04

 約束の昼休み。四時限目の終了のチャイムと共に慌てて勉強道具を机の引き出しに戻して、机の右手横のフックに掛けている鞄を掴んで教室を後にした。
 念の為カレンには予め昼食は一緒に食べれないかも、と伝えておいた。
 所在クラスは栄純に訊いていて迷わず二年B組へと急ぎ足で向かった。
 上級生のフロアというのは一年のフロアとは雰囲気が変わって昼休憩なこともあって二年生たちが沢山廊下に出ていたのだ。そこに鞄を抱きしめて進む雛が珍しかったのか、稀有なものでも見るように皆が振り向いたのだった。
 こんな事なら待ち合わせ場所を決めておけばよかった。と後悔したのは言うまでもなかった。
 自ら行くとは言ったものの不躾に投げられる視線に雛は体が竦む。
 教室扉の上方に掛かっているクラスプレートを確認しながら長い廊下を早足で歩いて投げられる視線を掻い潜りようやく目的のクラスへと辿り着いたのだった。
 後方の扉にぴったりと身体を付けて、姿を隠すように顔だけひょっこりと出し教室の中を見渡した。
 あ、みつけた!
 目当ての彼は窓際の一番後ろの席だった。
 深呼吸をしてみたが緊張し声が震えてしまった。
「すみません。御幸先輩呼んでもらえますか?」
 人見知りの雛が勇気を出して廊下側一番後ろの先輩に御幸を呼んでもらうように頼んだのだ。
 声を掛けられた先輩は雛を見て信じられないと言うような顔で目を見開いて固まったが、二つ返事で了承し、目的の人物に雛が来ていることを伝えに行ってくれたのだった。
 ……あー、緊張したぁ。声を掛けた先輩が良い人で良かった。
 雛は言伝を頼んだ先輩の後を目で追った。
 その彼に呼ばれた御幸は一度こちらに目をやって納得したように立ち上がり、机の上に開いていたノートを閉じてから雛に駆け寄った。
「悪りィ。気付かなかった」
「いえ、わたしも堂々と入って行けなくて」
 雛たちのやり取りを珍しそうに見ていた二年生たちはざわめき始めた。ひそひそとした声で「一年の藤咲さんだ。御幸と付き合ってんのかな」「あの子御幸君の彼女?」と噂される声が雛に耳にも聞こえていた。
 わたしと噂されるなんて……先輩ごめんなさい。
 雛は御幸に対しての申し訳なさで身を縮こませた。聡い御幸はそれに気づいたようだった。
「あー……、ちょっと場所移動しよーか」
「すみません……」
「大丈夫大丈夫。注目されんのは慣れてるから」
 冗談か本気か御幸が飄々と言い放った。
 教室内の何かに気づいたのか御幸は
「ごめん。少しだけ待って」と言って先程座っていた席に戻り、出しっ放しだったノートを片付けた始めた。そんな御幸を見つけ、ものすごい速さで駆け寄ったのは、朝、栄純に絡んでいた倉持だった。彼も御幸と同じクラスだったのだ。
 雛をちらりとみた倉持が御幸に詰め寄り、言い合いを始めた。彼らが何を話しているのかは雛には聴き取れないが、倉持の方はどうにも気が立っているようだった。
 御幸によってなだめられ急に大人しくなった倉持が御幸の後に続いて廊下で待つ雛に近づいた。
「悪りィ藤咲さん。なんかコイツも一緒に行くって聞かなくてさー。いーかな?」
 倉持を親指で指差し言った。
「はい。大丈夫です」
「だって、良かったな倉持クン」
 にやりと歯を見せた笑みを浮かべ御幸が倉持の肩にぽんと手をやった。
「うるせー」と言いながら倉持は御幸の腕を迷惑そうに払ったのだった。やりとりを静かに見守っていた雛に「ここじゃ落ち着かねーし、行こっか」と御幸が言って頷いた雛を確認してから廊下を歩き出した。続いて倉持が横を歩き、その一歩後ろに雛が付いて行ったのだった。珍しい組み合わせの三人にまたもや注目が集まったのはいうまでもなかった。

 御幸と倉持に付いて辿り着いた場所は、二年フロアの廊下から続く階段を一番上まで登った屋上だった。立ち入り禁止にはなっていないが、登る階数が多いのでわざわざ好んで来る生徒もいないようだった。屋上に出るための扉には鍵がかかっておらず、難なく外にでられた。
 今日は晴天で雲ひとつない澄み渡った青空だった。
 黒ずんだコンクリートの上を歩いて、屋上のフェンス越しに校舎を見下ろすと、ちらほらと皆おもいおもいの場所で友人たちとの昼食を楽しんでいるようだった。
 初めて立ち入った屋上に興奮していた雛は彼らが一緒だったのにも関わらず我慢できずに屋上からの景色を楽しんだ。
「藤咲さん? そんなに屋上が珍しい?」
 声に反応して振り返った雛に声をかけたのは御幸の方だった。
「あ、すみません。珍しいとかじゃなくってただ屋上ってこんなに気持ちのいいところだったんだって思って。今まで知らなかったのが悔しいくらいです」
 柔らかにそよぐ風に流される髪を耳にかけながら言って、思い出したように鞄から淡いピンクの包装紙に包まれたクッキーとレモンの蜂蜜漬けを取り出し、少し離れた場所にいる御幸に近づき差し出した。
「つまらないものですが……」
「いやいや、ありがとな。今日の練習終わりにでも食べるよ」
 微笑みながら受け取った御幸の手元を後方から不思議そうに覗くのは倉持だった。
「あ! なんだそれ!」
「あー、まー色々あってな」
 御幸が含んだ言い草をしたものだから、倉持は気になって仕方ない様子だった。
「あ、それは――」と言いかけた雛に向けて御幸は人差し指を立て唇に指を当てて内緒だと合図を送った。
 雛は大きく頷いて全開になっている鞄のジッパーを閉めたのだった。
 目的も果たした雛は「貴重な時間をどうもありがとうございました」と言って深々と頭を下げた。
 お礼も渡せたし、先輩たちもお昼ご飯だよね――。
 御幸にきっちりとお礼ができ、これで無事ミッションコンプリートだ。
 雛は晴れやかに笑って
「ではこれで失礼します」
 踵を返そうとしたのに、御幸によって腕を掴まれてしまいそれは叶わなかったのだった。さすがの動体視力である。
「ちょっと待った! 藤咲さん時間大丈夫ならちょっとコイツとも話してやってくんねぇ? 藤咲さんに会いたい会いたいってずっとうるさかったんだぜ」
 腕を取られたことで驚き声が出ず、心臓が早鐘を打ったようにどくどくと落ち着かない雛は顔まで赤くなる始末だった。
 異性(鳴以外)に触れられての反応は決まって鳥肌が立ち嫌悪感を抱くものだった。
 鳴に触れられた時は恥ずかしさはもちろんあったがそれは楽しさと嬉しさが同時にこみ上げるようなもので、こんな風に触れられても嫌な気持ちならずにましてや今みたいに顔が火照るようなことは殆どなく戸惑いを隠せないでいた。
 早く手を離してほしいと思ったのに振りほどこうとは思わなかったのだ。
 雛は振り向き御幸を見遣った。御幸の目線はもうすでに倉持へと移っていた。
「ちょっ! 御幸テメー! バラすんじゃねーよ」
「ははははっ、悪りィ悪りィ」
 倉持により胸倉を掴まれたと同時に雛の腕も御幸の手から解放された。身体をがくがく揺さぶられているのに御幸は悪びれなく笑ったままの表情を崩さない。寧ろ倉持をからかって楽しんでいるようだった。
「く、倉持先輩……どうかそのくらいで。わたしでよければいつでも呼んでくださって大丈夫なので!」
 揺さぶられて続けている御幸が心配でつい口から出た言葉だったが、倉持には効果があったようで襟元を掴んだ手がそのまま固まって、倉持自身も動きが止まったのだった。
 安堵した雛は短い溜め息を零した。
「倉持先輩の事は栄純君からも紹介するって聞いてたので」
 先程掴まれた腕の熱はまだ持ったままで御幸の顔を見れなかった雛は目線を下に泳がしていた。
「沢村と仲良いってのが意外すぎんだけど。あいつにナンパでもされた?」
「されたというよりはしたというか――」
「藤咲さんが!?」と雛の発言に倉持が絶句した。
「すげー、見かけによらず積極的だな……」
 御幸も顎に手を当て目を細めて雛を見た。
 この顔は、誤解されているかも……。
 思った雛は栄純との馴れ初めを丁寧に最初から説明したのだった。
「――へぇ。アイツそんな宣言してたのか!」
「はい! あの時の栄純くんはとてもカッコ良かったんですよ!」
 つい二ヶ月程前のことだが、懐かしむように思い出し自分の事のように誇らしげに話した。
「あー……なんか光景が眼に浮かぶわー。気持ちだけは大物だからな、あいつ」
 納得したように腕を組み頷く倉持に賛同した御幸も
「そうだな。あいつバカだしやりそーだよな」と目を閉じ頷いた。
「バ、バカって……そんなことないですよ! クラスでもムードメーカーで、栄純君の周りにはいつも笑い声で溢れてますし、すごいんですよ――栄純君」
 栄純を思い浮かべて恍惚とする雛を見ていた倉持と御幸は互いに顔を見合わせた。
「藤咲さんは沢村のことが好きなんだ」
 御幸により意想外なことを言われ「えっ!?」と雛は呆けてしまった。
「そうだったのか! 俺ショックだわ……」
 倉持は肩をがっくりと意気消沈している。
「そ、そんなっ! 確かに好きですけど、それは友人としてというか――」
「はははっ! わかってるって。ちょっとからかっただけ」
「からかったって……。御幸先輩って結構――いえ、やっぱりやめときます」
 意地悪ですね、と言おうとしてすんでのところで我慢した。
 だんだん解ってきたことは、御幸は思ったよりもいい性格――もちろんいい意味ではない――ということだった。
「けど藤咲さんにそこまで好かれて、あいつきっと調子に乗ってんな。……あとで絞めてやる」
 物騒な発言をして体の前で拳を作った倉持は悪人ヅラをしていた。
 あぁ、また余計なことを言ったかも。と後悔した。
 これは大変だと慌てて話題を変えようと試みた。
「そ、それより倉持先輩。クラスの女の子が倉持先輩のこと足が速くてカッコいいって褒めてましたよ」
「お、マジで?」
「はい! なのでわたしも今度の試合観に行ってもいいですか? 先輩の活躍を生で見たいので!」
「沢村のバカも見れるしな!」
 ヒャハハ! と倉持が笑ったのを見て雛は胸をなでおろした。
「じゃ、これからよろしくって事で」と倉持が照れた笑顔で手を差し出したので「はい」と笑顔でそれに応えた。
 倉持の提案で連絡先を交換した雛たちだったが「ついでに俺も」と御幸もそれに便乗したのだった。
「お前はいいだろっ」
「いやいや、必要だろ?」
 いちいちじゃれつく二人はとても微笑ましかった。
「お二人は仲が良いんですね」
 雛が言ったら、倉持からの突っ込みが間髪なく入ったのだ。
「なんでコイツと」
 顔を歪めた倉持に対し、苦笑いをする御幸は
「ははは……」とこちらも乾いた笑い声を出していた。
 そうしてどのくらい話ししていたのかたまたま携帯を見た倉持が「うわっ! やべー」と叫んだ。
「うわっ! やべー」
 突如出された大きな声に雛の肩が跳ねた。
「なんだよ倉持」
 怪訝そうに眉を顰めた御幸に倉持が続けた。
「そういえば昼飯まだだった」
 どおりでお腹が空くはずだった。
 雛も鞄には弁当が入っている。
「あと十五分しかねぇ!」
 倉持は御幸に「学食いくぞ」と慌てているようだった。
 倉持は雛に軽く挨拶をしてから屋上を出て行った。
 屋上に着いてから話し込んでいたらしく雛も携帯で時刻を見ると結構な時間が経っており、このままでは昼食を食べ損ねてしまいそうだった。
「藤咲さんも行く?」
 言ってくれたのは御幸でその場に立ち止まり雛の返事を待ってくれたのだ。
「おい、御幸―。先行ってるぞー」と言って先に屋上から校舎に戻った倉持が軽快に階段を駆け下りる音が聞こえた。
 お誘いは嬉しいけど目立つのはちょっと恥ずかしいし……。
 少し迷ったが雛はギャラリーに見られるのは慣れていると言った御幸と違って注目されるのは苦手なたちだ。学食だと人も多いので目線を浴びるのは必須だろう。
「せっかくのお誘い嬉しいんですが、友達も待ってるのでわたしは教室に戻ろうと思います」
 無難な言い訳をして残念だが今回は断ることにした。
「そっか。――じゃあこれ、ありがとな」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
 これ、と言ってクッキーと蜂蜜漬けを指差して爽やかに笑顔を残した御幸は足早に階段を駆け下りて行った。
 そのあとすぐに雛も屋上から戻ってしっかりと扉を閉めたのだった。



 放課後も練習を見に行くからと栄純との約束を果たそうと、掃除を終えた雛はいそいそと帰り支度をしていた。
「雛―――!」
 バタバタと廊下から慌ただしく教室へ帰ってきたのはカレンだった。
「ちょ、ちょっとー! なんで教えてくれなかったのよ!?」
 興奮しながら言ったカレンの言葉の意図が分からず首を傾げた。
「だって雛、御幸先輩と付き合ってるんでしょ!? いつの間に仲良くなったのよ!」
「……? カレンの言ってる意味がわからないんだけど……」
「だから、見たって人がいるのよ! 雛と御幸先輩が屋上から出て来たのを」
 見られていてもおかしくないが実際には倉持も一緒だったのだ。事実とは異なる噂に驚きを隠せないでいた。
「屋上では倉持先輩も一緒だったよ。昨日お世話になったから、そのお礼を渡してただけだし……。御幸先輩とは何もなかったよ」
 雛が言うと、それまで目を輝かせていたカレンが残念そうに肩を落とした。
「なんだ、残念。まぁでもそうだよね。雛と御幸先輩じゃ接点がなさすぎるから、おかしいと思ったのよ」
「そうだよ。接点といえば御幸先輩と野球部が一緒の栄純君くらいだし、それにまずはカレンが気づくでしょ?」
「そりゃそっか! ま、でももし好きな人とか彼氏ができたらわたしには教えてよね!」
「うん。もちろんだよ」
 カレンと二人で笑い合った。
 これから栄純の練習を見に行くと雛は言って一緒に行くかを訊いてみれば、カレンは昨日の彼、横山との約束があるらしく、嬉しげにスキップでもしそうなほどだった。幸せオーラを放ち惚気るカレンの話を聞きながら昇降口まで一緒に歩き、「また明日ね」と靴箱のところでわかれたのだった。

 雛が野球部グラウンドに向かうと練習を眺める女子生徒たちや他校の偵察だろうか同じ年頃の男子もちらほらといた。雛は人数の多さに怖気付き、少し遠めの場所で立ち止まった。
 グラウンドに目をやると丁度目線の先に栄純を見つけた。隅の方で上級生らしきキャッチャーとピッチング練習をしている。遠目でもわかるほど栄純のリアクションは大きくて褒められたのか、怒られたのかが一目瞭然だった。
「また怒られてるみたい。頑張って、栄純君!」
 練習を見ているだけでも気が気じゃないのに、試合となったら正気でいられないのかも知れない。
 夢中になって応援していた雛に近寄ってきたのは見た目が派手な三人組の女子生徒だった。その中の一人、三人の中でも特に一番派手なルックスをした女子が
雛に言い寄った。
「御幸くんと付き合ってるって本当なの?」
 ねぇどうなの、と顔をずいっと突き出して雛の目を覗き込むように見た。



 華菜に手を引かれ到着した野球部専用グラウンド。そこにはもう沢山の女生徒やOB達がフェンス越しに練習風景を観ていた。それを見た雛は怖じ気付きその場に固まる。

「華菜、やっぱり私帰る……」
「何いってんの! ここで帰ったらまた呼び出しされてゆっくりお昼ご飯食べれない日々がくるんだよ!? それでもいいの?」
「それは」

 イヤだけど、あの中に入る勇気がないよ……。
 胸の中での呟きは華菜には到底届くはずもない。

「つべこべ言ってないで、ほら行くよ!」

 返事も聞かずに華菜はグイグイと雛の手を引き、沢山いる女生徒の間を抜けて御幸の姿が一番見える位置へと連れていく。ザワつきだしたこちらの様子を偶々見たのか御幸は、目を大きくさせて固まってしまった。その姿を目撃した華菜は

「ほら、手振って!!」

 小声で言う。恥ずかしさの余り中々手を振らない雛に焦れたのか華菜は「また呼び出しされるよ? いいの?」と悪魔の囁き。その言葉にハッとした雛はほんの小さくだが手を振ったのだった。
 すると御幸も困り顔で小さく手を振り返す。
 その様子に華菜は満足気な顔でニコニコと笑う。

「御幸君なんでー!?」
「「キャーーー!!」」
 周りの女生徒の異常なまでの悲痛な反応に困り、居た堪れなくなってしまった雛は早々に帰宅するのだった――。


 家に到着し、鞄からキーケースを取り出し鍵を開けた。誰もいない部屋で一人、その日あった事を思い出す。

「……彼氏になってくれませんか?」

 なんて大胆な事をしでかしたのか。
 栄純に対しては憧れの気持ちがあり例外だが、男の人は厄介で普段なら雛は絶対に自ら近づいたりはしない。それが唯一の自己防衛だったのだ。周りがなんて言おうと関係なかった。
 だってもう、あんな思いはしたくない。
 それがどうだろう。何故か御幸に対しては不思議と自ら近づこうとしている。本当に嫌ならば華菜の提案も突っぱねていただろう……。

 帰宅途中、普段ならばスーパーに寄るのが日課だが、今日は色々ありすぎてその事を忘れてしまっていた。
 幸いこまめに食材を買い足しているだけあり冷蔵庫の中身は潤っている。夕食の献立を考え、エプロンをかけて調理に取り掛かった。

 夕食の準備も終わり、あとは風呂の準備。が、その前に「少し休憩しよう」とリビングにある椅子へ腰掛け一息ついたところに携帯の着信音が鳴り響いた。
 ディスプレイの表示を見てみれば、高校に入学後今の今までほとんど音沙汰もなかった『成宮 鳴』の文字を見て少し心臓が跳ねる。一つ深呼吸をし、通話ボタンを押して携帯を耳に当てる。電話が繋がるや否や、高校男子にしては特徴のある高い声が聞こえてきた。

「雛!! 合コンてどーゆー事!? 山田に聞いてびっくりした!」

 怒鳴られながらも無事に誤解を解けば、久々の鳴との電話に話が弾む。
 楽しい一時に顔が綻ぶ。俺様な物言いは変わっていないけれど、何故か憎めない彼に対して、少なからず雛は好意を寄せているのだろう。

「明後日そっちに試合しに行くから観に来てよ!」
「……明後日の練習試合って、鳴ちゃんの学校だったの?」
「そう。ってか練習試合があるって知ってんだ!」
「うん。同じクラスに仲のいい野球部の子がいるの」

 だから観に行くよ、と。嘘は言っていない。御幸に対してはライバル心むき出しの鳴に対し、訳ありのその関係をどう説明しようかと、試合までの丸一日頭を悩ませる事になった。



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