02


今日は、探偵事務所の下にある喫茶ポアロで、蘭と待ち合わせる約束だ。
予め約束した時間は、事務所にちょうど依頼人が来る予定が入ってしまい、その依頼が終わるまでポアロで話そうという事になったのだ。
一華は、肩に掛けた鞄を重そうに持ち直す。
スマホは普段から二台持ちだが、ノートパソコンを家から持ち出すのは久しぶりだった。
社会人になってからパソコンは職場で用意されているので、家のものを使う機会はかなり減った。型も少し古い。
もっとも、一華の家にはデスクトップもあるため、当然といえば当然だ。

『折角なので、蘭のオッチャンのパソコンと俺の家のパソコンを見てくれませんか』

新一に連絡した時、一華はそう頼まれていたのだ。セキュリティのチェックをして欲しいという意味だ。
新一は、一華が優秀なプログラマであることを知っている。彼女の頭脳を理解できる数少ない人間の一人だ。反対に、一華も新一の推理力を理解していて、初対面の頃から何かと話が弾んだ記憶がある。

(でも、今日は優作さんも新一君もいないんだよね…)

ふうっと短くため息をついて、一華はポアロに向かう足を進めた。



カラン、と扉のベルが小気味よく鳴る。

「いらっしゃいませ。あら、今日はお二人だけですか?」

蘭とコナンが喫茶ポアロに入ると、梓がいつもと変わらない笑顔で迎えてくれた。
カウンターの奥の調理スペースでは、忙しそうに行ったり来たりする金髪の頭が見えた。昼時なので、食事の注文が多いのだろう。

(安室さん、今日は居るのか。)

とコナンが確認したところで、こちらに気づいた安室透と目が合う。愛想良くにこりと笑うだけの挨拶をされ、コナンも会釈で返す。完全に喫茶店店員の顔だな、と彼は思った。
蘭が、人と待ち合わせしている事を梓に説明すると、奥の四人席に通してくれた。
梓と入れ替わるように水とおしぼりを持って来たのは、先ほどまでカウンター奥にいた安室だった。いつもながら仕事が早い。

「今日は、毛利先生はご一緒ではないんですか?」
「これから知り合いに会うんですけど、父は探偵の依頼が入っているので…浮気調査みたいですけど」
「先生お忙しいんですね。お知り合いというのは、蘭さんの?」
「私の知り合いでもあるんですけど、本当は新一に連絡が来たんです」

蘭が簡単な事の成り行きを話すと、安室は興味有り気に何度も頷いていた。

「コンピュータに詳しい方なんですか…それはぜひ、僕もお話ししてみたいですね」

二人分の注文を先に聞いて安室が戻ったところで、コナンは腕時計を見る。約束の時間の五分前だ。いつの間にか蘭もコナンの時計を覗いていて、目が合うと彼女は「そろそろだね」と笑った。

カランカラン、と扉のベルが鳴った。

「いらっしゃいませ」

空いたテーブルを片付けていた梓がパタパタと小走りで入り口に向かう。コナンと蘭もそれを目で追った。視線の先には、一人の女性。一華が来た。
蘭が立ち上がって呼ぶと、一華が気づいて手を振った。蘭や新一が最後に見た時は養父を亡くして憔悴していたが、さすがに今は元気そうな様子だ。コナンも声を掛けたかったが堪えた。自分が幼児化した工藤新一である事を、彼女は知らない。初対面を装う必要がある。
二人分の飲み物をトレイに乗せた安室が出て来た為、コナンは無意識にそちらに顔を向けたが、安室の様子に思わず目を見張った。
ほんの一瞬の間ではあったが、一華の方を見て驚きの表情に変わったのだ。

(一華さんを知っているのか…?)

ドサリ、と何かが落ちる音がした。一華が持っていた荷物を落としたのだ。彼女も、カウンターから出てきた安室を驚愕の眼差しで凝視していた。

「れ……」
「いらっしゃいませ!ああ、貴女が蘭さんのお知り合いの方ですか?」

何か言いかけた一華の言葉を、安室は完璧に作られた笑顔で制した。
少なくともコナンにはそう見えた。
一華は口を開けたまま一、二秒停止していたが、床に落とした鞄を拾って再び顔を上げた時には、もういつもの無表情に戻っていた。

「ええ…どうも」
「一華さん、安室さんと知り合いなんですか?」

蘭も二人の様子を不思議に思ったらしい。

「いいえ、初対面ですよね?」
「……知り合いと、見間違えただけ」
「そ、そう?」

安室はゆったり微笑んで一華に問いかけたが、一華の方は全く安室を見ない。彼女がコナンの席の向かい側に座ると、続いて安室が蘭とコナンの分の飲み物をテーブルに置く。そして再び、一華の方に微笑みかけた。

「ご注文は?」
「…アイスコーヒーで」
「かしこまりました」

明らかに不自然だ。絶対に何かある。
コナンは二人の様子をもっと探りたかったが、蘭が話し始めた時には、一華も普段の様子に戻ってしまっていた。


- 5 -

*前 | 次#

back

ページ: