろ、姉さん。無駄な事すんじゃねぇ。」

有刺鉄線に絡められた言の葉の鉛が女の体内に回転を掛けて転がり込む。握り拳に力が入り、彼等と揃いで色を付けた爪が食い込む。肩は震えていた。紅で彩られたぽってりとした形の良い唇も、桜色の頬も震えていた。怯えた顔こそ女の幼い顔立ちがはっきりと分かる瞬間である。

「お土産が嫌だったの?デイダラ、サソリ…。ごめんなさい、姉さんがもっと早く気付いていれば…」

指で弾いて出たかのような弦楽器を彷彿とさせる音に弟達は顔を見合わせた。デイダラにはあからさまな焦りが、サソリは顔にこそ出ないが一瞬瞳孔がいびつに歪んだ。

「い、いや!違うぞ!?泣きそうな顔はよしてくれよ、うん。姉貴…いや、そのさ」

渋るデイダラに苛立ちを見せたサソリが毒針を仕向けるかのように口を開く。

「俺を待たせんじゃねぇ。あんたが見ず知らずの男と寝なくとももう金も十分だ。バレバレなんだよ、演技派女優のつもりか?あぁ?」

女は姉さん分としての本当の有るべき姿を見失っていた。"幸せ"こそ全てで無ければならないと、自分が2人を"幸せ"にする。と独創的な幸福理論を構築する砂上の楼閣さえ胸の内にあったのだ。だが、この弟分達は最早子供じゃないと実感させられた。

20年以上女と居たサソリには悟られても仕方ないと割り切っていた。しかし、デイダラも彼が9つの頃から女は"姉貴"として共に過ごし、10年の月日が経っていたのだと思い知る。

どくどくと体内を流れる血流が妙に暖かい。女は乾いた唇を開いて確かな口調で音を紡ぐ。反物を織る糸のように細く正確に美しく。

「きっと、私。勘違いしてたのよ。貴方達を幸せにする事で姉さん分としての立場を守ろうとしていたわ、お金に頼って。でもそうじゃないのよね、私達もう家族みたいなもんだもの。一緒に暮らして一緒に仕事して一緒に夜を見送って、淡色の靄がたなびく空に朝日を迎えて。その平凡な家族像がどれだか幸せか、私忘れてたみたい。」

「里抜けして後悔でもしてんのか」

「いいえ、ちっとも。貴方が居ない里なんて滅びてしまえばいいって思ってるくらいよ。それにデイダラにも出会えたわ。とってもとっても大切な居場所だもの。こんな犯罪者が一丁前の人間みたいに幸せを得るだなんて二度と無理だと思っていたけど、こんな些細な歓びが一生続けば良いのになんて思ってしまうの。」

女はあどけない顔で"欲張りよね"と眉尻を下げて微笑む。女は此処では最早只の女だった。

この直接的な血の繋がりなど一切ない不可思議な関係には本物の姉弟を超えるものが確かにあった。これこそ芸術の真髄、不朽の愛なのだと。

オパールの凄烈な眩さに端正な水彩画は朝にたじろぐ。
その存在自体が幸福の為にあるかのような心からの笑みを浮かべ、人間のように家族愛を語る。幸せの残り香は陽だまりを作り、木漏れ日に揺蕩う。

"希望" 女にとってそれは細やかな喜び、幸せ、2人の家族は日常の一部、極普遍的で何気ない会話のようなものだった。女は別に母親では無いし実の姉でも無かった上に犯罪者としての顔さえ持つ。そんな彼女達が幸せにならねばならないような致し方ない理由が其処には死人のようにごろりと転がり動かぬのだ。