02

 授業が終わり放課後、カレンとの約束の場所へと向かう為一旦帰宅したわたしは急いで準備に取り掛かった。他校の男の子も一緒なので、なるべく露出が少ないものがいいと時間がないながらに悩んで決めたのは、白いチューブトップに白いレースのトップスを上から着て淡い青色のひざ丈のスカート型サロペットを身に纏って全身鏡で身なりを確認した。
「うん、こんな感じでいいかな」
 清潔感を持たせて身支度を済ませお気に入りの赤のスウェード生地のパンプスを履いて家を飛び出し足早に待ち合わせをしている最寄りの駅前に向かった。駅前の時計は待ち合わせ時刻の十分ほど前を指していて、少し早めに到着したわたしは乱れた息を整えながらカレンを待つ。約束の時刻は午後五時。わたしはカレンを待つ間の暇を潰そうと最近になって好きになった著者の新刊の恋愛小説本を取り出した。誰かと待ち合わせをするときは大抵早めの行動を心がけていていつも相手よりも早く到着するので、このスタイルがデフォルトだったのだ。一人で小説本を読んでいると必ず邪魔が入る。通りすがりの男性に話しかけられることはわたしにとっては恐怖心を煽るものの何者でもなかった。なので最近は防御策としてイヤホンで周りの音を遮断してから読むようにしているのだ。活字の世界に相当集中していたみたいで到着したカレンに呼ばれているのも気づかなかったようだ。カレンがわたしの肩をポンポンと叩いたことで小説の世界にどっぷりと意識が入り込んでいたわたしは現実の世界に引き戻された。
「ゴメンね待たせちゃって」
 申し訳なさそうに手を合わせ謝罪する彼女の服装は膝上丈の華やかな柄のワンピースで、彼女によく似合っているなと思った。
「全然。本読んでたらすぐだったよ」
 わたしが言うと彼女は安堵したようで走ってきたのか今やっと切らした息を整えていた。約束の開催場所は待ち合わせていた駅前からほど近いカラオケボックスとあらかじめ決めていたようで彼女に続いてわたしも歩き出した。いつも明るい彼女が更に上機嫌で心から嬉しそうにしているので、わたしまで一緒に嬉しくなってしまう。恋する女子は意中の人に好かれようと努力をする。その気持ちに相手も応えてくれたら、それはどんなに素敵なことだろうと思ったのだった。わたしもいつかはそっち側にいけるのだろうか? このままの人間不信なわたしではこの先の未来でも可能性はかなり低いのではないだろうか、と考えていた。今はまだ自分が誰かの隣を歩くだなんて想像もつかない。男性との関わりを最小限にしているわたしをカレンは心配して誘ってくれたのかもしれない。しつこいほどの今日の食い下がりだったのかと思っていた。
 ぐるぐると思考を巡らせていて、途切れる事なく話す隣の彼女の言葉は、全くといっていいほどわたしの頭には入ってこなかった。
「雛! ほらあの人達だよ」と彼女が前方を指差し言った。指された先に目をやると相手の二人は既に到着していたようだった。片方の男子がカレンに手を振って、彼女もそれに応えていた。今朝言っていたのはあの人なのだとカレンの表情でわかってしまった。
「ごめんね、待った?」とカレンが言った。
「ん、俺らも今来たとこだから」と彼も言った。
 彼は目線をカレンからわたしに移して「この子が前に話してた子?」とカレンに聞いた。
「そうだよ! ね、可愛いでしょ」と何故か誇らしげに彼女がわたしを紹介したのだった。その流れでスムーズに自己紹介ができた。
「はじめまして、藤咲雛です」
 ぺこりと頭を下げたわたしをまじまじともう一方の男子が見つめていた。珍しいものでも見るかのように向けられる視線にわたしはとても居心地が悪かった。目がばっちり合ってしまって、彼は笑顔を浮かべてわたしに一歩近づいた。
「あ、悪い。俺橋野って言います。よろしく」と、右手を差し出した。握手を求められていることに気付いて差し出したわたしの右手を取って彼はぶんぶんと振った。人懐こい彼をわたしは栄純君に似ているな、と思ったのだった。
 軽めの挨拶を交わしたわたしたちは店内へと足を踏み入れた。白が基調の店内は赤色とのコントラストが相まって明るかった。平日の午後なだけあってカラオケ店には制服姿の学生が沢山来店しているようだった。わたしたちもしばらくは待機かと思ったが、先回り予想して彼らが予約を入れていたらしく待たずにすんなりと案内されたのだった。通された部屋は四人で座るには少し広く、入り口横に液晶画面があって、その下の棚にはいくつもの機器が数段に分けて置かれていた。真ん中のテーブルを挟んで男女に別れて向かい合う形で座った。液晶からは司会者とアーティストの対談が流れていて、場面が変わり歌手のプロモーションビデオに移り変わったところでカレンの想い人である彼が切り出した。
「じゃあまずは自己紹介からいこうか。俺は稲実二年の横山颯、部活は美術部で今は文化祭に向けて展示する絵を描いてます。カレンちゃんとは何度か遊んでるよね。今日も楽しもう!」と爽やかに微笑んだ。そうして「じゃあ次は橋野」と言って隣に座る彼の肩に手を置いた。名前を呼ばれた彼が続けて自己紹介を始める。
「同じく稲実二年、橋野優征です。えーっと、実は藤咲さんのことは友達から聞いてて知ってるんだ。今日はその本人に会えて光栄です」と言ってはにかんで笑った。その言葉に一番に反応したのはカレンで興奮したように橋野に質問を投げかけていた。
 二人が通う稲城実業高校も西東京地区で青道高校と並んで野球の強豪校と有名でわたしももちろん知っていた。なぜならわたしの幼馴染がその高校に通っていたからだった。
 カレンの質問が止んだところで「友達ってもしかして鳴ちゃんの事ですか?」と訊いてみた。訊かれた彼は「そうそう、成宮鳴のこと!」と嬉しそうに言った。
 最初こそ男女に分かれて座ったが、必然的にわたしは橋野と、カレンは横山と分かれて座る形になった。移動した席で隣に座った橋野が頼んだコーラを一口飲んでから話し出した。
「成宮に君の話はよく聞かされててさ。まーほとんど愚痴なんだけど。君が稲実じゃなく青道に入ったときは本当に悔しそうにしてたよ」
「そうだったんですね。鳴ちゃん、最近会ってないけど元気そうで良かったです。鳴ちゃんには稲実に来るようにって誘われていたんですけど、なんだか言う通りにするのはどうかなと思って。行きたい高校は自分で決めたかったので」
「なんとなくわかる気がするよ。あいつほんと俺様だから、藤咲さんが稲実に入学してたら大変だったかもね」
 彼は眉を下げ困ったように笑った。つられて私も「そうですね」といって笑っていた。共通の人物の話題で話が弾むのは、話の種が鳴だからだろう。彼は何かと話題には事困らないらしかった。鳴といえば鳴らしい。やはり彼はあの頃と何も変わっておらず、相変わらず野球のことで頭がいっぱいのようで、わたしはそれが理由もなく嬉しかったのだった――。
 数時間過ごして楽しかった会はお開きになった。わたしは鳴の友人の彼と連絡先を交換し、カラオケ店の前で解散の運びとなった。
「じゃあ、名残惜しいけどここで。今日は楽しかったよ」と横山が言った。わたしはカレンと帰路の途中まで同じ道だったが、横山と二人で少しだけ寄り道をして帰ることを予め女子トイレでのミーティングで知らされてので、彼女は自然に彼の隣にいたのだった。カレンと彼はわたしたちに背を向けて仲良さげに歩いて行った。その場に残されたわたしと彼では自宅の方向が真逆なのだ。親切にも「送っていくよ」と言ってくれたのはありがたい提案だったが、初対面で思いもよらず話が弾んだ相手とはいえわたしの性格上甘えることはできなかったので、お礼とともに丁重に断った。
「じゃあまた連絡するよ。気をつけて」
「ありがとうございます。じゃあまた」と軽い会釈をして彼とは別々に帰路についた。
 駅前なこともあり人通りは幸い多いようだった。以前、つきまとい所謂ストーカーに遭ったこともあり普段から姉には『一人で帰るな!』と散々過保護に注意されていた。わたしももう高校生なのだから一人で帰れるのに、と思ってはいたのだが、迷惑をかけるまいとその言付けを律儀に守っていた。だから今日は久し振りに姉の注意を破ってしまったのだ。友人の恋路の邪魔はしたくなかったので好判断だと自負している。二人の気持ちがうまく通じ合えばいいと思った。
 駅前から少し歩くと途端に人通りは少なくなり、夜八時前には道は薄暗く街灯もまばらにあるだけだった。なるべく明るい道を選んで歩いていたつもりだったのだが、ネオン看板が光るコンビニを通り過ぎたところで男二人が伺いながらわたしに近づいた。
「かーのじょ! 今から遊びに行こうよ」
「うわっ! かーわいい! 当たりだな」
 金髪で長髪、耳にはピアスが数個あいていて、いうならばヤンキーの風貌の男と短髪だがオールバックの髪にタバコを咥えている男がにやにやと嫌な笑顔で言った。二人の見た目の派手さに気後れしたわたしは思ったように声が出せなかったのだ。その様子を見た男二人は顔を見合わせてにやりと笑い頷き合った。
「怖がらなくていいんだって。楽しいことするだけだから」と金髪の男が言いながらわたしの肩を抱き寄せた。その行為でわたしの肌は粟立ち、嫌悪感に苛まれた。
「――! やめてくださいっ!」
 ようやく声を振り絞りだせたわたしは、肩に触れた男の手を力一杯に振りほどいた。
「嫌がらなくていいじゃん。俺たち怖くねーって」
 拒否するわたしの必死の態度は男たちには伝わっていないらしかった。到底諦めるつもりもないらしい。ああ、こんな事なら彼の送ってくれるという申し出を断らなければ良かった。と後悔した時にはすでに遅く、人通りの少ない道では助けを呼ぶ手段もない。こうなれば走って逃げようか? とも考えたが、若い男二人を振り切れる程わたしの脚は速くはない。絶望感で半ば諦めようと思ったその時、後方から「俺のツレになんか用? 困ってるみたいだけど、あんたら知り合い?」と、突然声が掛かった。驚いて振り返ると栄純の野球部の先輩、御幸一也がキャップを被りコンビニ袋片手に眼鏡を光らせていた。
「なんだお前! こっちは良いとこなんだよ、邪魔すんじゃねーよ!」
 オールバックの男が御幸に掴みかかろうとしたが、それを難なく躱して涼しい顔をしていた。そしておもむろに二つ折りの携帯を取り出してボタンを操作し発信して携帯を耳にあてた。少しして通じたのか淡々とした声色で話し出した。
「あ、もしもし警察ですか? 今道端で男二人に襲われてる女性がいるんですが、すぐに来てください」
 彼の言葉で青ざめた二人は「やべー」「いこーぜ」と慌ててその場から走り去って行った。男二人の姿が遠くになったところで彼は携帯の上部を指でつまんで画面を男たちの後ろ姿に向け「騙されてやんの」と、いたずらっこのような顔をして舌を出したのだった。

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