小さな話



結構前から気になっていたことを、とある町の商店街で一緒に歩きながら尋ねる。

「ねぇねぇ、どうしてセンカイは人に触られるのが嫌なの?」
「は?気持ち悪いからに決まってるだろ」

当たり前だと言わんばかりの即答にボクは首を傾げた。
そんな反応が不服だったのか、センカイの眉間に皺が寄る。

「お前がどう思おうと、気持ち悪いもんは気持ち悪いんだ。分かったら近づくんじゃねぇぞ」

ビッと人差し指を突きつけられ、念押しに忠告するとセンカイは早足で人混みに紛れてしまった。
それがまるで、これ以上この話題を続けたくないから逃げたみたいに見える。

センカイは強い人だ。
腕っぷしとかの話だけでなく、精神的にも。
だけど不意に、怖がっているみたいな面を見せる。
それは触れてほしくない事が話題に上がった時とか。するとセンカイは、自然に見える不自然さで人から距離をとる。
他人が苦手という風ではなさそうだけど、他人を遠ざけている。


『気になるのか?』

胸の位置から響く男の人の声。
同じ欠片であるクロトの声だ。

『ちょっとだけ。一緒にいると何だか目についちゃって』
『誰しも、立ち入られたくない領域はあるだろう。それはセンカイも同様じゃないか?』

「立ち入られたくない、領域……」

精神を共有しているから、声に出さなくても仲間とは会話ができる。
だけど、敢えてその言葉をボクは声に出して復唱した。

本当にそうなのかな?
ああやって、人から離れて、離れて……人を伺うように距離を置いている。


「寂しくないのかな……」

ポツリと呟いてみた声は、周囲の喧騒にあっという間にかき消されてしまう。
それがボクと彼の心の距離を表してるみたいで、少し悲しい気持ちになった。


+++

メーテウスとセンカイ

+++

「おいウェント。キノコ採りに行こうぜ」

ひょっこり窓の外から顔を見せた綺麗な黒髪の持ち主に目を向ける。
秋が深まってきた時期でもキラキラと光る深緑の瞳は、そこだけ夏の森を見ているようだ。

「キノコが採れるのかい?」
「当たり前だろ。ちょっと遅いくらいだ。な、暇なら行こう!」

ポイッと手編みの篭がこちらへ向かって投げられる。
受け取ればカサリと気味のよい草の音が耳に触れた。
両手程の大きさの篭には紐がぶら下がっている。
見てみればリグゼートの腰にも同じものが下がっていた。
それを見ながら自分の腰にも篭を縛りつけ、外に出る。

「さ、行くか!」

勢い良く僕の手を取ってリグゼートは歩き出した。
素肌が直に触れ合い、彼女の高い体温がゆっくり移ってくる。
ぎゅっと握られた力加減がなぜか心地よい。

ちょっと前まで、こうして感じるもの全てが煩わしかった。
初めて周囲に居座る“他人”という存在が騒がしくて嫌いだった。
リグゼートのことだって、やたら近づいてきて気持ち悪いと思ってた。

そこに込められた“感情”を言葉で伝えられるまで。

どんな行動にも気持ちが伴うと彼女に教えられた。
そうして見れば、世界はなんて賑やかで、温かくて、優しいんだろう。
全部、リグゼートがくれた“初めて”だった。


「あぁそうだ、木の葉で足元滑りやすいから気を付けろよ?」
「分かった。気をつけるよ」

キノコ採りの先輩として忠告してくるリグゼートに笑顔で返す。
僕の生まれ持った気質は人間関係において波風を立てないもののようで、ちょっと気をつけたらたちまち他人が寄ってきた。
けれど、僕の世界の中で新しいものを与えてくれるのはリグゼートだけだ。
きっとこの先色んな人と知り合うだろうけど、多分一番はずっと変わらない。
僕の中の、絶対な一番の人。

「よろしくね。リグ」

おう!と元気に返事をする、僕の意図と噛み合わない返事に、不思議と温かい気持ちになった。


+++

ウェントとリグゼート

+++

“フワフワ”

頭の内側に響くような音に耳を澄ます。
小さな小さな呼び掛けは集中しないと聞き取れない。
時間をかけて“彼ら”の気持ちを聞き取って、僕はゆっくり立ち上がった。

「おいでよ」

個室の隅。何もない空間に向かって声をかければ、数秒おいて“彼ら”が姿を表す。
闇に揺らめく炎の光みたいに朧な姿は小さいけれど力強い。

人間にとって特別な存在。それが“彼ら”だ。

昔から僕は“彼ら”の弱々しい声を聞くことに長けていて、村の誰よりも“彼ら”と触れ合ってきた。
村ほどではないけど外にもたくさん“彼ら”はいて、度々僕に話しかけてくる。

今呼び掛けてきたのは、風を操るタイプだ。
個室の風通しの悪さを訴えられて窓を開けたら、ぼんやりした姿が強き瞬いて宙を跳ねた。
そしてジグザグと軌跡を描きながら僕の方に近づいてきて、くるくると回る。
愉快な様子に思わずくすりと笑みが溢れてしまった。

「今度困ったらここを弄れば大丈夫だよ。あ、でも人がいるときはビックリされないよう気をつけてね」

窓の鍵をちょんちょんと指差せば、“彼ら”は山なりに跳ねて見せた。

そんな説明が終わったと同時に、外の方からパタパタと軽い足音が聞こえてきた。
徐々に近づいてくる音に彼女が戻ってきたと検討をつける。
部屋の出入口に確かな気配を感じて扉の方を見やった。


扉が開いたのと、“彼ら”が存在を消すのはほぼ同時だった。


「エリオ、エリオ。ペンダントありました!お待たせしてごめんなさい」

そう言いながら、白く小さな手で赤い石のペンダントを掲げたリケルが部屋に入ってくる。
嬉しげにぴょこぴょこ跳ねる姿はとても可愛い。
ついでに揺れてるものについては何も言うまい。

「無事に見つかって良かったです。今の内に身に付けたらどうですか?」
「そうですね。じゃあお願いします!」
「えっ?」

リケルはそう言ってペンダントを手渡してくるとこちらに背を向ける。
これはどう解釈しても「つけて下さい」ということだろう。
手にしたことのない繊細なペンダントを壊さないかとハラハラしながら、慎重に少女の首へ手を回した。
襟と髪の隙間から僅かに覗く白い首に言い様もなくドキドキした。
震える手で四苦八苦しながら、なんとか鎖を繋げて、気づかれないよう深い息を吐き出す。

「……出来ましたよ」
「ありがとうございます!」

顔だけ振り返り、リケルは満面の笑みを浮かべた。
あまりの神々しさに思わず口も半開きのまま見とれてしまう。
微かに甘い香りがするのは気のせいだろうか。
彼女の周りにありもしない花畑が見えてくる。

「エリオ?どうしました?」

きょとりと真下から覗き込まれて我に返る。
慌ててリケルから距離をとって何でもないと誤魔化した。

「そうです?じゃあ、そろそろ町を回ってみましょうか」
「そうですね」

ニコニコと笑ったままリケルが部屋から駆け出していく。
見失わないよう追いかけるために部屋を出ようとして、ふと振り返る。

“彼ら”が再び姿を見せてプカプカと宙に浮いていた。
勢いよくその場でくるんと宙返りをしたかと思うと、頬を微風が撫でた。
そして、パッと“彼ら”の姿が消える。

“彼ら”なりの感謝に心が温かくなる。
その温もりと、小さな小さな違和感を感じながら僕はリケルの背を追いかけるために床を蹴った。


+++

エリオットとリケル

++++++

メーテウスとセンカイ
まだ会って間もない二人です。
ミューズもいますが、彼女はメーテウス以外に無関心なのでセンカイにはノーコメントです。

ウェントとリグゼート
リットがナズに出会う前、昔書いた二人と葡萄ジュースの話より前ぐらいの話。
なんやかんやリグゼートはウェントに構っています。

エリオットとリケル
主にエリオットの設定変更点を前面に出したものです。
リケルの変更点も少しだけ絡ましてます。
日々の一面。


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