ひどい悪寒が襲ってくる。
呼吸をする度、肺から空気が抜け出ると共に熱を奪われていくようだ。
ギュッと瞳を閉じ、布団を掴む。
全身が寒さでガタガタと震え出す。だというのに滝のように汗が吹き出して気持ち悪い。
はぁ、はぁと荒い息を吐きながら縋るように辺りを見回す。
しかし、誰もいない。
父は外出中。母は、先程氷のうを持ってきてすぐ、幼い妹達の元へ戻ってしまった。
ぎゅっと布団を掴み、溢れ出しそうになる雫を抑える。
代わりのように咳が出て、反動が喉を叩いてきて痛い。
苦しい。
毎日の厳しい修行よりも、何よりも今この時間が苦しい。
ひゅう、ひゅうと溢す息も自分でわかるくらい弱々しく。全身を床に縫い付けられたような重力感で動くこともできない。
ああ、おれってこんなに弱いんだ・・・。
自覚してしまうと悲しくて、逃げるように目を瞑った。
ごめんなさい。
こんな弱い自分でごめんなさい。
ひんやりとした感触に、意識が浮上する。
ゆるゆると目を開けると傍にいて欲しい存在が隣にいた。
「・・・は・・・・・・ぅえ・・・」
痛む喉から絞り出した声は自分でも驚くほど掠れていて、小さい。
呼び掛けが無理だと判断して腕を伸ばすけれど、なかなか思い通りに動かせない。なんとか母の膝元まで腕を運ぶと、母はそっと手のひらで包み込んでくれた。
「っ・・・は、うえ・・・」
「泣いていますよ紅苑。寂しかったですか?」
母の問いかけに頷く。途端、ポロポロと涙が溢れてきて、自分が情けなくなった。
男なのに、こんな無様に母に縋って。寂しいと涙を流して。
悔しい、不甲斐ない。こんなのでは、到底父の跡なんて継げるはずない。
けれどそんな悔しさより安堵の方が増して、涙を溢し続ける。
「はは、うえっ・・・ははうえ・・・ははうえ」
ぐずぐずと泣きながら力一杯母の手を握る。
離れないで。
僕の傍にいて。
どこにもいかないで。
一人にしないで。
情けない思いが溢れて、止まらない。
「ごめんね、紅苑」
申し訳なさそうに母が言う。自分が握っている反対の手で背中を優しくさすってくれた。それだけでひどく安心する。
「辛いのに・・・貴方が泣くほど寂しい思いまでさせてしまって、ごめんね。ちゃんと母がここにいますから、もうお泣きやみなさい」
母の言葉通り涙を止めようとしたけど、うまくいかない。それすら悔しくて涙を枕に擦り付けていたら、温かい手がゆっくり頭を撫でてくれた。
優しい手。温かな手。大好きな母に包まれている感覚。
「そういえばね紅苑」
母の呼び声にゆるゆると顔を上げる。微笑を浮かべたまま母は、秘密の話をするように小声で話をしてくれた。
「二人がとても寂しがっていましたよ。桂風なんて「私も一緒にお兄ちゃんのところにいく」と泣き出してしまって。火梨亞も姉にしがみついて目を潤ませていました。
二人とも、本当に貴方が好きなのね」
ふふふと笑って話してくれたのは、まだ幼い妹達のこと。
まだ覚束ない歩みしかできぬのに、どこにでもついてこようとする二人。
時には修行場までついてきそうになって怒ったこともある。その時はわんわん泣かれて、母が来るまでどうすればいいか分からず戸惑ったものだ。
そんな二人が自分の元に来ようとしていた。何を思っていてか、見当はつかないが・・・それは好かれていると考えていいのだろうか?
「勿論ですよ」
母が笑う。
「二人とも心配していますから、早く元気な姿を見せてあげなさいね。そうしないと二人ともずっと貴方を思って泣いたままですよ」
泣いた姿を思い浮かべて胸が痛んだ。
幼い妹。
小さな手を伸ばして、自分についてくる妹達。
「・・・・・・は、はうえ」
「はい」
「ふたり、は・・・ははうえの・・・よ、に・・・だきしめたら・・・なきやむで、しょう・・・か?」
「・・・えぇきっと」
ふわりと母に頬を撫でられる。
喋るのに体力を根こそぎ奪われたようで瞼が重い。
未だに全身がだるい。呼吸するにも苦しいし、熱くて頭も靄がかったままだ。
けれど、今この胸に寂しさも、悲しさも、悔しさもない。
弱い自分。
まだまだ未熟で、幼くて、守られている自分。
でも、そんな自分でも必要としてくれる家族がいる。
強くありたい。
そんな二人を守り、導けるように。
強くなりたい。
もっと、もっと・・・自分の不甲斐なさに涙することのないくらい、強く。
「ははうえ・・・」
「なんですか」
「おれ、は・・・もっと・・・つよく、なり・・・ます」
「・・・そうですか。ならば今はしっかり体を休めなさい」
「は、い・・・」
すっと目を閉じる。ドッと押し寄せてくる眠気に抗うことはせず、体から力を抜いた。
「お休みなさい、紅苑」
母の声を遠くの方で聞きながら、微睡みに身を委ね、紅苑はゆっくりと眠りについた。
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風邪引き話。