
夢を見た。
それは何度も見ている、僕によく似た少年がいる夢だった。
ある夢は彼が幼い時の夢。
何処かの山村で彼は女性の手を握って歩いている。女性の顔は何故か見えないけれど、とても優しい人なんだと思った。だって夢の中の彼は、その人と一緒にいると決まって笑顔だったから。
『貴方の髪は本当にお父さんそっくりね、―――』
それが夢の中の女性の口癖。彼はそれを聞くと嬉しそうに笑って、自らの髪で左に一ヶ所だけ長く伸ばした房に触れる。
きっとあの女性のために伸ばしているのだろうと僕は思った。
幸せそうな彼の笑顔。だけど夢は視界が真っ赤に染まって唐突に終わる。
ある夢は彼がもう少し大きくなった時の夢。
広く豪奢な建物の一画で、彼はある少女に付き添うように歩いていた。
顔の見えない少女はとても無邪気で、彼に話しかけたり、反対側にいるもう一人の青年と話したりしながら廊下を歩いている。
だけど彼は笑顔を見せなかった。
たとえ少女が嬉しそうに話しかけてきても、彼の表情はピクリとも動かない。
それでも少女は何度も何度も話しかけてきた。時には彼の手を握って。
『お話ししましょう―――?私、貴方に聞かせたい話があるんです』
少女の楽しそうな声に、されど彼は何も答えない。だけど少女は満足そうに話を続ける。まるで表情を動かさない彼の態度が普段通りと言わんばかりに。
彼の左に垂らした髪は幼少時より更に伸びていた。
そういえば女性は何処へ消えたのだろう?途切れ途切れの夢の中で僕は疑問を抱く。
だけど真相はわからない。そもそも夢なのだからこれが現実なわけがないのだ。
僕は夢の続きを見つめる。
すると彼が、少女の話の合間に小さく目元を緩ませた気がした。僕は目を凝らしてもう一度彼を見る。
だけどやっぱり、夢は真っ赤に染まって終わった。
これらの夢を見出したのは何時だっただろう?あまりに小さな頃から見ていて覚えがない。
だけど不思議と毎晩出会うのだ。僕によく似た、夢の中の少年と。
彼のいる景色を僕は見ていた。
彼の過ごす時間を僕は感じていた。
何時しか僕は彼に親近感を抱いた。
もしも彼が実在していたら、今は何をしているんだろう?そう考えた時もあった。
考えるだけだけど、それでも僕には有意義な時間だったと思う。
彼を見ると、僕は心が安らぐのを感じていたから……。
その日の夢は誰もいなかった。
豪奢な建物の中に僕はいた。彼が少女といつも一緒にいる場所だ。だから彼がもうすぐ少女について何処からか現れるに違いない。僕はそう思った。
「―――?」
背後から彼の名を呼ぶ声。僕は自分の予感が的中したのが嬉しくて振り返る。
だけど其処にいたのは彼じゃなかった。
其処にいたのは女の子だった。彼と共にいる少女とよく似てるけど、そうじゃない。綺麗な金髪の少女が其処にいた。
顔が他の夢と違ってはっきりと見てとれた。
滑らかな白磁の肌。柔らかそうな唇。仄かに朱い頬。
そして何より長い睫毛に、美しく輝く蒼い瞳に、僕は目を奪われてみとれた。
とにかく可憐で美しい人だった。
「―――、」
少女の唇が何かを紡ぐ。だけど僕の耳に言葉として入ってこない。
少女が何と言っているか気になって、僕は一歩彼女に近寄る。
「―――?」
「何……?何て言ってるの?」
もどかしくて僕はまた一歩彼女に近寄った。もう二人の距離は数歩ともない。
すると彼女は喋るのを止め、腕をこちらに伸ばしてきた。一瞬戸惑ったが、僕も同じように彼女に手を伸ばす。
指と指が触れ合った。彼女の掌は驚くほど冷たくて、まるで雪のようで。手を繋いだまま、今度は彼女が一歩近付いてきた。
互いの視線がぶつかり合う。
心臓が高鳴って、顔が熱くなるのが分かった。呼吸するのが億劫になる。
「……―――」
もう一度彼女が唇を動かす。だけどやっぱり聞き取れなくて僕は悲しくなった。
すると顔に出たのだろう、彼女が空いている方の手を僕の頬に添えた。
熱くなった顔に冷たい掌が気持ちいいと感じた。それと同時に彼女の瞳から涙が溢れてきた。
そして、
彼女は、笑った。
涙を流しながらそれでも綺麗に笑った。
彼女が自分の唇を僕の耳に寄せ囁くように呟いた。
「……やっと、やっと会えた。やっと見つけた。
だから待ってて、待っていてください。
私は……今の私の名前は――――」
瞼に光を感じて目を開く。窓から朝の日差しが入りこんでいた。
上半身を起こして頭を掻く。
今の夢は何だったんだろう?いつもと全く違っていた。
まず彼がいなかった。
そして彼女がいた。
彼女の容姿をはっきりと思い出すことはできない。だけどとても綺麗な人だったことは覚えている。
……ひょっとしたら今日の夢は僕の激しい妄想だったのではないか?
そうだとしたら凄く恥ずかしい。何を考えてるんだ僕。
頭を一度大きく振って顔を洗いに立ち上がる。
未だ胸が高鳴っていることに目を背けながら、ライアは寝室をあとにした。
