エルフと王様



とある世界に、二つの種族とそれは奇妙な縁で結ばれた者がおりました。

片側は森の奥深くに住まうエルフの里で育った少女。
エルフはみな屈強な姿と色素の薄い髪色、そして褐色に近い肌を持っておりました。
しかし、その少女はエルフと人間の間に生まれた禁忌の子でした。褐色の肌はどのエルフとも一緒でしたが髪の色は鈍い色を宿した灰色で、おまけに体は細く、誰よりも小柄でありました。
禁忌を犯した末に生まれた子というのも相まって、少女はエルフ達から差別を受けて育ちました。

そんな彼女と縁を結んだのは、平らな大地に住まう人間の王でした。

彼は先先代国王の第二王子で、第一継承者である年離れた兄王子が即位すると、進んで彼の側近になりたいと志願するほどの兄思いな弟でした。
しかし、不幸にも病で兄が逝去なさり、彼は予期せず王位を継承せねばなりませんでした。

兄王には幼い皇太子がおりました。
始めこそ王位に惑った王ですが、兄の忘れ形見である皇太子がいつか王位を継げる年になるまでこの座を守ることを誓い、国務に全うしました。

国民から見た国王は尊厳に溢れ、人を惹き付ける人望ある御方でした。
けれど、その裏で国王の本性を知る者はほんの一握りでした。


これは、薄幸の娘とおかしな王様の奇妙なお話。


++++

レイシャは深く息を吐きながら肩に背負った荷物をゆっくり下ろした。
人々の腹を満たす大地からの贈り物である作物を運ぶのは、小柄な彼女には重労働だ。
それでもレイシャは、そんな時間にも感謝の念を抱いていた。

森で過ごしていたあの頃よりずっと満たされた毎日。
レイシャは汗の滲んだ額を拭いもせず、石でできた壁によって狭められた空を仰いで目を細めた。


あの日と同じく空は澄み渡って、白い雲が静かに風に流されていた。



レイシャはエルフと人のハーフだ。
人間と比べて逞しい体を持つエルフは男女ともに体が大きい。
そんな中で人の身体特徴を生まれ持ったレイシャは異端だった。

小さな体を馬鹿にされ、灰色の髪は曇天のようだと嫌われた。

心の傷を増やすレイシャを辛い森奥から引っ張り出したのは、人間の王だった。

きっかけはたまたま狩りに出掛けていた折り、一人で森を散策していた王がレイシャを見つけたことだ。

そして王は、小さく儚げなレイシャの姿に見惚れた。

その時は姿を見かけただけで終わったが、その後ある問題により二人は再会し、レイシャは王の誘いで森を出た。

無論エルフの血を半分持つレイシャはあまり人の目に触れぬようにされた。物珍しいと考えた人間に拐われぬようにである。
それでもレイシャは森で暮らしていた頃よりも断然に明るくなり、圧し殺していた活発さを表に出すようになった。

レイシャはいつも自分に新たな日々をくれた王に感謝していた。

例えその人物が、誰にも言えない秘密を抱えていても。
その秘密を知り、相手の弱味を知ってからもだ。


+++++

「…では進行に滞りはないのだな?」

「ハッ!予定通り一巡後のモッカの日には完成した姿を陛下にお目見えできるかと」

「宜しい。その言葉、現実にするよう尽力を尽くせ」

「かしこまりました」


光を反射する大理石によって造られた壁。
深紅に美しい装飾の施された絨毯に覆われた床。
何より、大柄人間が何人肩車をしても手が届かないほど高い天井は厳かな紋様が刻まれ、空間の荘厳さを引き立てていた。

百単位の人間が入れるだろう一室で、一番上座に配置された豪華な椅子。
そこに座るのは、まだ十代を抜けきらぬだろう若い顔の青年だった。


第八代国王 エルトゥオス・ラーナ・オーディン


若いながらも既に威厳溢れる王は玉座から定例の地域報告を受けていた。
王の場から四段ほど下になる下座には数十人の代表者が頭を垂れている。
一人ひとり話を聞きながら、若き王は素早く返答し指示を与える。
代表者達がその御姿に半ば心奪われる中、最後の報告がなされその場にいるものに頭を上げるよう指示が出された。

数十人の視線を集めながら、王は立ち上がると一度全員の顔を見渡す。

「定期報告とはいえ、よく皆集まり責務を勤めた。これからも余の、そして国のためにその力を惜しむことなく仕えよ」

「「ハッ!!」」

代表者の返事を受け、若き王は身に付けた赤いマントをバサリと翻し部屋を出ていく。
何十もの眼差しが堂々たる背中を見送った。



その数分後、人気のない城の隅の一角。

「シェルダ」

「何でしょう陛下」

「わ、私はおかしなヘマを冒してはいなかっただろうか…?」

ガタガタと体を震わせ、石壁に体を寄せた若き王の姿があった。
顔面蒼白で今にも何か吐きそうと言いたげに腹を抱えた一国の主。
彼の腹心であり、教育係であり、王付き護衛のシェルダは毎度のことながら深く眉根を寄せ、溜め息を吐いた。

この情けない姿こそ威王エルトゥオス・ラーナ・オーディンの紛れもない本性だ。

生まれた頃から兄の片腕になることが夢であったエルトゥオスは、まさか自身が人を導き率いる立場になるとは考えていなかった。
むしろ、意識的に考えることを避けていた。

なぜなら彼は、人と接することを一番苦手としていたからである。
兄家族と教育係で昔から使えていたシェルダ以外と言葉を交わそうとしなかった。さらに命令を下すなどもっての他だった。

そんな彼が威光を放たんばかりに人前で振る舞えたのは、小さな甥の存在があったからだ。

兄王の忘れ形見である御年四歳の皇太子。
賢王だった兄の血を濃く継いだ利発な幼子はエルトゥオスが奮起するに値する存在だった。
何より尊敬した兄の息子。
彼が問題なく王座につくためには、十分な成長をするための時間が要る。
エルトゥオスは甥が国を治めるための基盤を固めるため王になった。

しかしそのためには仮面を被り、自分を隠す必要があった。
弱くて情けない、脆い本性を覆う仮面。

今のところ隠し通せてはいるが、本性を知るシェルダともう一人の前でのみエルトゥオスは現在のように仮面を脱ぐ。


「ああぁぁぁ…ゲールの代表が浮かべた形相のなんと恐ろしいこと…あれは本気で逃げたかった。耐えるのに必死で何を言ったか全く覚えてないっ…!」

「陛下は『恙無く責務を全うせよ』と応えてましたよ」

「それと部屋を出る時!調子に乗ってマントを揺らしてみたが止めとけばよかった!恥ずかしい!過去の私が恥ずかしい!思いっきり音が響いてたから!もう『あ、これはヤバい』って内心で考えたよ!あああああ穴があったら入りたい!!」

「まだ午後の公務がありますのでそれまで我慢してください」

「うっうぅ〜…シェルダ…腹が痛い…」

「薬師に胃薬を調合させますから、それまで辛抱してください」

真っ青になってブルブル震えるエルトゥオスをシェルダは慣れた手つきで宥める。
昔から彼を知っている教育係としては、よくぞ日々王として振る舞えていると感心しきりだ。
だからこそ、弱音を吐きたいときは思いきり吐かせる。
それがエルトゥオスの精神安定方だった。


そんな最中にゴーンゴーンと昼を知らせる鐘が響き渡る。
すると今まで怯えた鼠のように震えていたエルトゥオスががばっと頭をあげた。

「いかん!シェルダ、すまないが執務室の書状を片しておいてくれ!」

「構いませんが、どちらに?」

慌てる主人に問う精悍な顔立ちは不思議そうではなく、むしろ分かりきったことを確認するようだった。
そして、それを裏付けるように主人からの返事は全く淀みないものだった。

「レイシャと約束しているんだ」



+++++

城に四つある内で一番小さい西側の中庭で、レイシャは自分で淹れた茶をすすっていた。
そこに定刻より少し遅れてやって来た約束人は、それは取り乱した格好で現れたものだから、彼女は思わず破顔した。

「そんなに焦ることはなかったのに、何があったってボクは逃げないんだからさ」

「いや、約束を交わしたからには守るのが礼儀だ」

「そう?取り敢えず身なりを整えなよエレス」

汗にまみれた姿を見せたことに多少顔を赤くしながら、エルトゥオス―エレスは乱れた髪を手で直した。
そして、中庭の芝生でのんびりお茶を飲むレイシャの隣に迷うことなく腰を下ろす。
直ぐにレイシャから茶を差し出され、エレスはありがとうと言いながら受け取った。


出会った当初、エルトゥオスは仮面を被ったままレイシャの姿を美しいと誉めた。
蔑まれて育ったレイシャはそれを喜び、そして恥じらった。
その姿にエルトゥオスが半ば愛らしいと悶え、半ば恥ずかしい台詞に自己嫌悪しているとも知らずに。

城に連れられ、エルトゥオスと過ごすようになったレイシャが彼の本性を見るまでにそう時間はかからなかった。
始めこそ、レイシャはエルトゥオスのギャップに惑い、呆れた。
しかし今では仮面を被ったエルトゥオス王よりも、情けなくも素直なエレスをレイシャは慕っている。


「今日の報告会はどうだったの?」

「思い出させないでくれ…胃が痛む…」

「情けない王様だなぁ」

「言うなレイシャ。私自身が一番自覚してる事実だ」

胃を押さえる仕草をしながら、エレスが笑う。

ふわりと、穏やかな風がレイシャの髪を揺らした。
顔にかかる髪を彼女は片手で除ける。
その下から覗く、エルフ特有の尖った耳をエレスは何となしに見つめた。
頂点に昇った太陽が惜しみ無く陽光を降らせる。
灰色の髪が日を受けて、白銀すら劣る輝きを放った。

風が止み、辺りの音が止む。



「ああ、やはり……」









「君は美しいね、レイシャ」

何にも遮られず放たれた言葉に、レイシャはエレスの顔を見た。
その顔はおかしいくらいに赤く、驚愕を表情に浮かべている。
一方エレスはそんな彼女の様子に気づくでもなく、恍惚とした瞳をレイシャに向けて微笑んでいる。
しかし、五秒…十秒過ぎたところでレイシャの異変に気づき、彼女以上に顔を真っ赤にした。

「あああああの、すまない。別に口説くとか、そんなことは考えてなくて…つい口からポロリと…」

「謝らなくていいよ。慣れたもん。エレスの自覚のない誉め言葉」

「すまん…」

「謝らなくていいってば…もう」

まるで不貞腐れた子どものように頬を膨らませ、顔を背けたレイシャにエレスはだらだらと冷や汗を流す。

けれど、そんな仕草に可愛いと感じてまたもポロリと口からこぼした王様に、ハーフエルフはちょっと怒って腕をつねった。



+++++

『エルフには滑稽なれど、我等が人の目から見れば彼女は何物にも比べようのないほどに美しい』

今は懐かしい言葉を、ボクは一字一句覚えている。
質素な服だけど、威厳ある姿。
人間の国の一番偉い人。

小さな体を、守りたくなる愛らしい姿だと言ってくれた。
曇天のような髪を、白銀という宝石よりも綺麗な色だと言ってくれた。

仮面を被っていたから仰々しいけど、彼はいつだって言い方違えど嘘は吐かない。

だから嬉しかった。
誉められたことも、受け入れられたことも、全部。

貴方が望んでくれるなら、ボクはいつまでも貴方の隣にいる。



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