「・・・つまりさ、毎日違う私のイメージをクーちゃんに植え付けることが可能なのね!」
「・・・そうだとしても本人の前で言うな」
ふふふーと笑みを浮かべ朝食のハムをぱくりと食わえる。
食堂はそれなりの賑わいで、三人は各々朝食を腹に収めている。
その中で一番必死なのは杏架。休みなくフォークを動かしパクパクと口に運んでいく。
『・・・出会った頃より食べる量が増えている気がする』
横目で様子を見ながらそんな事を思った紅苑は、自分が自然と過去と今を比較していることに驚いた。
そして、思わず笑んでしまう。
「どったのクーちゃん?ニヤニヤしちゃって」
「別に・・・ところで凪沙、そのあだ名は・・・どうにかならないか?」
「昨日も言われたんだよそれー?」
「ムリなのー」と言い放ちサラダを頬張る凪沙。
やはり自分は杏架以外の人間との記憶はリセットされているらしい。
いつか、
いつか杏架のように、凪沙とのやり取りを覚え、共有できる日がくるんだろうか?
手にしたい。できることなら。
自分が誰で、
どこで生まれて、
どこで育って、
なぜ記憶を無くし、
なぜ記憶を無くし続けているのか。
それを知りたい。
誰にも見られないところで、紅苑は小さく拳を握りしめた。
「隣町までは半日もかからないよーのんびり行ってもよゆーよゆー」
との凪沙の言葉をうけ(実際に事実確認もして)、食料の買い足しを済ませ今朝いた街を後にした。
ルンルンと歩く凪沙が先頭。
その裏を杏架がちょこちょこと続き、紅苑が続く。
「何が楽って、うちのとこと隣町は川で繋がっててね?この川に沿っていけば迷わず目的地につけるのよ〜」
「へ〜面白いねぇ!」
「でしょ〜この川のお陰で道中迷子になった人は今までにゼロ!だから旅人とか商人にはありがたい存在みたいよ」
凪沙の話を聞きながら辺りを観察する。
凪沙の言う川は一向の左側に流れており、たまに小さな魚の姿が泳いでいるのが見える。
その川と道の隣には豊かな森が繁っており、青々とした葉がさらさらと風に揺れる。
のどかだ。時間の流れすら感じないほど穏やかな風景に紅苑は心が安らぐのを感じた。
実を言うと、彼が移動中にリラックスしていることは今まで一度もなかった。
彼は忘れているためわかるはずがないのだが、ずっと気を張って旅を続けていたのである。
そこに杏架という理解者を得たため、紅苑が気を張る必要がなくなったのだ。
爽やかに流れる風を感じながら、紅苑は再び前を行く二人の会話に耳を傾けて歩いた。
数分後、清涼だった風の中にふと違和感を感じて辺りを見渡す。
しかし、特に異常はない。
「どうしたのクーちゃん?」
彼の変化に気づいた杏架が振り返り顔を覗き込んでくる。
「いや・・・何でもない」
咄嗟にそう答えたものの、心の中はもやもやしていた。
この違和感を、なんと伝えたらいいんだろう?
まるで白いキャンパスに突然落とされた小さな黒い点。それを汚れだと感じるような些細な不快。
本当に些細なものか?
もやもやが少しずつ心をざわつかせるものに変化する。
先程より広い範囲を探るように視線を巡らすと、とうとう凪沙も振り返って頬を膨らませた。
「もー、どったのクーちゃん?おトイレなら一言いって離れてってくれればいいんだよ?」
「なんでそうなる・・・いや、俺はそういう事を気にしてる訳じゃなくてだな・・・」
ドクンッ!
心臓を鷲掴みにされたような衝撃が体を突然駆け巡る。
つぅと流れ落ちる冷や汗。
ドコダ?
ドコカラミテイル?
「紅苑さん?」
様子が一変した紅苑に杏架が近づき、声をかけると同時に。
メキメキッという乱暴な音が辺りに響き渡った。