-出会い・名前・記憶-



「・・・お前は、誰だ?」

「何言ってるんだ?昨日ちゃんと言っただろう?○○○だよ」

「知らない、誰だ?お前は、誰だ?誰だ?」

此処は何処だ?
お前は誰だ?
俺は?
俺は―――――

「うわああぁぁぁぁぁっっ!!!!」
―――――
―――








「はい、じゃあ名前を記入していただける?」

「はい」

「はいはい、ありがとうね。
あらあら・・・珍しい名前だね」

「そうか?珍しい・・・のか?」

「この辺りじゃあねぇ。
じゃあお粗末な処だけどゆっくりしていってちょうだい」

「あぁ・・・」

そう言って宿屋の女将は笑顔で奥の部屋へと消えた。

後に残った青年はカウンターに手を置きつつ顔を伏せている。

年の頃は十代後半。
身長は170から180の間でがっしりとした体つきではないが、細過ぎるわけでもない平均的な体躯をしている。
肩にかかる長さの黒髪に黒く桁の長い服。
紅い瞳がやけに映える――どこか暗い印象のある青年だ。

彼は暫くその体勢のまま何かを考えていたようだが、宿の出入口へと身を翻した。

ドアに取り付けられたベルがリリンッと高い音を響き渡せ消えた。




「・・・・・・」

街の外れ。
街道から多少外れた小さな林。

その中を彼は特に意味もなく歩いていた。

女将の言ったことを頭の中で繰り返す。

『この辺りでは珍しい名前・・・』

葉を踏み鳴らす音だけがやけに大きく聞こえる。

『つまり、この辺りに似た名前の人間はいない・・・』


「此処も、違う・・・」

そう小さく呟いて彼は俯いた。

『どうすればいい?』

アテもなく静かな林を歩き続ける。
彼の現在の心境のような、途無き途を唯、無心で。


ガサッ

「!?」

大きく響いた葉音に顔を上げ身構える。
彼がいるのは街からほど離れた木々の中。
縄張りにする獣がいてもおかしくはない。

辺りを見渡す。

しかし何かが動いている気配はしない。
視界もその何かをとらえない。

暫く注意深く辺りを探っていると。


――いた。


しかしそれは獣ではない。

まず視界に映ったのは蒼色と桃色。
この時点で獣でないとどんな人間もわかるだろう。

そして音を立てたソイツを暫く見つけられなかった理由もわかった。

ソイツは今現在動いていない。
見ただけの判断であるが全くと言っていいほど見えている部位が動かない。

先程音を立てたのだから死んでいて動かないという解釈はしづらい。
かといって絶対に生きているという確証もない。

「・・・・・・」

彼は慎重に少しずつソレに近づいていった。
残念ながらソレの胴体はほとんどが茂みに隠れていて、すぐ傍まで行かなければ正体が分かりそうにない。

緊張に唾を飲む。
意を決し彼とソレの間にある茂みを通り抜けた。


「・・・・・・」

言葉を失った・・・というよりも意表を突かれたというのが正しいか。

ソレは人だった。

しかも年端もいかぬ少女だ。

身長は推測だが彼の胸辺りまであるかないか。
幼い顔立ちで明るめな土色の髪を一つに纏めている。
服はフリルのついた桃色のもので短い蒼のズボン(視界に入ったのは恐らくこの部分)を身に付けている。

誰もが「可愛い」と言うであろう小さく愛らしい容姿の少女。

そんな少女が街外れのこんな林の中で。


横たわっている。

軽く確認してみたところ死んではいない。
かといってこんな場所に倒れているのだ。
もしかしたら衰弱しているのかもしれない。

彼は地面に膝をつき少女の頬を軽く叩いてみた。
少女は微かに反応はしたが起きる気配がない。

「おい、おい!」

今度は声を出しながら体を揺すってみる。

「ん、むぅ・・・ぅ・・・」

小さな呻き声をあげ瞼がゆっくり開かれていく。
紅を薄めたようなピンク色をした瞳が青年に向けられた。

「お前・・・大丈夫か?起きられるか?」

「・・・?」

青年の語りかけに少女は首を傾げながらその身を起こす。
起き上がってもふらつくようなことはなく血色も悪くない、どうやら弱ってはいないようだ。

「大丈夫そうだな・・・、どうしてこんな所に倒れている?」

「・・・えっと、その・・・」

語りかける青年に少女は何故かもじもじとして顔を伏せる。
心なしか顔が赤い。

「・・・どうした?」

意味がわからず目を細める青年に対しとても小さい、消え入りそうな声で少女が呟く。

「あの・・・大変失礼なんですけれど・・・も」

「ん?・・・なんだ・・・」
ぐきゅるるるぅ〜。


「・・・・・・」

「えっと、お腹が空いて・・・て・・・」

顔を真っ赤にしている少女の腹の音に青年は溜め息を一つ吐いた。



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