02
「え!昨日、徹夜でお仕事だったんですか?」
「うん。ちょっと厄介な作業が入ってね」
フォークでつついていたパスタの皿から顔を上げると、蘭の心配そうな顔が目の前にあった。
その隣にはコナンがいて、彼もまじまじと一華の顔を見ていた。
ポアロはランチタイムのピークを既に越えており、客は一華達の他に二組しか居なかった。
店員の梓や安室は、混雑時に溜まった食器の片付け等に追われているようで、料理を出してくれた時以来話す機会が無かった。
ちなみに、蘭の父ー小五郎は朝から競馬場に出掛けており此処にはいない。
「それって昨日ニュースになってた、大手企業がサイバー攻撃受けた事件?」
と、コナン。この少年は妙に落ち着いた、大人が話すような発音で物を言う。
一華はあまり子供と接するのが得意では無いが、コナンのことは気に入っていた。
「へえ、ニュースになってたの?無理もないか、あのマルウェア今年大流行だから…」
「えっと…"マルウェア"って何ですか?」
今度は蘭からの質問だ。
一華が答えようと口を開きかけた時、突如三人が座るテーブルに影が落ちる。
「マルウェアとは、"悪意のある"という意味のmaliciousとsoftwareを組み合わせた造語で、不正プログラムの総称。一般的に、悪意を持って侵入したプログラムの事を"コンピュータウイルス"と呼ぶ人が多いですが、ウイルスというのはあくまでマルウェアの一種に過ぎない。…ですよね?」
水差しを持った安室透が、小首を傾げて微笑んだ。
そこから流れる様な動作で、三人のグラスに水を足す。あまりにもその姿がサマになるので、一華もつい感心して魅入ってしまった。
ポアロで見る彼の一面は再会してから知った事なので、彼女の知る「降谷像」を大幅に更新する必要があった。
「…そう、ウイルスって言うのはその名の通り、潜伏期間を経て突然発病したり感染する作用があるマルウェアのことだけど、不正プログラムにはそれ以外にも種類があるんだよ」
安室の言葉を一華が引き継いで蘭に説明すると、安室が満足気に一華を一瞥した。
その様子をコナンが盗み見る。
「そうなんですね。…安室さん、コンピュータにも詳しいんですか?」
「いえいえ、このくらいなら毛利先生でもご存知ですよ」
(おっちゃんはパソコン音痴だからそれはねぇよ…)
「ところで、今日のメニューはお口に合いましたか?」
そう、今日は安室が考案した新しいランチメニューを食べる為に呼ばれたのだ。
「とっても美味しいです!これでまたお客さん増えますね」
「蘭さんのお墨付きが頂けるとは、嬉しいですね。…で、一華さんは如何でした?」
安室が笑顔のままこちらの方に向き直ったため、一華は反射的に身を引いた。
「安室」の彼は、一つ一つの言動にどんな意図があるのか解り辛い。一華の知る公安の降谷とは全くの別人と接している感覚に陥る程だ。
一華は一度目の前の皿に視線を落とし逡巡したが、すぐに顔を上げる。
「とても美味しかったです。それに…」
蘭とコナンも、一華に注目していた。
「恥ずかしながら、こうやって人とご飯食べるのは久しぶりで…単純に、嬉しかったです」
今度はしっかりと安室の目を見据えると、彼は少し驚いたように目を瞬いたが、すぐに笑顔を返した。
一華の言葉は紛れも無い本音だった。彼にどう思われているかは分からないが、正直な思いを伝えたかった。
だからそこ、今の安室の笑顔が営業スマイルでは無い本心からの顔であるような気がしてしまい、胸が苦しくなった。
「一華さん!もっと、私や新一の事頼ってくれていいんですよ?」
「えっ?」
蘭は身を乗り出し、コナンも力強く何度も頷いた。
どうやら感傷的な台詞を吐いてしまったせいで、彼女らを不安にさせてしまったようだ。
「あ、いや…そんな深刻な話じゃなくて。一人暮らしが長いと、どうしても人とご飯食べる機会は減るから」
一華は苦笑いして両手を左右に振る。
蘭の表情はまだ不服そうだ。
「でも一華さん痩せてるし、ちゃんとご飯食べてますか?睡眠もとれてないみたいだし…」
「大丈夫、ちゃんとやってるよ」
暫く二人のやり取りを静観していた安室が、今度は会話に入って来た。
「確かに、今日の一華さんは寝不足のようですね。目の下のクマはおそらくコンシーラー等で隠しているのでしょうが、目が少し充血していますし」
「うっ…」
「もう少ししたら、満腹になったことで胃に血流が集中して脳が酸素不足になります。きっと眠気に襲われるでしょうね」
何が言いたいのだ、この男は。
「どうでしょう。僕はお昼まででシフトが終わるので、これから車で家までお送りしましょうか。その方が、蘭さんも安心ですよね?」
「いいんですか?是非お願いします!」
「ちょ、ちょっと…」
一華が止める間もなく、勝手に蘭が返答してしまった。
安室と一華の関係を密かに探っているコナンも、あまりの急展開にぽかんと口を開けていた。
「では僕は着替えて車を取りに行きますので、少し待っていてください」
安室は紳士的に微笑むと、さっさと裏にはけてしまった。
続けて蘭が「ちょっとお手洗いに…」と言って席を立った。
取り残された一華とコナンは、何となく顔を見合わせる。
そのアイコンタクトの取り方が、何処と無く新一に似ていた。
「一華姉ちゃんってさ、安室の兄ちゃんと知り合いだよね?」
コナンの言葉が沈黙を破る。彼の目は真剣だった。
先日のポアロでの様子を見て、そう思ったようだ。
一華は頬杖をついて、コナンに向き合う。
「どうして、知り合いかどうか知りたいの?」
「えっ」
こちらからの質問を飛び越えた質問に、コナンは言葉を詰まらせた。
子供の姿でいると、大人は油断して素直に答えてくれる場合が多い。
しかし彼女には通用しなかったようだ。
「な、なんとなくだよ」
「ふーん?」
一華はそれ以上何も答えなかった。
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