追想



夢を叶えた君の姿を一目でよいから見たいと願うのは、罪なのだろうか。




私達は始まりから六柱だった。
皆“戦いを勝利へ導く存在”であるのに、全員がそれぞれの思考を持ち、バラバラだった。
私達は日々、争う者達を助け、時には裏切り、時には傍観に回りながらも常に戦場にその身を置いた。

それが当たり前だと思っていた。
戦うことこそ、私達にとって一番の存在理由であると疑わなかった。

まさかその考えを覆す日が来るとは微塵も思っていなかったのだ。




その少年と出会ったのは、次の戦士を探す最中の森でだった。
小さな貧しい村の近く、少年は食料を探していた。
なんのいさかいもない環境で育った少年は純粋で、赤子のように無邪気で素直だった。
私を戦神だと知りもせず、微笑みながら声をかけてくる相手は初めてだ。

少年と私は幾日も語らった。
血の匂いのない空間にいるのは生まれて以来で、違和感がある筈なのに不思議と心安らいだ。


少年は言う。

「いつか外の世界を見てみたい」と。

力のない少年に、争いの絶えぬ世界に出るのは不可能だった。


それを心苦しいと感じたのはなぜだろう。

血の匂いを持たぬ人間。

弱い少年の望みはただ透明で、儚い。

その望みを叶えてやりたいと思ったのは、きっと今までにはなかったものを、少年から感じたからかもしれない。

私は、少年の願いに触れ、想いを知って、変わった。
『長い争いを終わらせよう』
初めてそう思った。
自分自身の存在意義を失う願いを、私は初めて抱いたのだ。



新しい戦士は心の底から戦の終結を望んでいた。
真っ直ぐで、揺らぎのない思いを持つ彼を私は支援した。
彼には力があり、人を惹き付ける魅力があった。
そして、決断力があった。

彼の思考は異端であり、革新だった。
誰しもが思いもしなかった、戦を終わらせる方法。
私達には、絶対に思い付くことのできない選択を彼は実行した。


『敵陣の制圧と共に、戦神を殺める』


勝利を約束するのが戦神なら、少なくとも私達という存在が争いへ赴く気持ちを助長させているのが事実。
ならばその根源も断つべきと彼は考え、それを実行に移した。
そして私は、自らが見出だした戦士の選択に従った。

同胞が消える。


剛毅が、
『テメェ覚えてろ、暗鬼!!許さねぇ!この痛みを絶対、倍以上にして返してやるからなっ!!』

狂乱が、
『羨ましいなぁ!羨ましくて気持ちが悪いよ暗鬼!君が!羨ましくてしょうがないよ暗鬼ぃ!!』

覇気が、
『無念。そして不快だな。なぜお前はその選択をしたのか。嗚呼、不快だ』

策謀が、
『フフフ、今度話を聞かせてよ。こんな馬鹿げた考えに至った君の変化の話をさ』

絶壁が、
『同士をやめたか……その先の世界は本当に望むものに変わると思い上がっているなら……愚かだな。暗鬼』


そして、



私が。



『胡蝶蘭。お前がいたから俺は俺の望みを叶えられた。お前は、お前なら俺の気持ちもわかるだろう。ありがとう。そして、お別れだ』


私達に死はない。
死んだ肉体は時間をかけて再生して、戻ってくる。
彼が望んだ世界に、また私達は現れる。
それが何年後かはわからない。

だから、彼の理想郷は永劫でないことだけが確かな事実。
例え最後の私を殺めても、束の間でしかないのだ。


でも、
でも、それでもいい。

ほんの一時でも平穏が訪れれば、あの人は外へ歩き出せる。

誰よりも、何よりも美しい夢を叶えられるのだ。


ひとつ未練を残すとしたら、あの人が夢を叶えたその姿を、一目見られないのが残念だ。


『また外の話を聞かせてね。ここで待ってるよ。ラン』


ねぇ、コクリ。










いくつの季節が巡った。

私達は、還ってきた。


だけど、私は許されざる裏切りを同胞にしてしまった。

剛毅が言う。
『殺す!こんな野郎、還る度に何度でも、何度でも殺すべきだ!』

狂乱が言う。
『君も彼に殺されちゃったの?え〜興醒めだなぁ……もうどうでもいいやぁ』

覇気が言う。
『吾はあの不快を忘れたわけじゃない。不可解なお前と、馴れ合うのは御免だ』

策謀が言う。
『君の話に興味はあるが、過程で失った時間を考えるとその代償は払ってもらいたいものだな』

絶壁が言う。
『自分の存在意義を否定した輩を野放しにするわけにはいかない。そうだろう、暗鬼』


私は、誰にも言葉を返さなかった。

同胞は幾らかの時間で私の処遇を決めた。


私達にしか訪れることのできない異空間に、力を封印した状態で幽閉。


外の時間すら分からない空虚な場所で私は眠る。
同胞達はきっと、また戦場を駆けていることだろう。
けれど、そんなことすら、もうどうでもいいと思う。

自分の存在意義を否定したあの時から、私はもう戦神ではなくなったのかもしれない。
戦士を探そうという当たり前だった意欲すら消え失せていた。

私はもう、私ではない。

私でない私は、世界にいる意味すらない。


だから眠ろう。同胞が望むままに。
頭に響く声を聞きながら、私は眠り続けよう。


『ここで待ってるよ』


その言葉だけ、なぜか鮮明に頭の中で反響した。




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