
赤い夕日が染め上げたのは……。
はぁ、はぁ、はぁ……。
荒い、危機感の隠れる乱れた呼吸が木々の間に響く。
冷や汗で全身を濡らしながらも、息を吐く男は両腕に力を込めて自らの得物を握り締めた。
カサリッ。
「ひいっ!?」
小さな葉の擦れる音に大柄な男は怯え、体を縮こまらせながら音の方へと視線を向けた。
その先に居たのは男と対照的な小柄な子供。まだ第二の成長期すら迎えていないだろうその身体は誰の目から見ても細く痩せて見えた。
そんな片手で捻り潰せるだろう小さな子供に、しかし男は怯え震えていた。
端から見ればなんと滑稽な姿であったが、実際は笑い事になど到底出来ないものだった。
木々の間から指す西日に子供の体が照らされる。
その子供の服は赤かった。
ズボンも赤かった。
靴も赤かった。
小さな手も赤かった。
その赤い手に握られた小振りの剣も真っ赤だった。
ポタリと紅い雫が子供の立つ地面に落ちる。
ポタリ、ポタリ、
濡らしていく。
「あっ……あ、あ゛ぁあ……」
嗚咽を漏らしながら男は口の開閉を繰り返し、首を振って子供から距離をとる。
男には紅い雫がどんなものか解っていた。
同時にその赤い色がどの過程で染まったものかも知っていた。
そして次に子供を赤く染め上げるのが自分のものだと理解していた。
「あっ……ああ……ああ゛ああぁア゛ァーーーっ!!!」
男は狂ったように震える腕を勢いよく振りかぶり、鈍く輝く刃物を子供に向けて力一杯振り下ろした。
男が最後に見たものは、対峙した子供小さな体と、
何者もを沈め込んでしまう奈落のように暗い暗い大きな瞳だった。
ズシャッ!!!プつッ!
…………。
数分前に裏山で叫び声を聞いた麓の村人達は、神妙な表情で山を登っていた。近頃は山賊が横行している山を警戒して、彼らはそれぞれ護身用の武器を握っている。
乱戦を覚悟して、彼等は無言で山を登った。
しかし、その予感は何一つ当たることはなかった。
まず先頭を進んでいた者が見たのは無惨に転がった血濡れた首。舌をだらりと垂らし、涎を流したその死体に後ろにいた村人が一人嘔吐した。
その先も凄惨なものだった。
複数人の大人の男性の首と体がバラバラに転がり、誰の体が誰の首だったか分からないほど無造作に散らばっている。鼻を突くのは経験したことのない血の匂い。
村人の殆どがその様子に嘔吐し失神した。
すると、気を保っていた村の長が一人だけ女性の体が転がっているのを見つけた。彼はその服装に見覚えがあった。
長は真実を知りたくなかった。しかし、同時に知らねばならぬと悟っていた。
彼はゆっくりと視線を女性の体から上にあげた。
一振りの血に染まった剣が地面に突き刺さっていた。その傍らに小さな何かがうずくまっている。
赤かった。
しかしその色は夕日が染め上げる赤ではなかった。
長は息を呑み、目の前の光景に震える喉で声を漏らした。
「そんな…………」
村人が長の声に一斉に振り返る。誰もが皆、目を見張り息を呑んだ。
夕日が煌々と木々を染め上げる。その中に赤い紅い何かはいた。
頭から足にかけて、全身を赤く染め上げ。小さな腕に大事そうに丸い何かを抱えている。
空が朱い、山の暮れ。惨劇現場の中、村人に囲まれて、まだ十にも満たぬ幼子、村の異端児とされ迫害されていた女の息子、
ライド・フェストリアは全身を血に染め、母親の首を胸に抱いて涙を流していた。
